『俺はこの家で最下位。〜8つの事件簿〜』
はじめに
はじめまして、Mr.すいせいといいます。30歳、子どもが1人いる既婚男性です。日々、仕事と育児と家事に追われながら、なんとか暮らしています。
このエッセイでは、僕が家庭の中で最下位の立場として過ごしてきた日常を、実際の出来事をもとに綴りました。 笑ってもらえたら嬉しいし、「わかる」「しんどいよな」と共感してもらえたらもっと嬉しいです。
ただひとつだけ、最初に言っておきたいのは、
家の中の序列
妻(最上位:発言権・支配力・制裁力MAX)
娘(小学生:可愛いが「おじさん」呼ばわりしてくる)
チワワ(子犬:僕より大切にされてる)
俺(最下位:働いてはいるが、家庭内の同居人扱い)
どれだけ家事や育児を頑張っても、僕のポジションは常に最下位。 それでも、なぜかこの家族を嫌いにはなれない。
これはそんな僕の、家庭で起きた8つの事件の記録です。
事件簿1:できちゃった結婚と「返品不可」の一言
俺は22歳のときに結婚した。 いわゆるできちゃった婚ってやつや。
当時は社会人4年目。 でもまだまだガキで、結婚なんて想像すらしてなかった。
そんな中、彼女(今の妻)から妊娠の報告。 頭が真っ白になったけど、逃げるつもりはなかった。 腹をくくって、彼女の実家に謝罪と報告に行った。
「絶対怒られるやろな…」 「殴られるかもしれん…」
覚悟して玄関をくぐったけど、 義父は意外にも穏やかで優しかった。
でも――今でも忘れられん言葉がある。
「返品は、お断りやで。」
その瞬間、心にドーンと何かが刺さった。 この一言が、俺の結婚生活の
始まりやった。
正直、このときはまだ「鬼嫁」になるとは思ってなかった。 でも今となっては、あの返品不可の覚悟だけは正解やったと思ってる。
この先に待つ出来事を、俺はまだ何も知らない――
事件簿2:花束の夜、地獄のルール
プロポーズは、ちゃんと花束を用意した。 俺なりに考えて、タイミングもバッチリ決めた。 花屋で緊張しながら選んだブーケは、真っ赤なバラ入り。
ちゃんと「よろしくお願いします」と伝えて、プロポーズは――成功した。
けどな、その夜、地獄ルールが発表されたんや。
「これからはタバコやめてな?」 「年に2回は旅行行くって約束しよ?」
は? まだ結婚前やのに、急に法令集レベルのルールを叩き込まれる俺。
しかもその言い方よ。お願いじゃなくて「当然でしょ?」の空気。
すでにもう妻というより支配者の雰囲気出してた。
あの日、花束を渡した手の温もりは覚えてるけど、 それより記憶に残ってるのは、その手からすでに伝わっていた鬼の気配。
でもこのときはまだ、「愛があるならやっていける」って思ってた。
…なぜそう思えたのかは、いまだに謎やけど。
これが、本当の結婚生活のスタートやったのかもしれん。
事件簿3:100万円の結婚式と、ばあちゃんの名言
できちゃった結婚の流れから、当然ながら結婚式は後回しやと思ってた。
でも、苦労知らずの妻の一言。
「ウエディングドレスは絶対着たい。式はちゃんとやりたい。」
さらに追い打ちをかけるように、 「できへんのやったら離婚やで」という、なかなかの脅し文句まで飛び出した。
……出ましたー、わがままスイッチ(心の声)
まぁ気持ちはわかる。 俺も、できれば晴れ姿は見たいと思ってたし。
でもな…問題はお金や。 当時22歳の俺は、貯金なんて数十万レベル。 とても式を挙げられる余裕なんてなかった。
そこで、頼らせてもらったのが――俺のおばあちゃん。
恥ずかしながら、事情を話して正直に頭を下げた。 すると、数日後に
ばあちゃんから電話がかかってきた。
「ちょっと家、来なさい。」
そう言われて、ばあちゃんの家に向かった。 玄関先で待ってた
ばあちゃんは、 何も言わずに分厚い封筒を俺に渡してきた。
そして、ゆっくりこう言った。
