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ゴーユース・フィクション[2]

「もっと言いかたを考えるべきだった」

 電話は最初母親が取ったが、僕に代わるなり岸田先生がそう言った。あれから学校に行っていない。
「…先生のせいじゃないです。」
「そう、言ってもらえて助かるよ。
瀬戸に関して、流石に不思議に思う生徒が増えてきてね、一昨日、全校集会でも全校生徒に話した。」
「警察が瀬戸を探してるんですよね」
「あぁ。終業式の直前に会話していたお前の話を聞けたらと思ったんだが、何も言わないお前の顔を見て…後悔した。」
電話の向こうが静かになる。

「野菜、先生が様子見てるから、無事だぞ。文化祭、来たらどうだ」
最後に安田先生はそれだけ言い残して電話を切った。



文化祭当日。

「そんな顔した儘なら休めば良いのに」
「…安田先生に呼ばれて」
 人通りの多い出店が揃う2階の隅、空き教室を一時的に借りて園芸部は出店を許可された。教室半分を出店ブースにし野菜をビニールを敷いた机の上に並べている。部長の僕は暗幕で仕切った向こう半分で本を読んだり読んでなかったり、つまりぼうっとしていた。
 無人のブースには文化祭用の金券を投函する箱を設置しておき、欲しい人が必要な枚数の券だけ箱に入れる。園芸部の野菜の販売ごときで金額をくすねる人が毎年いないからこそ成り立っている。

 ときどき流れるイベントの告知。瀬戸が行きたがっていた内容もアナウンスされる。文化祭が始まってから5時間ほどすでに経っているが、この教室からまだ一歩も出ていない。

「後輩、まだ見つかってないらしいな。まぁ、今日すぐに見つかったら苦労しないか」
本人は死んだって言ってたのに、なんて言えるわけがない。
「…塚本も、その話聞いたんだな」
「お前が休んだ全校集会で言ってた」
「そう、なんだ。」
「じゃあお前は誰から聞いたんだよ」
「安田先生から直接」
「あぁ…そう、か。」
 塚本は、多分僕に『心配じゃないのか』とか聞きたいんだと思う。けど、僕と瀬戸の間で何があったのかすべて知ってる訳じゃ無いから、あえて言葉を選んでくれているのが分かる。

 コンビニそばの信号には、献花されている様子が無かった。どうやら本当に行方不明らしい。交通事故なんて嘘っぱちだと気づかないほど僕が周りに興味が無いということに我ながら幻滅する。そう言えば、今日も瀬戸の件で警察官が聞き込みに来ているとか。あれ以降、今日も瀬戸の姿は一度も見ていない。
「…お前、なんか知ってるんじゃねぇの。瀬戸って家出とかするタイプじゃねぇし。」
「なんか、って。」
何も教えてくれなかったよ、瀬戸は。だから僕は皆と一緒で何も知らない。

「すみません。誰かいませんか」
知らない声に呼ばれ表に出ると、後輩らしい女子が2人待っていた。
「どうかしましたか。」
「あ、園芸部さんですか!?…2年5組なんですけど、保冷剤代わりになるものが急ぎで欲しくって、探してたら安田っちが園芸部行ってみろって。か、借りれたりしますか?」
瀬戸のクラスメイトだ。クラスの雰囲気は決していいとは言えないだろうに、彼女たちなりに割り切って、文化祭当日は楽しんでいるんだろう。
「…あぁ、保冷剤と、一応氷もあるけど、どっちがいい?」
足下に置いてた部用の保冷庫を開ける。
「えっと、氷ください!」
「どうぞ。使い終わったらそのままそっちで捨てておいて」
 ありがとうございます、とオレンジ色のクラスTシャツを着た2人は軽快に走っていった。
「先生の準備室の冷凍庫、壊れてるならもっと早めに言ってほしかったよね、結構当てにしてたのに」
「ま、岸センもショック受けてるんでしょ。今日くらいは許したげようよ。」
1個下の後輩の無邪気な姿は僕とはかけ離れていた。

 「くっら。暗すぎ。お前、ここでぼーとっしてるのやめろ。どっか行け。」
気を使うのを諦めた塚本から悪態が飛んできた。
「へ?」
「今の女子達見ただろ。無理してでも元気に振る舞ってる。お前にはそれが足りない。一旦どっかブラブラしてこい。」
「でもここ…」
「お前がいなくても代わんねーよ!こんな不人気出店!代わるからさっさと消えろ!!!」
去年は以外と盛況だったんだぞ、と言い返す間もなく、エプロン姿のまま塚本に追い出されてしまった。

 わざとらしく扉をバン、と音を立てて閉められた。多分、すぐにでも戻ろうものなら
「てめぇ人の言った言葉理解できねぇのかクソが!!」
と罵られそうなので仕方なくふらつくことにする。

 今日は、瀬戸が楽しみにしていた文化祭だ。



 直径1メートルくらいの鍋を借りて行われる野球部の炊き出し。パフォーマンスの一環として大きいしゃもじでぐるぐるとかき混ぜているが、その役目はいつも部長という伝統があるらしい。
 軽音部には1人だけ凄くベースが上手い部員が居て、瀬戸はそのベースの音が好きだった。
 美術部の展示は毎回気合いが入りすぎてる割に、告知もしないし宣伝もしない。今年も学校の隅の美術室で誰も来ないのに受付だけ佇んでいるのだろう。
 特に何も買いもせず、雰囲気を歩きながら眺める。

