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「鑑定士のノート」出会いからの縁の可否。

※この鑑定は、学びにおける命式を扱っています。

透干、蔵干の定義は私が学んで定着している理論になります。読まれていてかみ合わない理論となる場合もあると思いますが、その旨はご理解ください。

これから取り上げる命式は、私が学びの段階で得た一件です。師とは別にお世話になった鑑定士の方との鑑定談の中で見た命式の一つです。相談内容は当時交際していたお相手と、結婚まで進まないとの内容です。この命式を公に使うことは大丈夫との事です。

命式

女命
年柱 丁巳
月柱 戊申
日柱 丙申
時柱 戊子

大運が「辛亥」に入ったとき、彼氏ができたそうですが、なかなか結婚に至らないお悩みです。

数ある鑑定例の中から、あえてこの一件を取り上げるのは、理論の骨格がクリアに見えるのではないかと感じたからです。私が今後、詳しくお伝えできる環境になりましたら、こうしたロジックの組み立てを軸に置きたいと思い、記事にしました。

この命式は、もとより財が多いです。「月令、日支」二つの申。それぞれ「金」が蔵干として収まっています。丙にとって「月令、日支」の「申」は財になります。天干には表れていませんが、内包された強さは十分なものだと思います。

丙が身旺であれば、この財の多さは悪くありません。自分を支える力が十分にあるところに欲しいものが多くあるのは、むしろ豊かさとして働きます。しかし、この命式は身弱です。(「年支」の「巳」は後程お話しますが、「丙日干」の「根」としては少し弱いからです。)支える力が乏しいところに財が多いというのは、危うさの方が先に立つ。欲しいものに囲まれていながら、それを受け止める力がない状態であるということです。

もう一つ、見過ごせないのが「月干」「戊」の存在です。火の日干にとって、土の食傷は、単なる漏星(気を漏らすだけの星)として片づけられるものではありません。戊は丙の気を漏らすと同時に、その光そのものを覆い隠す。漏らすことと隠すことが、同時に起きています。だからこそ、この命式における戊の作用は、慎重に見極める必要があります。

丙辛干合。潜んでいた財が、透干するとき


大運が「辛亥」に入ると、地支に眠っていた「金」が、天干に透干します。埋もれていた財が、表に出てくるということです。

干合とは、単に通変の役職(この場合は正財)が巡ってきたということではありません。財とは、日干が欲しいと感じるものそのものであり、干合とは、その欲しいものと日干が結びつく現象であるからです。だから、彼という具体的な人物も、財という抽象的な欲求対象が形を取ったものとして、この干合の枠組みにそのまま表れたのだと思います。

しかも、この命式はもとより財が多く、しかもそれは身弱の状態で抱えていた財です。埋もれていたときはまだ形を持たなかったその欲求が、大運によって表に透干しました。潜在していたものが、実際に「欲しい」という強い衝動として立ち上がってきました。(夫妻宮も透干)

出会いがあったのは、当然といえば当然。ですが、それは単なる出会いではなく。もとから危うさを抱えていた財が、抑えの利かない形で表面化した出会いである可能性が高いのです。どうしても欲しくなる。この衝動の強さが、もとより隠される、見通しの弱さ。(戊による作用)が命式の判断力を、さらに見えにくくさせたのだと思います。

戊が二つ、そして巳の二重性。晦火の作用が強い命式

この命式には、戊が二つあります。月干と時干、二つの戊。戊が一つでもその作用は起こりますが、二つ揃うとなると、晦火の作用はいっそう強くなります。判断力の曇りは、この命式においては、かなり根深いものと見てよいと思います。

一方、丙の通根。命式全体を見渡すと、丙の根は巳に一つあるのみです。ですが、この巳という根にも、注意が要ります。

火土同根の原理により、巳は丙の根であると同時に、戊の根でもあるからです。つまり巳は、熱い土でもある。ここで月令(月支)を見ると、申。申は金の気であり、秋の冷ややかさを持つ季節。命式において一番エネルギーが強いのがこの「月令」この月令の冷たさが、巳の熱を冷まします。

結果として、巳という一つの根は、火の根としての力よりも、土の根としての力の方が強く働いている可能性が高くなります。丙にとって唯一の頼みだったはずの巳が、実のところ、丙自身よりも戊を支える方に傾いていたということになる。ということは、晦火が強く根ざし、しかも丙の根は最初から心もとない。この命式は、光を保つための足場が、もとより脆い状態にあったと推命できるのです。

