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カメラまかせを卒業したい人のためのやさしい写真レッスン:第0回 わたしと写真と、もう一度ちゃんと向き合うために

こんにちは。フォトグラファーのイイダマサユキです。

この連載は、タイトルの通り「カメラまかせを卒業したい人」に向けた、やさしい写真レッスンです。 でも、その前に少しだけ、わたしがこの講座を始める理由と、ここに込めた想いについてお話しさせてください。

はじめに:写真じゃなくてもよかった

何かを始めたかったんです。
でも、それが「写真」じゃなくても良かった気がしています。

文章でも、絵でも、音楽でも。
自分を表現する手段はたくさんあるし、どれを選んでも、きっと同じように楽しくて、同じように難しい。

文章を書くのが好き。
絵は苦手。
楽器は本格的に習ったことはない。
何かを表現したい気持ちはある。
高校の時から演劇の手伝いもしたし、実は役者にも興味はあった。
でも、わたしが手に取ったのはカメラでした。

理由はとてもシンプルで、手元にあったから。
そして、うまくいったときに「気持ちいい」と思えたから。

その“気持ちいい”感覚が、気がつけば仕事になり、誰かのために撮るようになり、気づけば40年、職業写真人として続けてきました。

この講座を始めた理由も、そんな原点にあります。
「カメラがある」「写真を撮るのが好き」「でも、なんだか思ったように撮れない」──
そんなもどかしさを抱えている人に、ちょっとだけ視点を変えるヒントを届けたかったのです。

世の中にはたくさんの写真講座があります。
機材の選び方、設定の細かい話、レタッチやSNS映えのテクニック……それもすごく大事です。

でもこの講座は、それよりもっと手前の「なぜ撮りたいと思ったのか」に立ち返るところから始まります。

何かを始めたかったあなたが、「写真を選んだ」その理由には、きっと意味があります。
それは、趣味としての写真でもいいし、記録としてでも、自己表現としてでも構いません。

この講座では、そうした「写真じゃなくてもよかったけれど、あえて写真を選んだ」あなたと一緒に、“気持ちよさ”を出発点にして進んでいきます。

写真という表現手段を通じて、自分の中にある“なにか”を見つける旅。
そんな冒険のはじまりに、まずはわたしのこの一歩を添えてみました。


写真の技術と“学びほぐし”

写真は「感性」で撮るもの。
でも実は、その感性を活かすには「技術」から逃げられない──それが、わたしの実感です。

カメラは機械です。
どれだけ素敵な光景に心を動かされても、カメラの仕組みを理解していないと、その想いをうまく伝えることができません。

だからといって、技術に縛られすぎてしまうと、今度は“感じる”ことが疎かになってしまいます。
この講座では、そんな「感性と技術の間」にあるバランスを大切にしたいと考えています。


たとえば、「F 値って何ですか?」「ISO 感度ってどういうことですか?」
そんな疑問が出てくるのは当たり前です。
でもそれを“暗記”しようとすると、写真はどんどんつまらなくなります。

わたしはこう考えています。
技術は、「感性を自由に羽ばたかせるための踏み台」です。

たとえば、言葉だってそうですよね。
語彙が増えることで、自分の気持ちをより的確に表現できるようになる。
写真もそれと同じ。
露出や構図、ピントや色調といった知識は、自分の感情や視点を形にするための“語彙”みたいなものです。


ただ、この講座で目指すのは、「覚えること」ではなく「感じて理解すること」です。

すでに他の講座や独学で覚えてきたことがある方にとっては、“あれ?”と感じる瞬間もあるかもしれません。

でも、それでいいんです。

この講座は、わたし自身が大事にしている「学びほぐし」の考え方をベースにしています。

すでに知っていることを、もう一度やわらかく見つめ直して、
“どうしてこうなっているのか?” “わたしにはどう役立つのか?” を問い直していく。

「学び直す」のではなく、「ほどく」。
それが“学びほぐし”です。


知識は、経験と結びついたときにはじめて「自分のもの」になります。

そして経験は、たいてい“失敗”から始まります。

たとえば、撮ってみたら思っていたよりも暗かった。
ピントがずれていた。
なんだかバランスが悪い。

そんなとき、「何が足りなかったのか」「どうすればよかったのか」を考える時間が、技術を血肉にしてくれるのです。


この講座では、技術を“攻略する”のではなく、“親しむ”ことを目指しています。

カメラと仲良くなる。
そのために、まずは「仕組みを知る」。
そして、自分のペースで試してみる。
思い通りにならなくても、自分を責めない。
むしろ「今日は新しいことを試してみた!」と、自分を褒めてください。


