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vol.019 日常の延長線上にある旅

今週はベトナムのダナンにいます。

年末年始はいつもと変わらず過ごしておりまして、特にテレビ番組を見ることもなく、家でダラダラしているのもどうかと思い、元日からマックに向かって、バイブコーディングでアプリの作成を進めていました。どうも僕は「ものを作ること」が一番好きなようで、それが昨年はKindle出版という形で現れ、今年はどうやらバイブコーディングでのアプリ作成という形になりそうです。コードを書くというより、対話しながら形にしていく感覚は、これまでの制作体験とは少し違い、頭の使い方そのものが変わってきているのを感じます。AIと共同作業するというのは、未来の働き方の予行演習のようなものかもしれません。

さて、香港を経由してベトナムのダナンにやってまいりました。特に予定はなかったものの、両親がダナンに旅行に行くということで、そこに便乗しまして、案内役を買って出たということになります。僕にとっては2024年、最も多くの時間を過ごした場所がこのダナンでした。久しぶりに訪れても、ふらっと入ったコーヒーショップで頼んだアイスコーヒーを一口啜るだけで、当時の湿度や風の匂い、人の話し声までが鮮明に蘇ります。記憶というのは、場所と強く結びついているものですね。

両親にとっては完全な「非日常」の旅なのでしょうが、僕にはどこか「日常」の延長線上のように映ります。というより、ここ2年近く、国境を跨ぐ生活が当たり前になってしまったので、どこにいても生活の質感があまり変わらなくなってきました。良く言えば適応力が高まった、悪く言えば感動が薄まったとも言えるかもしれません。

「旅とは何なのか」という問いは、常に僕の頭の中を巡っていますが、その答えは固定されたものではありません。自分の心身の状態、年齢、社会の状況によって、意味は常に書き換えられていきます。今回は香港のトランジットで空港泊をすることになり、改めて旅とは日常と非日常を繋ぐ中間領域のようなものだと感じました。空港泊というのは、考えてみれば非常に実践的な避難訓練。限られた物資、硬い床、情報の不足。災害時に起こり得る状況が、そこにはほぼすべて揃っています。

最近、日本でも地震や事故、年末年始の慌ただしさなど、「非常時」が頻発していますが、それらはもはや特別な出来事ではなく、静かに日常へと溶け込みつつあります。旅という行為もまた、その延長線上にあるのではないでしょうか。快適さを追求する旅から、不確実性に身を置く旅へ。その中で、自分が何を大切にしているのか、何がなくても生きていけるのかが、少しずつ見えてきます。

ダナンの朝は相変わらず穏やかで、波の音とバイクのエンジン音が混じり合っています。この「何でもない風景」をどう受け取るかで、今年一年の過ごし方も変わってくるのかもしれません。そんなことを考えながら、今年もまた、作り、移動し、考え続けていこうと思っています。

そんな僕に今年もどうぞお付き合い頂けますと幸いです!


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