亥巳の冲。揺らぐ根、重なる干合

大運が辛亥に入ると、ここで起きるのが、亥巳の冲です。

もとより頼みの薄かった巳の根が、この冲によってさらに弱まります。丙の光を支えていた、心もとない足場が、大運でさらに揺らぎます。

そして、この根の揺らぎと同じ時期に、丙辛干合が起きています。丙の根が弱まるのと、埋もれていた財が透干して「欲しい」という衝動が表面化するのが、同時期に重なっています。根が強く安定していれば、この干合はもっと確かな縁として結ばれたはず。しかし実際には、根が最も揺らいでいるまさにそのときに、抑えの利かない欲求が結びついた。出会いはあったが、それを支える足場は、最初から不安定だったということになるのです。

用神のジレンマ。なぜ地支ではなく天干の甲なのか

この命式を整えるには、木の力が必要です。戊を制し、晦火を和らげる木です。

地支に木を求めるなら、寅か卯が候補になります。しかし、この命式には申が二つ。月令と日支、二つの申は、寅は申と冲し、卯もまた申とやり合う関係です。地支に木を置いても、二つの申がそれを迎え撃つ形になり、根付くどころか、絶えず摩耗させられることになる。地支の木では、この命式を支えきれない。

だからこそ、木は天干になければならない。天干の甲です。

地支の木が根を張り、内側から静かに支える力だとすれば、天干の木は、外に向かって働きかける、見える形の力です。天干に甲があるということは、この命式にとっての助けが、内側からじわじわと滲み出るものではなく、外部から差し伸べられる、目に見える援助という形を取ることを意味してきます。

ですので、結婚を急ぐのであれば、一人で判断せず、信頼できる知人をあたり、紹介を頼ること。これが、天干の甲がこの命式に与えている、ひとつの仕事であると思います。

一人で判断する事の懸念は戊です。自分の思うままに判断はまさに漏星の罠です。思うがままに動くことが「丙」の聡明さを「山」が隠すとなるからです。

もう一つ、用神は「巳、午、未」のような地支の「根」「丙」が強くなる為の「根」ではないかという事です。しかし、この命式は、「戊」が肝です。「身旺」になり、「財」を掴みに行くと同時に「戊」も強くなってしまいます。それでは根本的な解決にはならないと思います。「土」の頑固さが顕著になり、運勢が滞る可能性のほうが高くなります。

完璧な中庸には戻れないのが多くの命式です。命式の「肝」を見極め、小さくとも突破口を探す。この判断が大切だと思っています。

構造が示していたこと、そしてその先は分からない

この方が、その後どうなったのかは分かりません。学びの段階で出会った命式であり、今どうしているかを知る術はないからです。

ただ、命式は、その瞬間に何が起きていたかを、セッションの中で語り合います。もとより身弱の身に多い財を抱えていたこと、二つの戊による晦火の強さ、頼みの根であったはずの巳がもとより戊寄りだったこと、その根が大運の冲で揺らいだ瞬間に埋もれていた財が透干して干合したこと、そして地支ではなく天干にしか居場所のない用神。出会いの必然性も、その縁の危うさも、そこから抜け出すための具体的な動き方までもが、一つの構造の中に収まっていたと思います。

大運を見ても前後で「甲」は巡りません。だからこそ、ご自分の意識が人生の軌道を変えていきます。自分の命式の癖を知り、気を付ける。これが与えられた命式を生きる。命式を超える生き方こそが「用神」ということになるのだと思います。

ここで述べた読み(財が多く身弱である場合の危うさ、戊が二つ重なる場合の晦火の強さ、巳の二重性、根の揺らぎと財の透干の同時性、地支の冲によって用神が天干に限定される論理)は、あくまでこの命式、この一件、ご相談内の中で導かれたものであります。全ての命式に当てはまる普遍的な技法として提示しているわけでありません。命式ごとに構造は異なり、そのつど個別に読み解く必要があると思っています。四柱推命は、未来を確定させるものではないと思います。その瞬間の構造を読み、そこにある可能性と、進むべき方向を照らし出すものだと、改めて思いました。

【違う観点からみると、財は楽しい星でもあるのです。土の頑固さを和らげる作用もあります。しかし、今回結婚の視点からの鑑定ですので、その旨ご理解ください。】

【古いノートを読み返していて、ふと自分の学びとしても理論の整えたく記事にしてみましたが、沢山ある理論の一つとしてお読みいただければ幸いです。】


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