写真がうまく撮れたときの気持ちよさ。
思い通りにいかなかったときのモヤモヤ。
どちらも、学びのきっかけです。

わたしは何度も撮ってきて思います。
うまくいった写真よりも、「なぜか引っかかった写真」の方が、自分を成長させてくれました。

だから、失敗は宝物なんです。
でもこれは技術的な観点なので、写真としては失敗してはいません。
なんだか訳がわからない問答のようですが、それは後でお話しします。

広告写真事務所に就職して、初めの1年くらいは毎日ひとつは失敗していました。
だから心の中はもう宝の山です。
それを糧に「同じ失敗はしない」って思っていました。
今ではそれが自分の表現の引き出しになっています。


ここまででお伝えしたかったのは、「技術は自由になるためにある」ということ。

そして、「学びほぐし」の視点で、今ある知識や経験を再構築していくことが、次の一歩につながるということです。

次のセクションでは、そんな“視点”の先にある、わたし自身の写真感について少しお話ししたいと思います。


写真感と“クレイジーキルト”

わたしはこれまで、40年にわたって写真を生業としてきました。
気がつけば、「撮ること」が日常になり、「誰かのために撮ること」が当たり前になっていました。

企業の広報や、商品の魅力を伝える写真。
伝えたいことがあって、見せたい人がいて、それをどう伝えるか ── そこに集中してきた年月です。

そんな日々のなかで、自然と「見る人を想定する」癖がついていました。
「誰に届けるか」「どう見せたら伝わるか」を意識しないと、写真が活きてこないからです。

でも、あるとき気がついたんです。

写真は、本来もっと自由なものじゃなかったかと。

きっかけは、生徒さんの撮った一枚の写真でした。
構図はちょっと崩れていて、露出も少しオーバー気味。
でも、なんとも言えないあたたかさがそこにあって、思わず見入ってしまったんです。

「この写真、いいな」と素直に思いました。

“良い写真”とか“うまい写真”って、誰が決めるんでしょう。
評価を外からもらうことが目的になると、とたんに写真が重たくなります。

写真は、評価のためじゃなくて、自分の“気持ちよさ”のためにあってもいい。
自分の“好き”や“楽しい”を表現してもいい。
うまく撮れなかったとしても、そこに何かを感じたなら、それはもう“宝物”です。

この講座では、そんな写真への視点を“クレイジーキルト”のように捉えています。

クレイジーキルトとは、いろんな布を自由につなぎ合わせて一つの模様を作る技法です。
整った形でなくても、寄せ集めでも、そこには唯一無二の味わいがあります。

写真もきっと同じです。
正解や型にとらわれず、自分のこれまでの感覚や記憶を“つぎはぎ”していくように、自由に表現していい。

たとえば、構図が少し傾いていても、露出が飛んでいても、そこに“自分らしさ”があればそれでいい。

安心してください。
そこに失敗はありません。

この講座では、「写真はこうあるべき」から一度離れてみましょう。
そして、自分の写真感を“縫い直す”ような気持ちで、新しい視点を取り入れていく。

その先にあるのは、“他人の目”ではなく“自分の実感”で写真を楽しめる日常です。


構成と講座の全体像

この講座は全9回構成です。
とはいえ、最初から“ちゃんと学ぼう”と気負う必要はありません。

大切なのは、“写真がちょっと気になってきた”、“思い通りに撮れるようになったら楽しいかも”という気持ちに正直になることです。
きっかけは、ほんのささいなものでいいのです。

「構図ってほんとうに大事?どうやって決めるの?」
「なんで暗く写っちゃうの?」
「レンズって何を選べばいいの?」
そんな疑問に、ひとつずつ向き合っていけたら、それだけで立派な“写真との対話”です。

講座では、以下のような流れでテーマを扱っていきます:


▶︎ 第1回〜第3回

明るさ・モード・焦点距離など、写真の根っこを成す「基本のキ」を学びます。

明るさは“光を扱う”という写真の本質。
モードの違いは「カメラ任せ」と「自分でコントロールする」の切り替え。
焦点距離は、写真における“距離感”や“視点”を考える入り口です。