「若いもんに使ってこそ意味あるねん。死んでからじゃあ、ばあちゃん使われへんやん」
かっこよすぎるやろ…。 涙をグッと堪えて、 その言葉と一緒に、感謝の気持ちが胸にズドンと突き刺さった。
そして迎えた結婚式当日。 そのおばあちゃんは――
でっかいダイヤの指輪をつけて登場。 俺の友達(ハーフで、地元のSNS界隈ではちょっとした有名人)と一緒に、 日本酒を軽く片手に持ちながら、上機嫌でノリノリのダンス。
まるで自分の披露宴かのように、 誰よりも楽しそうに笑ってた。
その光景を見たとき、 「一番楽しんでくれてありがとな、ばあちゃん」 って心の中で思った。 そしてポツンと涙がこぼれた。 ばあちゃんのおかげで、こうして式を挙げることができたんや。
でも―― 式の主役…… たぶんあれ、ばあちゃんやったわ(笑)
その日、俺の胸の中にひとつ刻まれたことがある。 感謝は、言葉よりも生きた行動で返すってこと。
これが、俺の「家庭」という舞台のはじまり。 ……まさかこの後、鬼嫁伝説がスタートするとは。
事件簿4:プライドと一緒に消えた指輪
結婚式が終わって、数ヶ月後のこと。 娘もまだいなくて、夫婦ふたりの生活にもようやく慣れてきた頃。
その日、仕事から帰ってきた妻が、ちょっと浮かない顔でこう言った。
「結婚指輪、なくした。」
「え?どこで?」
「たぶん…職場の更衣室。ルンバに吸われたかも。」
……え、ルンバ?
ちなみに妻は歯科衛生士。仕事中は衛生上の理由で、指輪をロッカーにしまっていた。 「更衣室でなくした」って話にも一応の筋は通ってる。
でも――その後のひと言で、俺の思考は完全に止まった。
「ルンバに吸われたから、また買って。」
……いや、なんでやねん。
まだ結婚式の出費も癒えてないし、貯金もギリギリで節約モード真っ最中やで? それを、ティッシュでも切らしたみたいに「また買って」とサラッと言う妻。
さらに聞いてみると、妻はゴミ箱すら探してなかった。
「だって、ゴミ箱の中とか、そんなとこ漁りたくないやん?」
……いや、そこは探そうや。 大事な結婚指輪やろ?
でも、プライドが邪魔したのか、 妻は一度も探すことなく、指輪は
この世から消えた。
そのとき、心に浮かんだのは一言。
「価値観って、こういうとこに出るんやな…」
俺にとって結婚指輪は「想いの証」。 でも妻にとっては、たぶんちょっと
高いアクセサリーくらいの感覚なんやろう。
結局、指輪は買い直さなかった。
そして自然と、俺も指輪を外した。
あれから、ふたりとも指輪をつけないまま、 なんとなく月日が流れていった。
事件簿5:夜勤とつわり地獄の中で
妻の妊娠が判明してから、つわりと共にその言葉も鋭くなっていった。
俺は当時、夜勤勤務。21時に事務所集合で、そこから現場へ向かう生活。
でも、子どもが産まれる前のその時期は、通勤中に妻からの電話やLINEが頻繁にあった。 「気持ち悪いって言ってるやろ!空気読めや!」 「なんで洗濯物畳んでないねん!」
こっちは夜勤で体力勝負の仕事やのに、出勤前にイライラの電話攻撃。 そのせいで、事務所に遅れることも何度もあった。
さらに仕事中も、LINEがひっきりなしに鳴る。 どうせまた嫌味メッセージやろなと思いながらも、通知が鳴るたびに心臓がギュッと締め付けられるような感覚。
でも、正直その頃の俺はまだ22歳。 妊娠に対する女性の不安や体調の変化なんて、ほとんど理解できてなかった。 ただの「機嫌が悪い」くらいにしか思ってなかったかもしれん。
今思い返せば、若くして結婚すると離婚率が高いって話も、ようやく最近になって理解できるようになった気がする。
さらに俺自身、会話が下手で聞き手に回りがち。 元々おしゃべりな方やないし、「俺も疲れてる」なんて口にしたら逆効果になるのはわかってたから無視することもあった。
