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カノンアート 第二話

〈幼心に響くのは 前半〉

6歳ほどの少女が、道ゆく人に挨拶をしていた。しっかりとした優しさが彼女の口調に溢れている、とても明るい女の子だ。
真っ青に輝き、不思議な模様が浮かぶ空の下で、ハーブを育てる家から手を振った少女は、スキップをしながら庭を歩いていった。小さな少女の鼻を、新鮮なハーブの香りが掠める。
ふと何かを思いついたかのように、おもむろに少女は指を前へ突き出した。そして大きな丸を描く。水の印だ。口が動いた。
「みず、きそそのいち!」
すると、空中から水が出てきて、ハーブに降り注いだ。その口は水の位置を動かすために、なおも動いている。だが、細かくコントロールするのは難しいようで、最後には上に降り注いだ。
「ぎゃ!」
服はもうびしょびしょである。走り回って逃げようとしても、水の方がついてくる。『香り庭』が広いので、全力疾走で少女は家の前まで戻った。悪い天気に当たったかのようだ。
「助けてよー」
がちゃと音がしてレンガの家から父のバジルが出てきた。かなり大柄だが、見た目は若そうだ。あたりを薄目で見回してこちらにドスドスと歩いてくると、いきなりニヤリと笑った。
「おーおー、カノン、今日は水遊びか!」
「違うよ、ハーブに水をあげてたの、なのに魔法の向き、まちがえちゃった。」
水が口に入りかけながら少女は必死に抗議する。バジルはまた笑ったが、結局魔法をやめる魔法をかけた。
「次からは気をつけるんだぞー。ほら。」
指で空中に式を書いて、浮かび上がったそれを投げる。ふわふわのタオルだ。
「家の濡れてたタオルをふわふわにしたから、それで体を拭けよ。じゃーなー」
また家に入りかけたバジルは、次は巨大なタオルと格闘している可愛らしい少女を振り返った。

「そういえば、今日は町に行く日じゃなかったか?」
「むん…ひょう」
どうやら返事をしたようだが、くぐもって聞こえない。
「まあ歩いて5分だし送る必要はねえか。そこに荷物を置いといたから、母さんによろしく伝えてくれ」
バタンと扉が閉まった。小さな手でガサガサと頭を拭き、暖かい日差しに見上げた彼女の家は、二階建てのどっしりとした、だけれどとても綺麗な家だった。

少女…カノンは荷物を手に取ると、魔法をかけて空中に浮かせた。
「できた!」
とても危なっかしいまま、町がよく見える山に向かって、少女は走っていった。

なだらかな坂に並んで立つ街の建物は、どれも綺麗なものばかりだ。沢山の人が通る中を、何度も来ているがカノンは新鮮な気持ちで眺めながら走った。どの人もシンプルな服装で、逆に一人一人の特徴が際立っている。カノンは、左目が少し薄い灰色をしていて、左右の色が違う。これはカノンの家の遺伝で、それが少し不思議な印象を彼女に与えている。だけれど、町の人もそれぞれで全然違っていた。
「お!カノンちゃんじゃないか!この間のハーブ、ありがとね。おかげで新しいアートを考えついたよ。」
若い男の人が、白い長髪をかきあげながら手を振っている。
「はい!ありがとうございますっ!」

アートの町、とも呼ばれるこの町は、この世界で1番有名だと言っても良かった。遠くに見える盛り上がった山の中に、水をたたえた湖が見える。果てしなく、海のようなそれからこの町に水が来ている。そして、山の色は赤青緑の色が綺麗に合わさり、目に見えて鮮やかな美しい自然だった。また、耳を澄ませると、はるか彼方、この星のこの上で全方向に流れている海の滝のような音が、かすかに、聞こえるようだった。
この惑星は、鋭星と呼ばれる星である。神淵の唯一のこの惑星からは、沢山の星が見えるのだが、それらは全て小さな小さな星のかけらだった。世界は6人の神が協力して作ったもので、各地で伝説が残っている。その時に、空間の歪みが生まれて、人間はその法則と魔法からできたのであった。
沢山の先祖らが子を産み育てて、死にゆく…それが当たり前だったはずのこの星は、今違う何かへと変わっていっている。とにかくこの町が昔より繁盛しているのに、人口が減っていっているのは間違いない。

