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fair_impala134
人相
確かにあの人は、豊臣秀吉に似ている。
だから、何?で終わるのが世の常。
エンターテイメントとは、最後は、笑わせてなんぼである。
豊臣秀吉は、身分の低いところから、小さな階段を登って、中間管理職や取締役を経て、トップに立ち、天下統一を果たした。
信長はどうだろう?
信長は、独創家であった。
自らの創り上げた思想を持って、それを実践し、人を動かし続けた。将棋のように駒を動かす人使いの荒さは、人を本当に幸福にしただろうか。
徳川家康は?
となると、偉人を書いていくというのでは、キリがない。
きっと、このことを踏まえて、家康の人物評も書けたろう。
しかし、それは読者の想像でもいいわけだ。
人物評とは、きっと誰かに似ているという点を大切にしているはずだ。
歴史に眠っている、その似ている部分を現代に叩き起こして、あの人は家康に似ているな。きっと、大器晩成だな。
そういう予想は、歴史がわかりやすい。
人相学とは、きっと、誰だれ、と似ているという着眼点から、導いているのだろう。
そういうことから、歴史はその宝庫であり、実際の顔が残っていないので、歴史小説という写真を頼りに想像するほかないと、存じている。
