“充実”とは“手応え”のこと
私は今の生活に満足していない、ということをこのnoteで度々書いていると思う。
それは今も変わらない。
むしろ、『不満足度』は増している。
研究による拘束時間は伸びたし、やっとできたフリーの時間は趣味に回せていることがほとんどない。
だが、不満足の原因は“これら”ではない。
実はやりたいことが全く出来ていないかというとそうでもなく、人前で演奏を披露したりしてるし、ボランティア活動をしたりもしている。
しかし不満足。
何をしたって満たされない生活。
その原因は私の生活に起こるイベントひとつひとつに『手応えがないから』だと考察する。
私は落ちこぼれだから、何をしても中途半端でつまらない、そう思っているし、実際に私の実力が足りないばっかりに私は誰も喜ばせられないし、何も達成できない。
生活の1ステップ1ステップに手応えがない。
故に何かを『完了した』ことになっていない。
だから充実した生活とは全く思えないのだ。
つまらない生活。
満たされない生活。
それは私の実力が足りないから。
実力も運も才能もなかった。
心を満たすことすらできない。
