「ガッカリされる勇気」が、人生を軽くする

こんにちは、末吉宏臣です。

今回は、ちょっとドキッとするテーマで書きます。

「ガッカリされる勇気」について、です。

私たちは、生きていく中で、無意識のうちにたくさんの期待を背負っています。

「いい人だと思われたい」
「すごい人だと思われたい」
「期待に応えたい」

noteを書くときも、そうかもしれません。

「役に立つことを書かなきゃ」
「前の記事よりもスキを集めなくては」

そうやって、誰かの期待に応えようと、背伸びをしていく。

もしかしたら、無理していく。

でも、その努力は、あなたを幸せにしません。

期待に応えようとするということは、「他人の人生を生きる」ということと同じだからです。

相手が望む、末吉宏臣を演じる。

相手が望む、役割を演じる。

そんなことをやっていると、どこかで必ず息切れします。

そして何より、あなたの本当の声が聞こえなくなってしまいます。

ガッカリされた……

それは、失敗ではありません。

それは、「相手が勝手に作り上げた幻想」と「本当のあなた」との間にズレがあったことが、明らかになった。

ただ、それだけのことです。

あなたが、あなたのままで振る舞った結果、相手が「もっとちゃんとした人だと思ってたのに」とガッカリしたとします。

それは、あなたが悪いのではありません。

相手が、あなたに自分の理想を押し付けていただけなのです。

だから、ガッカリさせててしまっても仕方ない。

「ごめん、私はそういう人じゃないんだ」
「私は、これが好きなんだ」

そうやって、期待という重い荷物を、一つひとつ下ろしていく。

等身大の自分に戻っていく。

すると、面白いことが起こります。

あなたの周りから、勝手な期待をしていた人たちは去っていきます。(これは、とても清々しいことです)

その代わりに、

「そんなあなたがいい」
「その人間臭さが好きだ」

と言ってくれる、本当の理解者だけが残るのです。

「ガッカリされる」ということは、本当の自分を生きるための、最初の通過点のようなものです。

怖がらなくて大丈夫。

ガッカリされた数だけ、あなたは自由になれます。

そして、ガッカリされたあとに残ってくれた人こそが、一生付き合える本当のファン(仲間)になります。

誰かの期待のためではなく、あなたのための言葉を書きましょう。

「期待外れですみません。でも、これが私なんで」

それくらい開き直って生きるほうが、人生はずっと軽やかで、楽しいですよ。

末吉宏臣


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