価値観は変えることが出来る。
うちの父は昭和17年生まれ。82歳。
祖父は明治30年生まれ。
明治の男に育てられた父は厳しく躾けられたのか。
年の離れた姉たちはみな働いており(昔は15歳から働いていたそう)
戦争だったりその時代の衛生状況から、唯一残った男の子のうちの父を、たいそう可愛がって育てたようだ。
おかげで、父は結構な「自己中心的」な考えなかつ
わがままな人に育ったなぁ。
と子供ながら思っていた。
そんな父がよく言うセリフが
常識
はて。
父の言うことは全て常識らしいのです。
例えば。旅行に行く遠方から遊びに来る
お土産を2、3個買ってくるのは常識(家族でも)
お世話になった先生には、学年終了後には菓子折りをもっていくのは常識
今となればそこは価値観であって世の中の常識ではないのはわかるのだけどそんな親に育てられたわたしも、わたしを中心に回っていると思うようになります。
結婚して主人のご両親と一緒に過ごすことが多くなってきたころ。
その、私の実の父が言っていた常識を覆すことが多々出てきました。
主人のご両親は旅行に行ってもお土産は買ってくるなと言います。
お土産を探す時間・お金を、旅行の楽しみに使いなさい。
お土産はお話で十分。
お世話になった先生に菓子折り?いらないでしょ。
極め付けはお中元・お歳暮も送らなければお年玉もありません。
うちの父は非常識だ!と、怒っておりました。
わたしも、父の常識下で育ってきたので、はじめは戸惑いを隠せませんでした。
でも。
主人のご両親の考えのもとすっごく楽なんです。
お歳暮・お中元の慣習がないので、お金も飛ばなければ、選ぶ為だけの頭を悩ます時間もなくならない。
子供はお年玉がなくてさみしいかもしれませんが、
決してケチくさくお年玉をあげないのではなく、
節目節目で色々と買ってもらっています。
常識ではなくそれぞれの価値観。
そう、思えるようになってこれは、取り入れようこれは、そのままやろうと、自分なりに価値観を見出せるようになり異なる価値観を受け入れることができるようになりました。
異なる価値観を受け入れられるようになると、気持ち的にも寛大になれます。
世界が自分の考え中心に動いていると思うと、それに沿わないとイライラしちゃうし、なんで⁇っておもっちゃう。
うちの父は、まだ、常識からは、抜け出せないようです。
でも、自分がそれでよければ、それでいいんですよね。
っていえるようになった、私。
価値観は、経験を経て変えることが出来る。
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