【マイノリティ】【博物館】被差別部落と水平社~奈良県御所市にて~
先日、奈良へ旅行に行ってきました。
具体的な旅行プランを現地で決める派の僕は旅行1日目、明日の行き先を考えようとGoogle Mapを開いて調べていました。
すると、「水平社博物館」の存在を見つけたのです。
水平社と言えば日本史の授業でも出てきますが、被差別部落の解放運動で知られる団体です。
社会福祉士養成のスクーリングをきっかけに被差別部落にも関心を持つようになり、文献を買ったりネットで調べていた中でしたのでタイムリーでした。
滞在している奈良市内からは少し離れていましたが、行けないことはありません。
翌日、博物館のある御所(ごせ)市へと向かうことにしました。
水平社博物館を見学
JR和歌山線の玉手駅で下車し、歩いて博物館まで向かいました。
博物館に着くまでの間にも複数箇所見て回ったのですが、それは後述するとして…

水平社博物館に到着!
閑散としているかと思いきや、僕が来館しようとした際に団体と思われるお客さん達が出てきました。
他にも個人で入る方もいらしたりと、関心の高さがうかがえます。
展示室内は撮影禁止でしたので、中の様子はこちらの館名↓しか写真に収めていません。

建物の外観が古いので、展示も古いのではないかと思ったのですが、なんと近年リニューアルしたばかりで最新情報満載の展示でした。
「おおー!LGBTQにも触れてる!」と心の中でハイテンションに。
展示は人間の尊厳について考える所から始まり、被差別部落に対する差別や国の施策、水平社の立ち上げ、そして現代に至るまでの内容を章立てしています。
中でもユニークだったのが、著名なマンガ(ワン◯ース)のセリフや絵本の一文を展示内容と絡めて紹介していた点です。
テーマ的に難しく捉えられがちな展示内容のハードルを下げ、見学者に考えてもらう方法として良い形だと思いました。
実際に見ていただく方が良いと思うので詳細は書きませんが…被差別部落や水平社を通して、社会構造の中の抑圧や権利擁護、アドボカシーの歴史を考えさせられる展示でした。
水平社ゆかりの地巡り
博物館で展示内容をまとめた図録を購入したのですが、その他にも資料を何枚かいただきました。
その中にあったのが水平社ゆかりの場所をまとめた地図です。
これを見ながら散策してまいりました。

博物館の向かいに建つのがこちら。
浄土真宗本願寺派の西光寺です。
こちらは「穢多寺(えたでら)」と呼ばれたお寺です。
穢多寺とは、被差別部落の人たちを檀家に持つお寺のことを指します。
そして、この西光寺出身で水平社創立メンバーとなったのが西光万吉(1895~1970)です。
境内には彼のお墓がありますが、有名なあの言葉が墓碑に刻まれています。

「人の世に熱あれ 人間に光あれ」
水平社と言えばこの言葉と言ってもいいくらい有名な一文ですが、この言葉が載る水平社宣言の草稿を書いたのが万吉です。


西光寺は現在、「人権ふるさと公園」の中に建つ形となり、公園内には遊具や碑が設置されていますが、ここもかつては水平社創立メンバーを含む住民の住居がありました。

博物館や公園から歩いて5分かからない所には水平社宣言記念碑があります。
創立50年となる1975(昭和50)年に建立されました。

水平社宣言記念碑のすぐ近くには、創立メンバーの1人である阪本清一郎(1892~1987)の自宅跡の解説があります。
自宅のみならず膠工場もあったそうです。
膠(にかわ)は岩絵の具といった顔料を紙や絹に塗る際に用いる接着剤で、動物から抽出して製造します。
動物や人間の死体を扱う、つまり死という穢れを扱うのは被差別部落に住む人々の役割とされていたため、阪本家は膠製造を生業にしていたのだと考えられます。

こちらは山田孝野次郎(1906~1931)の記念碑です。
日本史の教科書には「演説する山田少年」と写真が掲載されているので、写真を見たことがある方は多いのではないかと思います。
彼は小人症で身長が低かったため、大人になっても「山田少年」と呼ばれていたそうです。
演説が得意なのを生かし、水平社創立のため奔走しましたが25歳の若さで亡くなりました。
この記念碑は彼の死の5年後、全国水平社によって建立されたものです。
以上、博物館と併せてゆかりの場所も見学してきました。
個人もしくは属性における問題の背景を考える際、忘れてはならないのは社会構造であり、それを形作ってきた歴史や地理といった情報も把握する必要があります。
そのため今回、実際に現地へ足を運んだのはやはり大きかったです。
