ちょっとした「ひと手間」が人生を変えることもある
「もうそれ、何回目やねん……」
これは、仕事を教えているときに何度も同じことを聞かれたときの、心の声です。
そして同じように、こんな場面にも出くわします。
「それ前にも聞いたな。けどまた聞いてもうた……」
これは、私が教えてもらう立場にいるときの、申し訳なさと焦りが入り混じった、やはり心の声です。
私はこれまで多くの職場を経験してきました。転職回数はおそらく、平均よりもずっと多いでしょう。正社員、契約社員、派遣、期間工、自営業、……形も業種もさまざまです。
そんな中で、共通して見えてきたことがあります。
それは――
仕事は「ひと手間」を惜しまない人が強いということ。
そしてその「ひと手間」は、時として人間関係や人生の質そのものを大きく左右する、そんな力を持っているのです。
マニュアルという「ひと手間」
転職が多いぶん、私は「教えられる立場」に何度も立ちました。そしてある時期から、逆に「教える立場」になることも増えてきました。
どちらの立場にも立って強く思うのは、やっぱりマニュアルがあると、めちゃくちゃ助かるということ。
もちろん、すべての業務を一冊のマニュアルに落とし込めるわけではありません。でも、よくある流れとか、ミスしやすいところ、必要な手順などを箇条書きにして、渡すだけでも、驚くほどスムーズに仕事が回り始めます。
教える側としては、毎回同じ説明をする手間が減ります。聞かれる内容も的確になるし、「なんで覚えてくれないんだろう……」といったイライラが減る。
一方、教わる側にとっても、マニュアルはありがたい存在です。何度も聞き直す気まずさもないし、自分のタイミングで何度も確認できます。そして、空いたスペースにメモをどんどん書き足していけば、自分専用のバイブルになる。
これだけメリットがあるなら、もっと多くの職場で取り入れていてもよさそうなものですが、実際には「ない」現場もまだまだ多い。
なぜか――
それはやっぱり、「面倒くさい」からだと思います。
面倒の先にあるもの
マニュアル作りって、実際にやってみるとわかるのですが、けっこう手間がかかります。
「今やってるこの作業を、文字に起こして、説明して、まとめる」となると、時間も労力も必要です。言葉選びも難しいし、画像や図が必要な場面もあります。
ついつい、「まあ、その都度教えればいいか」「見て覚えてもらえばいい」となりがちです。
だけど、この「ひと手間」をかけるかどうかで、後の効率や空気感がぜんぜん変わるのです。
目先の面倒を避けたばかりに、何度も同じ質問が繰り返され、イライラしたり、誤解が生まれたり、ギスギスしたりする。
一方で、最初の一手間をかけておけば、職場の雰囲気が少しだけ柔らかくなったり、誰かの心に余裕が生まれたりします。
これは仕事だけじゃありません。
日常にもある「ひと手間」の効能
日々の生活でも同じです。
たとえば、朝出かける前に、靴を揃えておく「ひと手間」
たとえば、使った後にコップを洗っておく「ひと手間」
たとえば、ありがとうをちゃんと言葉にする「ひと手間」
どれも、すぐにできることばかりです。
でも、疲れていたり、余裕がなかったりすると、この「ちょっとの手間」が面倒になってしまいます。
私も、仕事でくたくたに帰った日は、ついつい「明日やろう……」と片づけを後回しにしたり、気持ちが沈んでいるときは、人への感謝の言葉さえ飲み込んでしまったり。
だけど、その手間をかけたときと、かけなかったときで、心の状態は全然違うことに気づいたのです。
靴を揃えたときの朝のスッキリ感。
洗い物を終えたときの達成感。
「ありがとう」と伝えたあとの、ふっと心が緩む感じ。
面倒だと思っていた「ひと手間」は、結果として自分の心の余裕を生む作業だったのだとわかりました。
「ひと手間」は、信頼を積み上げる
マニュアル作りで気づいたもうひとつのことがあります。
それは、「この人はちゃんと考えてくれている」と思ってもらえることが、信頼に繋がるということです。
以前、とある現場で、私が新人向けにマニュアルを作ったときのこと。正直、そこまで頼まれたわけでもなかったし、自分の仕事も忙しい中での作業でした。
でも、数日後に現場に来た新人が、「あのマニュアル、すごく助かりました! 不安だったけど、読んでたおかげで落ち着けました」と言ってくれたのです。
そしてその様子を見た上司が、「こういうの作ってくれる人って、本当にありがたいんだよね」と言ってくれた。
誰にでもできることだけど、誰もがやるわけではない。だからこそ、その行動は目立つし、信頼にも繋がる。
「ひと手間」は、信用を積み上げる小さな投資でもあるんだと思います。
小さな行動の裏側を見る
「ひと手間」という話をしてきましたが、それと繋がるような話を最後に少しだけ。
あるとき、ある人の行動が「冷たい」と思われていたことがありました。
大事な場面に遅れて来て、しばらくしてすぐに帰ってしまった。
その姿を見て、「なんて冷たい人だ」と陰で言われていたそうです。
でも実は、どうしても外せない事情を抱えていて、それでも無理を押して来ていた。
そのことを知っている人が真実を話したことで、周囲の目は変わりました。
私も、「元気出せよ」「やる気出せよ」と言われて苦笑いしたことがあります。
そんなつもりはないのに、見た目や物静かな雰囲気で「やる気がない」と誤解されたこともあります。
人の行動には、その背景や事情がある。
「一見そう見えるだけかもしれない」と思えるかどうかで、接し方もずいぶん変わってくる。
これもある意味、相手のことを想像する「ひと手間」なのかもしれません。
終わりに:人生の質は「ひと手間」で変わる
私たちの日々は、「ひと手間」に満ちています。
それは、ほんの数秒で終わることもあれば、ちょっとした努力や工夫を伴うこともあります。
でも、そのひと手間をかけることで、仕事は楽になり、人間関係はやわらぎ、心は少しだけ軽くなる。
面倒なことを避けるのは簡単です。
でも、あえてその面倒を引き受けたときに、見えてくる景色があります。
私はこれからも、
小さな「ひと手間」を大切にしていきたい。
それが、今の私の選んだ生き方です。
