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カノンアート 第三話

〈幼心に響くのは 後半〉

「?」
カノンが瞬きをする合間に魔法をかけられ、氷となり、黒いダイヤで作られた灼熱のワープマジックを通り抜けた。そこは図書館のように暗めではあるが、時々木洩れ陽が射す明るい場所だった。幼いカノンの頭では理解できなかったようで、一瞬また固まったように見えた。だが、あたりを見回すと、見覚えのある景色が広がっていることに気づいた。青い葉の香り。耳をくすぐるようにそよぐ風。そしてとても立派な巨木が広がっているそこは、町の裏側の神社の広大な境内であった。カノンは深呼吸して、目を閉じた。
ふと横を見ると、マーテが地面に転がっている。湿り柔らかな腐葉土のような、だが明らかに違うコーヒーのような色の土がマーテについている。なんというか…すごく虫のような目をしているマーテは、そのまま気絶した。
「!!」
「おやおや、これぐらいで気絶するとは思わなかったのじゃ、すまぬ。いや…この気絶の仕方はワシの魔法に対してではないか。臆病じゃの、ほほ」
賢者はマーテを横目で見た後、光の速さで空に水と風の印を描き、そしてマーテに意識を戻した。
マーテは、起き上がり、手を見た。そしてまた気絶した。
カノンはマーテにそろりと近寄って、手を覗くと、そこにぬるりとした、だが青白く儚いナメクジのような生き物がくっついていた。
「なんだこれー」
カノンはそれを摘み上げて、賢者に見せた。
「やはりマーテは臆病じゃな。それはニモケズという生き物で、こいつを、こうやって、こうすると…」
カノンからそれを受け取り、賢者は手と手の間に入れて、そのままパン!と音を立てた。
カノンは手の中で潰された…殺されたのかと心配でならなかったが、賢者はまた手の中を見せた。すると、そこには手のひらに収まる、四角錐となった蒼く透明なガラスができた。
「どうやってやったの!魔法なの?」
「この生物はね、大きな音を与えるか、刺激を与えるかをすると、『がらす』に擬態する性質があるんだ。するととても硬くなって、色んなものに使えるんだよ。ほら、マーテも起きたことだし、早く神にご挨拶しに行こう。失礼だからね。」
マーテは機嫌が悪そうに起き上がると、小さな体でのっそり歩き出した。
「神にご挨拶するには、アートを献上しなければならないんだ。特に私たちはお願いをしなければならない。理由はお願いした後に言うから、魔法などを使ってアートを表してくれないか。」
「えーと、せんせい、あーとってなになの?」
賢者は固まった。ついでに腰も軽くヒビが入ったようだ。大急ぎで神の名を唱えた後、治癒の魔法をかけた。
「ふー。危なかった。しかし、本当にあそこの『真名場』でも教えておらんのか。確かに気持ちはわかるが、いやはやアートのことでさえ教えないとは…。アートとはこの世界で基本中の基本のことだ。本当は神に誓いを立ててから教えたほうが良いのじゃが、今回はその神様にお捧げするのじゃから、教えるしかないのか。」
マーテは黙って紅葉した菱形の葉を拾っていた。独特の匂いがするが、嫌いではないようだ。
3人はいつのまにかここを通れと言うような道ができていることに気づき、そこを通っていった。
「アートとは、己の心を使い、物事を感じ、それを己のものとして表現することだ。それは美しくも、醜くも、己の分身として作られたものである。つまりね、本当はどんなものでもアート、にはなれるんだよ。」
「?」
静まった森で、手に『がらす』を持ち、ちょうど天秤を宙に浮かせたカノンの頭の中は混乱していた。そもそも賢者が言う言葉が難しいのが問題なのだが…
「つまり、作りたいものを作ればそれはアートということだよ」
「ふーん」
ゆらり、と一瞬カノンの影が歪んだように見えた。納得したような顔でカノンは頷く。
マーテは黙っている。すでにアートを理解しているのだろうか。
さく、さく、と、土を踏む音が続く。
「その昔、原始時代と呼ばれた時代に、魔法が神によってランダムに人間へと配られたんじゃ。だがそれが争いの種となり、魔法を争って一回人類が絶滅しかけた。
その時に現れた闇を司る神ダードが、魔法を闇に回収し、一度魔法のない時代が訪れた。だけれど、10年後、何人かの元大魔術師による魂を削る神の召喚によってバラバラになった単語として魔法が土地に配られたんじゃ。
そしてその時、神は人間に「美」を求めることとし、世界の規則に練り込まれた。
その時に生まれた美の神は、
『人間には美の成分が入っていない。よってそれを作り出す能力を与える。私たちでさえ感動してしまうような作品を作ることを、人間の最終目標とする』
と言われたそうだ。それ以来、我々人間は自らの手でアートを作り続け、それを子へと繋げているんじゃ。」
「ふーん。じゃあ、先生も、何度もささげているということ?」
「ほら、さっき作ったじゃないか…っと。いいか?鳥居をくぐる時には敬意のためにアートを一つ掲げる必要がある。何ができるか考えるんじゃ。」
そう言って賢者は指を指す。そこには、吸い込まれるような真紅の鳥居が、端の黒塗りに彩られてあった。奥にはぼんやりと宙に浮かんだ光が続き、年月を感じる小さな祠が置いてあるように見える。地面の適度に主張していない淡い緑や紫、黒などの半透明の砂利に、高い木々からたまに舞い落ちる葉が、幻想的な雰囲気をさらに深くしていた。