しかも、2番目の男として結婚した俺らしい。「なんでも言いたいこと言える」相手やと思われてたんやろな。 そのせいで、余計に遠慮なしの物言いも増えていった。
そんな時、たまに会社の先輩に愚痴ることもあった。 「もう無理っすわ…」ってぼやいたら、先輩はいつもこう言うてくれた。
「そんな女、やめとけって。絶対他にもいい子おるから。お前、まだ若いやん?」
いや、わかる。わかるけど…なんでか今もこの状況。 結局、俺も先輩と同じ道を歩んでる気がする。
…と思ってたけど、俺が結婚してから5年後、その先輩は幸せな家庭を築いてる。 休日は妻と子どもたちとデートして、SNSで幸せ自慢するタイプ。
「あれ、先輩もリア充かいな!」
ある日、仕事終わりにふと届いた一言。
「元カレのときは、もっと優しかった」
は?誰と比べてんねん。 俺、人生でいちばん気を使ってるんやけど。
俺は何度も離婚を考えた。 「愛があっても、心が折れたら続かん」 そんな言葉が頭をよぎる夜もあった。
事件簿6:渡し方が違う事件
娘が産まれる直前のこと。 妻にとって初めての誕生日やった。
その日は仕事が18時退勤。 でも、予約してたケーキ屋さんの閉店時間は
19時。通勤に1時間かかるので 明らかに間に合わない。
だから、母親に事前に電話でお願いして、午前中にケーキを受け取ってもらい、昼頃に届けてもらった。 「ちょっと遠いけど、頼むわ」って、母も快く引き受けてくれた。
ただ、男三兄弟で育った俺は、女性が「渡し方」にこだわるなんて全然知らんかった。 「とりあえずケーキを渡せばOK」くらいにしか考えてなかった。
仕事を終えて家に帰ると、妻が無言でリビングに座っていた。
机の上を見ても、冷蔵庫を開けても、ケーキの姿はどこにもない。
「あれ?ケーキどこいった?」と妻に聞くと、
「渡し方が違うから捨てた。」
は?
慌てて外に出てみると、ハイツのゴミステーションに、箱ごと投げつけられたケーキが転がっていた。
その瞬間、心の中が一気に凍りついた。 「なんでやねん…」
俺は必死に仕事を調整して、「どうにかサプライズで祝ってあげたい」って気持ちで、わざわざ母に頼んでまで用意したケーキやのに。
そのケーキが、まるでゴミのように転がっているのを見たとき、人生で一番ショックやった。
一瞬で心がズタズタになって、「ああ、俺の気持ちはこれっぽっちも伝わってないんやな」って痛感した。
その日は結局、「せっかく用意したのに…」って、ひたすら落ち込みながら夜が過ぎていった。
後になって思えば、「自分で直接渡してほしかった」ってことやったんやろうけど、こっちは仕事の都合もあるのに…
でも、それを言うたところで、妻には通じない。 俺の中で、この出来事が「渡し方が違う事件」として深く刻まれた。
事件簿7:義母と妻の修羅場、その時俺は
娘が一歳になり、少しずつ育児にも慣れてきた頃。ついに、マイホームを購入することが決まった。
でも、家が完成するまでの半年間は――妻の実家に居候生活を送ることに。
最初はもちろん気を使いまくりの日々。 でも、義両親は僕のことを家族として受け入れてくれて、少しずつ居心地もよくなっていった。
なんなら、妻の鬼嫁モードも、実家やからか少しだけ和らいでた気がする。
……が、ある日のこと。
仕事から帰ってリビングのドアを開けた瞬間、空気がピリッ…と張り詰めていた。 義母と妻が、まさに大喧嘩の真っ最中。
最初に泣いていたのは、義母やった。 「もう、あの子の言い方がキツくて…」 涙ながらに僕に訴えてくる。
ただでさえ居候の身やのに、まさか間に入るハメになるとは思ってなかった。
妻も当然引かず、お互いに感情をぶつけ合って、気づけばふたりとも泣き出す修羅場に突入。
俺はひたすら話を聞いて、どちらにも偏らないように、慎重に言葉を選びながらなだめ役を続けた。
