【短編】ビューティフルワールド
十月九日(火)
「いい夢を見てね」
頬に口付けたら、ポールは微笑んですぐに眠りに落ちた。
ミミが、ぐずってなかなか眠らない。絵本を読んで聞かせてあげよう。
初めは不満そうな顔をしていたのに、だんだんお顔がとろんとしてきたみたい。
可愛い子。蜂蜜色の夢を見てね。悪夢は全部、私が追い払ってあげる。
ミミにおやすみのキスをしてから、ヒューゴーと、オリバーの部屋にも行った。二人ともすんなりと眠ってくれて良かったわ。全ての寝室に鍵をかけた。
明日はうちに新しい子がやってくるからお迎えの準備をしなくちゃ。
太陽に当ててふかふかになった干し草のベッドにまっさらなシーツ。さびしくないようにクマのぬいぐるみもね。
十月十日(水)
夜半を過ぎた頃、新しい子が到着した。くるくるの癖っ毛が可愛い男の子だ。
疲れたでしょう。よく眠れるように、暖かいミルクをいれてあげるわ。外の世界は恐ろしいけど、うちにいれば何も怖いことは起こらない。安心よ。
あなたにここでの新しい名前をつけてあげる。そうね。レオなんてどう?
そう、気に入ったのね。良かったわ、レオ。これからずっとよろしくね。
半年に一度、この屋敷には新しい子がやってくる。眉の下に濃い影を落とした大男が連れてくる。すぐに心を開いてくれることもあるけど、緊張してうまくしゃべれない子が多い。
身寄りのない、悲しい境遇の子達だもの。突然知らないところに連れてこられて怖がるのは当然だわ。
このお屋敷には、寝室が十ある。大きな屋敷だけれど、すみずみまで清潔に保っているし、食べきれないくらいのごちそうを出せる。最初は心を閉ざしていた子も、接するうちに子どもらしい笑顔を見せてくれるようになる。
一月九日(水)
レオが屋敷にやってきて三ヶ月になった。彼は私との約束をちゃんと守っているみたい。
静かに暮らして、屋敷から出ないこと。
他の子がいる部屋には入らないこと。
いい子が来て良かったわ。毎日栄養たっぷりのご飯を与えたから、すっかり肌ツヤも良くなって、子どもらしい血色を取り戻してきた。そろそろ、魔法をかけてあげてもいい頃だ。
晩御飯のパイの中に眠り薬をすりつぶして入れた。食べ終わった後に立ち上がろうとして、レオは膝からぐにゃりと崩れ落ちた。よく効いて何よりだわ。
魔法はね、うまくやるには、結構技術がいるの。でも大丈夫。みんなにもかけてきたから。魔法の効果で、永遠に可愛い姿でいられるわ。
レオに魔法をかけ終えた。これでうちには永遠の子どもが五人。今晩はお祝いにお肉を焼きましょうか。
二月三日(日)
最近、四軒隣のアイーダが私を怪しんでいる。井戸端でねちねちと人の噂話ばかりしている女だ。なるべく関わらないようにしているけれど、どこからでも入り込んでくるネズミのような女だから十分に気を付けなくては。
四月十日(水)
夜半に例の大男がやってきた。子どもといるところを、酔っ払いに見られたかもしれないという。なんてヘマをしたのだろう。ここに子どもがいることは誰にも知られてはいけないのに。仕方がないから、今回の子どもはうちに置けない。代金を半分しかやらなかったら男はふてくされた顔をして、子どもと一緒に帰っていった。
大男と子どもの目撃情報はあっという間に町中に広がった。どうせアイーダが広めたのに違いない。小さい町だから仕方がないけれど大失敗だ。子どもを連れてきてもらうのをしばらく控えたほうがいいかしら。
九月一日(日)
レオが来て、もうすぐ一年になる。目撃情報についての噂はすっかり聞かなくなった。人は忘れる生き物ね。やっぱり、大男に頼んで、新しい子を呼ぶことにしよう。
新しいお友達が来たら、みんな喜ぶもの。
十月十日(木)
深夜二時ごろ、新しい子がやってきた。前回の失敗があったから、今回は子どもを大きな麻布に入れて、連れてきてもらった。この子にはすぐに魔法をかけてしまおう。
十月十三日(日)
アイーダが私の家に訪ねてきた。子どもがこの屋敷に入っていったという。袋に入れたし、時間もずらして、細心の注意を払ったはずなのに、どうして。よりによってアイーダに見つかるなんて。困ったわ、町中に秘密が知られてしまう。
十一月十三日(水)
あれから一週間しないうちに、突然、ドアが乱暴に叩かれた。
「無礼ですよ」
私は怒ったけれど、複数のうち一人がこう答えた。
「あなたには、子どもをさらった疑いがかかっている」
何を言っているのだろう。嘘つきで卑劣なやつら。子供を救っている私に罪を着せようだなんて。こいつらは悪魔に違いない。
「家の中を見せてもらいますよ」
そう言うと、泥のついた足で四人の悪魔が、私を押しのけて屋敷に乗り込んできた。
「鍵がかかっている部屋を見つけました」
「開けるぞ」
そう言うと、悪魔の一人がドアに体当たりをし始めた。中にはミミがいるっていうのに。
「やめて!」
私が叫ぶのにも構わず、ドアは破られてしまった。
部屋の中を見て、複数の悪魔が口から汚物を撒き散らした。塵一つ落ちていない床に酸っぱい異臭が立ちこめる。
一匹の悪魔が、大声で外の仲間に向けて叫んだ。
「さらわれた子どもと思われる遺体の一部を発見しました。皮と頭髪です。全身の皮の中に綿が詰められているようです」
「狂気の沙汰だ。悪魔の所業だ」
外の悪魔がざわめきだした。
どっちが悪魔なのだろう。ここにいれば子供たちに永遠が約束されていたのに。誰にも聖域を荒らしていい権利はなかったのに。
私は悪魔によって牢屋に連れてこられた。今、暗い独房でこれを書いている。
あぁ、子どもたちは今頃どうなっているのだろう。胸が張り裂けそうだ。
?月?日
一体どれくらいの日数が経ったのだろう。独房にいると時間の感覚が分からない。
悪魔が三人、鉄格子の前にやってきて告げた。
私は明日、火あぶりの刑に処されるとのことだ。子どもたちはどうなったのか聞いたら、土の中に葬ったと答えた。
私は世界を呪う。神のいないこの世界を。罪のない私を、清らかな子どもたちを喪った恨みはたとえ私が火あぶりにあって死のうとも、未来永劫忘れはしないだろう。
手記はここで終わっている。私はページをそっと閉じた。上等だが、とても古い紙だから慎重に扱わなくては。手記を書いた女がその後どうなったかについて、公式な記録は残っていない。この手記は呪物を扱うことで有名な店で買った。
壁時計を見たら、椅子に座ってから数十分が経っていた。そろそろ料理の仕上げに移らないと。私は書斎を出て、キッチンに向かった。
リビングからはつけっぱなしのテレビが流れていて、オーブンから肉の焼けるいい匂いが立ち上っていた。九人の子どもたちがお行儀よく、リビングテーブルの前に座って、食事ができるのを待っている。
親のいない、戸籍のない子どもたち。さぁ、しあわせな王国を完成させよう。
今度こそ、綻びが出ないように。
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