▶︎ 第4回〜第6回

ホワイトバランス・ピント・構図と、いよいよ“写真らしさ”に触れていきます。

どうしても感覚的になりやすい部分ですが、それぞれに「仕組み」と「目的」があります。
曖昧なままだった用語に、手触りが加わっていく実感を得られるはずです。


▶︎ 第7回〜第8回

**写真を通じた“語り”と“視点の再発見”**がテーマです。

ここまで来たら、もはや“撮れる”だけでは終わらず、
“なぜ撮るのか”“誰に伝えたいのか”という、写真に込める意味の部分へ踏み込んでいきます。

わたしが大切にしたいのは、技術と気持ちの両輪です。
「写っているだけでいい写真」でも、思い通りに撮れてるかな?とか
もっとこうなったら面白いかな?とか感じた時はどうしましょう。
きちんと撮れるようになることで、写真がもっと気持ちよくなる、かも。
そして、気持ちをこめて撮るからこそ、技術が活きる、かも。

そんな“行き来”を繰り返しながら、自分らしい写真を育てていってほしいと願っています。


この講座は「こう撮りなさい」という答えを示すものではありません。
むしろ、「こう撮ってもいいんだ」と感じてもらえることがゴールです。

次回からの各回で、それぞれのテーマに沿った実践的なワークや、視点のヒントをご紹介していきます。

“知っていること”を“使えること”に変えていく──そのプロセスを、あなたのペースで楽しんでください。


この講座に込めた願い

わたしがこの講座で伝えたいのは、
“写真が上手になること” そのものではありません。

もちろん、「思い通りに撮れた」という実感は嬉しいし、
写真が少しずつ変わっていく手応えは、自信にもつながります。
でもその先にある、「撮ることを通じて、自分自身と出会っていく」という感覚こそが、いちばん大切なことだとわたしは思っています。


この講座の根底には、「学びほぐし」と「エフェクチュエーション」という考え方があります。

これまでの知識や経験に固く縛られるのではありません。
いったん “ほどいて” 、新しい結び直しをしてみる。
そんな “学び直す” というより “ほぐす” アプローチです。

たとえば、「上手な構図はこうあるべき」という決まりに従うのではなく、
「自分は何に惹かれたのか」「なぜそれを撮ろうと思ったのか」を大切にする。
その中から、自分にしかない視点が自然と立ち上がってくるはずです。


そしてもうひとつ大切なのが、「あるものから始める」という視点。
これは「エフェクチュエーション(Effectuation)」という起業の考え方に基づいています。

何かを始めるときに、「完璧な機材や知識が揃ってから」ではなく、
「今持っているものから始めてみよう」という柔らかい発想。

高価なカメラも、完璧なセンスもいらない。
スマホでも、お下がりの一眼でもいい。
“撮りたい”という気持ちがあれば、それが最高のスタートです。


そしてもうひとつ。

この講座を通じて、“自分の写真を好きになってほしい”と強く願っています。

人と比べて落ち込んだり、SNSの評価に振り回されたりすることもあるかもしれません。
でも、写真は本来、自分の暮らしや気持ちを見つめ直すためのもの。
その1枚が、あなた自身の記録であり、物語であり、宝物なのです。

“誰かに評価されるために撮る”のではなく、
“自分で自分の写真を認める”というスタンスを育てていく。
そのためのやさしいステップを、この講座で用意したいと思いました。


人生のどこかのタイミングで、ふと「もう一度カメラを持ってみようかな」と思ったとき。
その小さな衝動を、「やってみよう」という一歩につなげてもらえたら、
それ以上にうれしいことはありません。

さあ、ゆっくりと、でも確かに。

“カメラまかせ” から、“わたしの写真” へ。
いっしょに、最初の一歩を踏み出してみましょう


このnoteでお届けする写真講座は、以前、オンライン学習サービス「Schoo(スクー)」で開講した講座シリーズをベースにしています。

▼ 2018年に開講した講座
(※現在はプレミアム会員向けアーカイブのみ視聴可能)

本noteでは、当時の講座をふり返りながら、より親しみやすく、今の視点を取り入れて再構成しました。

カメラともう一度向き合ってみたい人、写真をもっと好きになりたい人へ。

これからはじまる連載が、あなたの「もう一歩先」のきっかけになれば嬉しいです。


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すき∞らぼ/イイダマサユキ / 還暦からの創業冒険サポーター あなたの「いいな」が、次の発信の力になります。 「すき∞らぼ」は、好きなことから始める学びと出会いの場。 チップは活動継続や記事制作に活用させていただきます。 応援、本当にうれしいです。

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