あがた森魚ライヴ at Jazz FLASH
あがた森魚さんのワンマン・ライヴを初めて観たのは確か1987年2月のFM東京ホールだったはずなんですが、そうすると私がまだ二十歳ですよ。38年前か。
何回参加したかわからないほどライヴ観てますが、あがたさんが全編弾き語るライヴは初めてなのでした。
ここからネタバレ(この表現、私は好きではないのですが)含みます。
まさに新旧取り混ぜた選曲で、それこそ『赤色エレジー」や、『冬のサナトリウム〜サルビアの花」から次のアルバム(年内完成だとか!)に収録される予定の『小樽君」や『クロッカス」(聞き取りなので、表記ミスならすみません)まで2時間半以上のステージでした。
新しいアルバムや曲が生まれる度、表現さずにはいられないのがあがた森魚さんなんだなーと実感したというか。
「大寒町」や「風立ちぬ」に「佐藤敬子先生はザンコクな人ですけど」とか「いとしの第六惑星」は何度もライヴで聴いてますが、曲の印象がフレッシュなもののままなんですよね。良くも悪くも。
ライヴを観終わって、あがたさんと観客の皆さまと雑談していたのですが、1987年のプラネット・アーベンツの本番前日に出演メンバーの方々と衝突して、本番当日代わりのメンバーを呼んだことを思い出して話したら「そんなことあったんだ。それステージで話したの?」と、話さなければ覚えてませんよ!と吉田豪さんなら突っ込むところでした。
なぜ覚えているかというと、開演が22時過ぎていて、終電を気にしながらライヴ観たからでした。
池袋のプラネタリウムが会場でしたから、24時過ぎても大丈夫とはわかっていても心配でしたからねー。忘れられないライヴです。
あがたさんのライヴでの強力な思い出は他にもあって、一曲を演奏するまで30分以上喋っていたとか(確かるびぃすけるとん)やカーネーションと駒沢裕城さんが演奏でのアートコンサートでは、鈴木慶一さんとのステージ中、曲ごとに着替えていたりとか。
ジャック達(物販スタッフでした、私)のイベントに出演された時はVS時代の曲を演奏したりとか、整理された内容のライヴだった記憶があるんですよね。
私が通っていた頃はAdi〜渡辺等ユニット〜雷蔵だったんですが、突発的な青山円形劇場のライヴやアートコンサート、るびぃすけるとんとかもありましたから、色々なミュージシャンを観ましたねー。
MIXED UP ZOMBIESのラジオ・ショウもありました。
「なんでそんなに覚えてるの?」とあがたさん。
それだけファンだったんですよ(笑)。
ライヴ通っていて友達ができたり、ライヴで配布するフリーペーパー作ったのはGRANDFATHERSの「うさぎ新聞」と「遠国ニュース」に影響されたからなのでした。
こうしてとりとめのない感想を書くのもあがたさんのライヴに感動し続けているからなのです。ありがとうございます。
残念ながら文章を書く適性が私にはないので、今日はこれでおしまいw
ではまたー。