「こんにちわっ!」
道沿いにある、巨大で厳格な雰囲気の建物に、バタッとドアを勢いよく開けてカノンは挨拶をする。そしていつものように『授業』は始まった。
先生が3人、年齢がバラバラの生徒50人のこの場所は、勉強したい子が集まって本を読んだり、魔法を学んだりする場所だ。一応「魔道書館」と名前がついていて、星の中で1番大きい書館、だったりする。その入り口なのだが、それだけでもとても広いのだ。
だが、今日はそれだけではないようだ。
「今日はね、あの『スコルピオスの面』から先生に来てもらったのよ」
子供達はわらわらと先生のところに走っていった。みんな興味津々である。だが1人だけ、小さな男の子が、端っこで本を読んでいた。
「あなたは来ないの?」
「マーテ、は、もじみる」
カノンはマーテの背中をつついたが、
「こっちのほうが、おもしろい」
マーテは動かなかった。
「じゃあ、一緒にみる」
しばらくすると先生がやってきた。
「カノン、マーテ、先生の話をききましょう」
いやだ。マーテがそういったように思えてカノンは首を振った。
「そうなの」
困り顔で言った後、先生はスコルピオスの面の賢者を連れてきた。見た目は50歳ほどだろうか。だがその深い目が想像以上に年をとっているのを窺わせた。
「2人とも何を見ているんだい?ああ、文字か。魔法が好きなのかい」
「うん。」
「ハーブの香りがするね。そうか。もしかしたら君は…いや。今日はみんなに面白い魔法を教えようと思ったんじゃが、ふたりは見ないのじゃろうか」
「みる!」
「みない。」
カノンが目を輝かせたが、マーテがソッポを向きながら動かなかった。賢者はそれを黙って見ていた。
「じゃあ後でおしえる」
「ふうん」
マーテの茶色の目が一瞬光った、気がした。