でも――プライドの高い、わがままな妻。 なかなか納得せず、機嫌が直るまでに丸一日以上かかった。
義母の愚痴を聞き、次は妻の怒りを受け止める。その繰り返し。 心の中ではずっとこう思ってた。
「俺、誰なんや……?」
この板挟み状態、ほんまにしんどかった。 でも――これが俺の「家族」というポジションなんやって、ある意味では受け入れるしかなかった。
今思い返しても、あの夜はまさに「家庭ドラマ史」に残る名シーン。 心に深く刻まれた、俺の居候日記の1ページや。
事件簿8:「それ離婚レベルやろ?」と笑われた夜
娘が産まれてから、子育ての大変さを当時23歳の俺なりに理解していた。 周りの友達はまだ遊びの全盛期。俺は子育てを優先し、飲みの誘いや遊びの付き合いを断る日々が続いていた。
そんな中、地元の親友R氏とU氏から「たまには顔出せよー!」と連絡が来ることもしばしば。
最初は「家族サービスと育児優先やから無理」と断っていたけど、半年に一度ぐらいならと妻に相談して、外出許可をもらった。
久々の飲み会では、独身時代の昔話で盛り上がり、お酒も進む。 場が落ち着いた頃、親友R氏が俺の顔をじっと見てきた。 「なんか顔めっちゃ老けたなー」爆笑。
えっ…自分では気づかなかった。 でも確かに、妻から言われる小言やストレスが自然と顔に出ていたのかもしれない。 「色々ありすぎて話聞いてくれ」と俺はR氏に伝えた。
つい愚痴ってしまう。 「結婚指輪ルンバに吸われてなくすし、誕生日のケーキもゴミステーションに捨てられたし、夜泣きしても絶対妻は起きひん。どんなに遅くても、夜泣き対応は俺やで…ほんま地獄やわ」
真剣に聞いてくれる友達だったけど、最後には大笑い。
「それ離婚レベルやろ!」って、冗談交じりに笑われた。
「なんかあったら俺らは、いつでも相談乗るから。一人で抱えこむなよ!はけぐちも必要やから」 そんな言葉に、少しだけ心が軽くなった気がした。
でも…これが現実やねん。 笑い話にできるようなことやない。 本当は、
「ほんまはしんどい」って思ってる。 誰かに「わかるよ」って言ってもらいたかっただけやねん。
おわりに 〜それでも、僕はこの家族を嫌いになれない〜
冒頭で「俺はこの家で最下位」と書きましたが、 実際は最下位どころか、「いてもいなくても変わらない存在」だと感じる日もあります。
仕事から帰っても、誰も玄関に出てこない。 夕食時、妻は友達との話題で盛り上がり、娘はYouTubeに夢中。 僕の話は、まるで誰にも届いていないかのように空気のように流れていきます。
それでも、僕はこの家族を手放せない。
なぜかというと、たとえ最下位であっても、 そこには確かに愛や温もり、
そして誰かを守る誇りがあるからです。
理不尽なことがあっても、価値観がまったく噛み合わなくても、 それでも「家族でいる」と決めることは、きっと弱さじゃない。 それは、自分なりの強さだと、今では思っています。
このエッセイは、愚痴や後悔を書きたかったわけじゃありません。 「しんどい時もあるけど、僕なりに向き合ってきた」 その事実を残しておきたかっただけです。
いつか娘が大きくなったとき、 これを読んでくれたらいいなと思います。 「うちのパパ、頑張ってたんやな」って、少しでも伝わったら本望です。
家庭の最下位にも、ちゃんと役割がある。
これからも、事件だらけの毎日の中で、 背中丸めながら、少しずつ笑いながら、 僕はこの家族と向き合い続けようと思います。
それが、僕なりの家族のかたちです。
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応援してもらえるなんて、ほんまにありがたいです。
チップいただいた分、これからも鬼嫁日記で笑ってもらえるよう書いていきます!
チワワのエサ代になります(冗談ちゃうで)。