「…きれい」
賢者も頷く。マーテは葉っぱで何かを作っている。
「ここも昔は鳥居でなく十字の時もあったんだがな…。解釈違いなのだろうが、十字だと神が通る道にはなれないと誰かがいうので、鳥居にしたそうだ。どちらにせよ、とても綺麗じゃろう。」
カノンは葉っぱを拾い上げ、じっと見つめた。手のひらで撫ぜて、『がらす』に近づける。風が吹いた。そして。
「『光。美。その表面には美しく、内面には光を。葉が舞う土地に、神の祝福を。』」
カノンは何かに取り憑かれたかのように唱えた。賢者が驚いている。
葉とガラスが回転し始めたかと思うと、あたたかい光を放ち、それは…金色に縁取られた緑の柔い光を放つペンダントになった。チェーンはがらすの色と葉の色が編まれた、細い糸が玉を連ねたものになり、それと先につくがらすが小さな手を繋ぐように、丁寧に輪を作る。
カノンは大切そうに手を広げて、宙に浮かんでいたそれを触った。まるでカノンでないような雰囲気をだしていた人影は、ふっと、元に戻った。
「?」
カノンが不思議そうにペンダントを見つめていると、マーテが近づき、落ちていた天秤を拾った。そしてカノンを無表情で見つめると、いつの間にかできている鳥居に駆け出していった。
「マーテ、ちょっと待ちなさいー」
賢者は思い出したように急いでカノンを連れて走っていった。そして、鳥居の前で一礼し、どこからか取り出した盾を前に差し出した。
「これが私のアートでございます」
「これがわたしのあーとです」
すると、それに呼応するように一瞬鳥居は光を放ち、いつの間にか2人の物に赤い縁取りがされていた。
「こういうものはね、アートでもあるが、道具としても使えるようになるんだ。こら、マーテ、作品はどうした」
マーテは無言で天秤をいじりながら、赤い縁取りがされ宝石になった煌めく葉を載せた。
「あっ…」
すると天秤のもう片方がクルクルと回りだし、そこから赤く透明な火が浮き上がった。
「…どうやらそれがアートとして認められたようじゃな。これをこのまま捧げるのも持って帰るのも自由じゃが、とにかく今回は神にお願いしなければならないから、私のアートを捧げよう。ほら、2人とも後に続きなさい」
そして半透明の砂利の上を歩いていく。心なしか、あたりが段々と暗くなっているようだ。
祠の前で、賢者は一礼した。2人も真似する。
「ここで声を魔法でこの盾に載せ、これを捧げる。2人はそこで聞いておくとよい。」
賢者は息を深く吐き、吸った。
「我らを支えてくださる神々に申し上げる。私は名を捨てた賢者であり、麓の町に住むマーテ、カノンである。マーテ、カノンら2人は、神々が定められた『知の限度』を超えており、このままだと命の危険に晒される可能性がある。ご対処を願う。これを私のアート、『アートの町の盾』にこめて申し上げる。」
そう言って、静かに盾を前に置いた。
3人は静かな緊張の中待っていた。だが、木々が遠くでざわめくばかりで、盾には変化がない。
「本日は忙しい日なのだろうか…」
いきなり、マーテが一歩前に出た。そして耳を澄ますと、奥を指差した。
キーン……と奥で何かが鳴っている。そこには、更に奥へ続く道が空に浮かんだ仄かな光によって示されていた。
「更に道が…こんな奥には入ったことがないが。きっと、何かがあるのだろう。2人とも注意してついてきなさい。」
賢者は静々と歩いていった。そこには少し、緊張があるように見える。
カノンはなんだか真剣なのが逆に楽しくなってきて、マーテを引きずり半分わくわくしながらついていった。
賢者が不意に立ち止まった。道が急に途切れている。いきなり、木々が近くに迫ったように感じたカノンは、少し怖くなった。マーテは無言で地面に倒れかけていたが。
「おそらくここが、神のお告げを読む場なのじゃろう。見てごらん」
賢者の指さす先に、光が、神淵から差してきた。すると、そこに魔法のように巻物が現れた。賢者はそれを一礼して掴む。すると、今重力に気づいたかのように巻物はしゅるしゅると広がった。
カノンは驚いて声が出なかった。そしてそのまま、マーテの首元を掴んでいた手を放した。
「わー」
「えー、それではタテに読むぞ」
『先祖らと繋りつつある縁はここ、アートの町で全てまとめられた。かのスパイスの曾孫であるカノンはその最後の鍵となり、〈星〉を割る運命を背負う。そして能を与えられたマーテは、最後の選択を行うだろう。名を失った賢者は、それまでに彼らに世の真実を教えなければならない。だが、これら三名の命の危険は、カノンが十五歳になるまで少なくとも訪れることはないだろう…』
小さな沈黙が訪れた。カノンと倒れているマーテは不思議そうに賢者を見つめていた。その手から、宝石のようなペンダントが滑り落ちた。
賢者は片膝をついた。そして顔を隠す。
「そうか…そうだったのか。私が賢者になった理由、なぜか鋭星の他の面へ行くなどというリスクを冒してまで神がここへ来させた理由、私が生まれた、理由。全てそれらはこの日のため、そしてこの世界のためにあったのだな。そしてやはり、この娘はあのスパイスの子孫であったか…」
賢者は一度、ふふ、と笑いを洩らした。ロングコートのブローチが怪しげに光る。
幼い心ながら何かが始まることを感じたカノンは、しゃがみ込んでペンダントを拾い握りしめた。
そして、神淵から差し込んだ光が立てるキーン…と響く音を、心に焼き付け、静かに歩いていった。