「今からこの入り口を使うからね。広いから問題ないと思うのじゃが。式を使って銀色の『魔法』の糸と、ここに持ってきたスコルピオスのクリスタルを使うよ。これでみんなに私のアートの魔法をお見せするよ」
最初何かを呟いた後、目の前に突如出現した正八面体の青と緑の輝きに、賢者は指を伸ばした。そしてそこから、目を瞑りながら服の長い裾を翻す。そこから、水と銀の糸が現れる。それを見ながら、賢者は髭を一度さすり、こちらに向かって言った。
「みんなも今から唱える式を唱えてみると作ることができるじゃろう。覚えられるかな」
そして朗々と呪文を唱えていく。手を静かに前へ突き出し、目の前に集中する。最初は優しく、そして強く、また悲しい響きを持ちながら式を織る姿に、子供達は皆惹きつけられた。
また、その魔法が作られていく所自体も素晴らしいものであった。キラキラと眩い光を放ちながら、回転して作られていくそれは、水と地の魔法に反応して繊細な模様を施されていく。時折り水飛沫が上がったが、図書館の入り口は広いので問題ない。
「………これを私の[アート]として神へ献上いたす!」
仕上げに『アート』という言葉が出た瞬間、一層作り上げたものは光を放ち、そして宙に浮かんだ。それは、片方の石を大きく広げ固め、もう片方を真ん中に嵌め込み、糸が表面を張り巡らせている。賢者が触れると、少しあやふやだった輪郭が線を描くように定まった。
それは大きな盾だった。賢者は優しい目でそれを撫で、こちらに目を向けた。
「式を唱えるときに、盾を作ろうと思ったわけではないが、ぼんやりとだけれどしっかり考えたものがこうやってできるんじゃ。そして神にアートを作ると申し立てねば、このようになることもない。綺麗だろう?ある人はこの式で新たな美しい生き物を作ったそうじゃよ。」
賢者がそういう間に、子供たちはうずうずして仕方なくなった。話は聞いていない。
そしてついに、カノンが今にも走り出しそうな勢いのまま言った
「せんせーせんせー!それさわぁせてくださっ!」
「どうぞ。」
子供たちはわらわらと大きな盾に群がり、金属のような表面を撫でたり、持ち上げようとしたりして、興奮していた。その声すらも図書館は広すぎてガヤガヤしているようにしか聞こえないが。
だが、その時にずっと本を読んでいたはずのマーテが赤と白の床の境界から立ち上がって、入り口の真ん中へと行った。先生が気づかないはずがない。
「マーテ!どうしたの?」
それに気づかずマーテはぶつぶつ言い出した。すると、不思議なことに本棚から一冊の本が飛び出してきたではないか。
「本?」
何人かの生徒がマーテの方を向いた。カノンも振り向く。
マーテの目が光った。するとみるみるその茶色の目が金色になっていく。小さなマーテはぶつぶつ言いながらその本を宙で操り、そしてそのまま手を動かしていった。
そして、一言。「これをぼくのあーととしてけんじょーいたす」
本にかかっていた靄が張れたかと思うと、本だったものはマーテの手に吸い込まれて、手に収まるサイズの天秤となった。涼しげな色合いの天秤と、涼しげな顔のマーテ。見ていた者に少しの間沈黙が流れたが、マーテは気にせずにそのままカノンに近づいた。
「おしえられなくてもできる。これあげる」
「?ありがとう!とってもきれいだね!」
「…?うん?」
ただ自慢したかったのかもしれないが、カノンが喜んでいるのを見てマーテは不思議そうに本の場所に戻って行った。
そして何事もなかったかのように授業は進んでいった。
が、ある1人の先生は賢者と話していた。
「たしか、子供はそんな簡単に難しい魔法を使えないはずですよね…。体力を消費しすぎて途中で止まってしまうとか。」
「ああ。そうとも言われるが、我々人間に共通していることがあったろう。あれの始まりも個人差があるかと思われるぞ。」
「でもこんな早くからですよ。大丈夫でしょうか?」
賢者は顎をさすった。
「そうじゃな。私が神社に連れて行って、神へ願うのはどうじゃろう」
「そうですね!あの神社は特に神様との繋がりが深い場所ですし、賢者様の頼みとあらば引き受けてくれるかもしれませんね。こういうのは早いうちにしたほうがよい物。マーテ、こっちにきてくれるかな?」
「いや」
「じゃあカノン、マーテを連れてきてくれる?」
「マーテがいやっていってる」
「後でおやつあげるよー」
「やる!」
おやつに釣られカノンはマーテと本を風魔法で引っ張っていった。紙がピリッとしたような気もするが気にしない。
「つれてきた!」
「かえるー」
マーテは手をジタバタさせているが、カノンの魔法は強力で動かなかった。
「えい!地、きそそのご、もーど石!風をなくせ」
だが先生がマーテに近づこうとした瞬間、マーテが魔法を使った。ずるずると元の場所に戻ろうとしているマーテに向かって、カノンがまた魔法を使う。それをマーテが防ぐ。そして激しく攻防を行なっているうちに、どうやら面白くなってきたようで2人でバトルを始めてしまった。
(えーー。)
先生たちは呆れるやら感心するやらですっかり沈黙してしまった。だが、賢者は気にせず2人に近づいた。
目を閉じて、空中に指で式を書く。それを放つと、2人の魔法は急に音が切れた。
賢者はおとなしくなった2人を微笑みながら見た。
「今のは何の魔法を使ったかわかったかい?」
「やみ?」「やみ。」
「そうだな、少しそれも含まれているが、風や火の魔法もある。全部を理解していなかったら、魔法を使いすぎるのは危ないことなんだよ。だけどね、それを知るっていうのも…」
「先生!」
賢者は呆れたようにそう言った先生を見た。
「わかりましたよ。じゃけどこれだけ言っておこう。この世界は思ったより広いし、いろんな例外がある。何より1番大切なのは自分だけの芯じゃ。それがあってこそ美しさ、創作物は生まれる。子供に教えるのは悪いことではないし、何より我々の人生がかかっているのじゃから、神に頼んで色んなことを教えて行ったほうが良いと思うぞ。」
「すみません。では、マーテだけだったら行けなさそうなので、カノンも連れて行ってくれないでしょうか?」
賢者は優しく先生を見つめた。
「まだわからないのかい?マーテは魔法を使った。カノンも手に天秤を持ちながら魔法を使った。なのにお互いに互角なのだから、そもそもカノンも連れて行かないと大変なことになるのだよ。」
「!申し訳ありません…」
先生がしゅんとしたところで、賢者は、追いかけっこをしている2人が気づかないほどの一瞬で近づき、氷の式を唱えた。
そしてそのまま、鋭く光を放つ、黒いダイヤで作られた小さな文字のブローチに触れると、3人はすでにそこにいなかった。