 …なんだろう。この、歩みを止めたら涙が溢れそうな時間は。周りの笑ってる人たちが自分とは全く違う世界の誰かのようで、同じ廊下を歩いてるはずなのに僕だけ、ぽつんと浮いている。

「…どうくん、伸藤くん?」
「へ?」
 僕を呼び止める人間なんて滅多にいないので、反応が遅れる。振り返ると瀬戸のクラスの担任の安田先生がいた。

「伸藤くん、だったね。氷貸してくれて有難う。」
「あ、いや。大したことは。」
「そんなことはないよ。僕がうっかりしてたから助かった。」
「…その、こんな大変なときなので。」
「そうだね、無理してるからね、僕のクラス。」
「瀬戸は、やっぱりクラスの皆と仲良いんですか?」
「いや、意外とね。全員と仲は良かったけど、一線引いてる感じがあったよ。」
「そうですか…瀬戸、文化祭楽しみにしてました」
僕に向けて取り繕っている笑顔が若干崩れた。

「終業式の日、君は瀬戸さんと会わなかったの?」
岸先生もやはり終業式の話をしてくる。
「はい。来るって言っていたんですが」
「そうなんだね。自発的な失踪だとしたら不可解だね。僕は、終業式あとのHRで見たのが最後で。
教室を出て行ったのを見たときに、スポーツドリンクを持っていた。どこかに出掛けるつもりだったのか、あるいは…」

違和感に苛まれた。
「いや、こんなこと僕が掘り返しても仕方ないね。変な話してごめん。文化祭楽しんで」
岸先生は僕に背中を向け、どこかへ行こうとする。僕は別れの挨拶をしないまま、岸先生の言葉を頭の中で繰り返す。

 瀬戸の死体はなんで見つかっていないのか。

「…購買と学校のスポーツドリンクは僕の苦手なメーカーだった。」
岸先生がピタッと止まった。
味が濃いから。最初は頑張って飲みきっていたけどバレていたようで、いつの間にかコンビニまで違う種類を買いに行ってくれるようになった。
「毎日必ず冷たいのを用意してくれるんです。それと、瀬戸は炭酸しか飲まない。」
瀬戸は生粋の炭酸好きだった。

胸のざわざわが口から言葉を発するのを止めてくれない。
「岸先生、最後に瀬戸と会ったのはいつですか?」
先生のピクリとも動かない背中が怖い。
「先生が見たのは、放課後
『コンビニから戻ってきた』瀬戸なんじゃありませんか?」

「…君は、本当に瀬戸さんと仲が良かったんだね」
岸先生は質問に答えてくれない儘僕のほうをじっと見てくるけど、その目は教師が生徒に向けるべきでは無い、恐ろしく冷たいものだった。
「担任になった頃から警戒されてた。年上の異性に対して警戒心が強かったのかな。同年代だったら、まだ好いてもらえたのか」
何の話をしている。
「リスクが高いって分かってたけど、気になって。なんで君なのかが」
ゆらりと近づいてくるそいつから離れようとした瞬間、
「いや、もう、何したって変わらないか。」
いきなり、右手に鋭い痛みが走った。

そんな、まさか。

「おい、伸藤。お前茄子の値段設定忘れてたぞ。連絡したのに返事ないから探したしふざけんな。お客さん待たせてたし100円で売…」
塚本がスマホの画面を睨みながら、こちらに向かってきた。顔を上げ僕を見るなり瞳孔を開かせて、携帯を床に落としてしまう。

床にぽと、と滴り落ちたのは、血だった。

今、もしかして、そのナイフで、切られた?

「伸藤逃げろ!!」

 塚本の声ではっと我に返り、その場から走り去る。どこまで逃げたら良いか考える暇もなく、まず逃げる。先生は僕にナイフを向けた。何故か分からないまま息を切らして走る。
 1階に降りると人混みに入り、みっともなく人を押しのける。まわりは血を零してる僕のことを心配そうな、はたまた怪訝そうな目で見ている。

血の色は赤黒く、文化祭にふさわしくない。

 塚本忠は岸の肩を摑みあげて、顔を地面に叩きつける。周りの空気は一変し、悲鳴をあげ出す女子生徒もいた。
「お前ら、ぼけっとしてんな!警察と先生呼べ!!!職員室急げ!!!」
塚本は遠巻きに見てる男子生徒たちに呼びかけた。
「…俺行ってくる!」
「警察今電話掛けてます!」
はっとした彼らは行動に移す。警察は今日、学校の敷地内に立ち寄っているはず。ここに来るのも遅くは無いだろう。
「動いたらぶっ殺す。つーかテメェ、なにやった?…なんで伸藤を刺した!?」
もがこうとする岸はまだ顔がにやけており、非道く不気味だ。
「ハハッ、言う必要ある?」
「顔がキモいんだよ。吐き気がする」
「ふふ…ふふふふふふふふふ」

「彼女は自分にとって大切な人間以外は微塵も興味無い。分かってたけど興味をもってほしかった。」
ナイフは床に転がした。床に飛んだ真っ赤な血を見て、塚本は『この男は、平気でこういうことが出来る』と分かった。
「...お前、まさか」
「ははははははは!!!!!」

そうすると、容易に想像がつくのは、
瀬戸が『殺された』という仮説だった。

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