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信じること・比べないこと・今を生きること

「信じる者は救われる」って、ほんと?



信じる者は救われる

どこかの宗教で良く、この言葉が使われていますよね。

あなたも一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。

そんな綺麗事で人生どうにかなるなら苦労しない、と思った人も多いかもしれませんね。


正直に言うとわたしもこの言葉、嫌いでした。

信じても何もかもがうまくいくわけではないし、逆に裏切られることもあります。

うまくいくことを期待した分だけかえって傷つく、なんてこともあるでしょう。


最近、この「信じる者は救われる」の本当の意味は、

誰かや何かを無条件に信じることではないのでは、と思うようになりました。

今の自分の中にあるポテンシャルを、最後まで信じる人

そういう人こそが救われ、自然と安寧の地に導かれる

そんな意味なのではないかと、気づいたのです。



乗り越えられない試練も、たしかにある


それと同じように「神はその人に乗り越えられない試練は与えない」という言葉もありますね。

最初わたしも何をか言わんや、と思いました。

だって、どう頑張ってもどう足掻いても、今の自分の目の前に立ちはだかって乗り越えられない壁ってあるじゃないですか。


お金も時間も人間関係も、失ったものは決して元には戻りません。

努力だけではどうにもならない、解決できない問題だって存在します。

それを「努力が足りない」の一言で片付けてしまうのは、非常に残酷です。

そう思うのはわたしだけではない、と思っています。


しかし、ここであえて言いたいのは、

「乗り越えられないこと」は「ゲームオーバー」と同一ではない

ということなんです。

わたしも「人生詰んだ」と思う瞬間がしょっちゅうあります。

それでも辛うじて生きている、ということは

越えられない壁に無理して挑んでいないという証ではないでしょうか。


人生は一直線の平坦な道のりではありません。

ヘアピンカーブもあればトンネルもある。

ジェットコースターのように起伏の激しい道もある。

また、目の前には幾筋もの分かれ道があって、どれを選んでよいかわからない時さえあります。

あの時あっちを選んでおけば…なんていう後悔もしばしばです。


ですが、あなたへの提案はただひとつ。

高い壁に無理を承知で挑むのはやめにしませんか



頑張る限界は、他人の物差しで決めるものじゃない


突然現れた壁に、慌てたりめげたりすることもあるでしょう。

ここは気合いで登らなきゃ、と奮闘できる日もあると思います。

うまい具合にそこに梯子でもあったら、あるいは、壁を壊す大砲でもあったら。

そう願わずにはおれないときもあるでしょう。


しかし、その壁は本当にあなたにとって昇らなければならない試練なのでしょうか。

実は回り道をしてもいい。その場にしゃがんで休憩するのもいい。

あるいは引き返すことだってできる。

もうお気づきですね。

そう、あなた自身があなたの壁なんです。


では、どこまで頑張ったらいいのでしょう。

これは、誰もが感じる疑問です。

頑張りすぎて壊れた人、

頑張れなくて自分を責めている人、

「もう少し頑張れば報われるかも」 「ここでやめたら全部無駄になるかも」

そうやって、自分を追い込んでしまう人。


どれも、あなたを苦しめてしまう選択です。

それは、頑張りの度合いを他人の尺度で見てしまっているからです。

あなたが「もう苦しい、限界だ」と感じたなら、

あなたの物差しではすでに「オーバーワーク」ということです。

体が動かない、心が重い、朝が来るのが怖い。

それは怠けなどではなく、こころからのSOSなんです。

そんな時はいま一度自分の物差しを確認してみましょう。

物差しを確認する」イコール「あなたのペースを取り戻す」ことです。

早く走ることより転ばずに歩く方が、広い視野で見たら大事かもしれないのです。



隣の芝が青いのは当たり前


わたしたちはついつい他人とわが身を比較してしまいます。

SNSを開けば、誰かの幸せがたくさん流れてきますよね。

同い年なのに、あの人はもう結婚している。子どももいる。

必死で働いているのに給料が上がらない。

あの人は家族で海外旅行に行く余裕があるのに。


エトセトラ、エトセトラ。


誰だってみんな「隣の芝は青い」という風に見えているんですね。

他の人にとったら、あなたの家の芝だって青いかもしれない。

隣の芝が青く見えるのは、距離があるからです。

近づけば、雑草や枯れた部分、落ちているゴミが見えてきたりしませんか。

他人と比べないこと。これはこころを穏やかに保つ秘訣だと思います。


人生は「プラスマイナスゼロ」にできている


何事もうまくいかない時期が続くと、

「なんで私だけ」

と思ってしまいますよね。

わたしは、人生を“波"にたとえています。

グラフの軸があって、横軸が時間だとすると、縦軸は調子の度合いです。

調子がいいときは上昇し、悪いときは下降する。

波のように寄せては返す、の繰り返しだと思うのです。


人生、いいときもあれば悪いときもあります。

底辺まで落ちたなら、あとは昇るだけ

これ以上失うものがないとなれば、怖いものはなくなりますよね。

もちろん、そう簡単にプラスに転じることはできません。

でも所詮は波の連続ですから、落ち込んでばかりいないでプラスを見上げていれば、

ひとまずゼロまでは戻れるようにできているのです。


長期的視点に立てば、人生は「トントン」にできている、ということですね。



今を大事に生きよう


子どもの頃の一年って、すごく長かった覚えがありませんか。

夏休みは永遠に続く気がしましたし、誕生日までの時間も待ちきれなかったものです。


それが大人になっていかがでしょうか。

気づいたら今年もすでに年末で、「もう今年終わるの?」って毎年言いますよね。

時間は子どものころと同じ速度で流れています。

時計の針が大人になるにつれて速く回るわけではありません。

なのに体感はどんどん速くなっていきます。

つまり今という時を大事にしないと、あっという間に過ぎてしまうのが人生です。


今を大事に生きるとは、特別なことをする必要は全くありません。

いつも通りにちゃんと寝て、ちゃんと食べて。

朝日を見たら「今日も一日よろしくね」と自分に言い、

夕日を見たら「今日も一日お疲れ様」と自分を労わる。

それだけでも、今を大切に生きている証拠だと思います。



信じること・比べないこと・今を生きること


「信じる者は救われる」

「乗り越えられない試練は与えない」

「隣の芝は青い」

「人生はプラマイゼロ」


これらの話から

自分を信じることを諦めずにいれば、自分を見失わず、今を大切に生きることができる

という結論に至ることができたのではないでしょうか。


全部が報われなくてもいい。

完璧な人生じゃなくていい。

今日という日を無事に生きたあなたは、それだけで十分サバイバーです。


あなたという人間をあなた自身が大切にしなければ、

周りの人もあなたを粗雑に扱います。


今を大事に、あなたを大事に、丁寧に生きること。

わたしと一緒に「人生」という河岸をゆっくり歩んでみませんか。



ここまで読んでくださって、どうもありがとうございます。

また静かな夜にお逢いできれば幸いです。

2025年12月20日 21:15 記



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