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獲物の分け前〜「昭和40年男 2025 June vol.91」

 実家に戻ってから単行本やコンビニで扱わない雑誌に関してホントに疎くなってしまいまして、SNSや通販サイトのおすすめで情報を得るという有様です。ちょっと悲しい。
この雑誌を購入するきっかけはSNSで交流している長井英治さんが河合夕子さんののインタビューをされたとポストしたからなんですねー。
長井さんはnoteにアカウントありますから、興味ある方は検索してみてください。
じゃ、行ってみよー。

・「昭和40年男 2025 June vol.91」(ヘリテージ)

 河合夕子さんは当然デビュー当時から存在は知ってましたし、デビュー曲の「東京チークガール」はちょっといい曲だと思ってました。
でも、あのカーリーヘアや衣装がとにかく苦手でレコード買う気にはなれなかったんです。
ところがある日、NHKで放送された「MUSIC WAVE」という音楽イベントの中継を見ていたら、「東京チークガール」が流れてきたんですよ。
しかも歌っているのはあの妙ちくりんなシンガーではなく(失礼)、素敵な女性シンガーでした。
河合夕子?髪型変えて眼鏡外しただけで印象こんなに変わるんだ!と思いながら、画面に集中した私でした。
その後(だったはず)、当時の愛読誌であった「GORO」のグラビア・ページに河合さんが登場したのです。
「GORO」のグラビアに所謂シティ・ポップ系のアーティストが登場することは珍しくなくて、松原みきさんやEPOさんも掲載されたはずです。
パール兄弟も。あ、彼らはシティ・ポップしゃないか。そもそもグラビアとはいっても意味が違うな(苦笑)。

 その後、河合さんはソロ・シンガーから、ソングライターやコーラス仕事、仮歌シンガーへと活動内容を変えていったのでした。

 昨年の今頃入院して、たまたま購入した本に売野雅勇さん「砂の果実」がありまして、noteに記事を書いてます。

 河合夕子さんについて、記事でしっかり触れてますね。
確かこの退院後に河合さんのCDを揃えたはずです。

 で、今回のインタビューには、ホリプロスカウトキャラバンに出場したことがデビューのきっかけで、デビューするまでの経緯に詳しく触れていたりするのが非常にありがたいです。
カーリーヘアは原田真二さんへの憧れだったのか!と納得。
ちなみにカーネーションの直枝政広さんも原田真二さんの影響で、当時カーリーヘアにしたと読んだ記憶がありますわ。

 ファースト・アルバム『リトル・トウキョウ』は作詞が河合さん、河合さんと売野さんの共作で、作曲は河合さん、編曲は水谷公生さんでコーラス・アレンジは町支寛二さんという顔ぶれで制作されたのですが、初期浜田省吾さんの作品にも水谷さんと町支さんが参加されてますね。
町支さんのコーラスにこの時、河合さんが触れたことが、その後の活動に繋がっていくとはメチャクチャ興味深いです。
長井英治さん、いい仕事してます。感謝。

 これ以上細かくは書きませんが、河合さんについてのインタビューでは近年では間違いなく一番の充実度でしょう。素晴らしい。

 1970年代半ばから後半は(葡萄畑の青木和義さんによりますと)女性コーラスといえばシンガーズ・スリーだったらしいんですが、1980年代に入ると山川恵津子さんや広谷順子さんや河合夕子さんがスタジオ仕事をするようになったみたいなんですよね。
これまた興味深い。
「夜のヒットスタジオ」で仮歌シンガーとして出演されたのが、広谷さんだったか河合さんだったかは曖昧なんですが、デビューしていて音程がよかったり、譜面に強い人はこうして活動しているんだとか思った高校生の私。
「東京チークガール」の当時のテレビ出演の映像からどうぞ。

 これ、セットからすると「夜のヒットスタジオ」ですね。偶然ですが。
この髪型と衣装が苦手だったことを思い出しました。豹柄はないわーw

 他にも「サーキットの狼」好きでしたから、表紙や特集も面白く拝読しました。

 実は私、女性シンガーよりバンドや男性アーティストのレコードを中心に買っていたので、女性アーティストの知識はあまりないのです。反省。

 ではまたー。 

 

 

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