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算数のはずが、国語を教えている気分だった理由がわかった

隠しているわけじゃないし、何度も紹介しているけど、このエントリーが初めましての方もいるはずなので、自己紹介。
私の実家は、中学受験対策を主とする学習塾だった。

10歳以上離れた兄が2人、姉が1人いて、一番上の兄だけが生まれてたくらいのタイミングで開業した・・・みたいなことを、両親から聞いた記憶あり。まぁ多少のズレがあったにせよ、まだまだ「中学受験」がマイナーだった頃から、大阪の片隅で「かしこ」を集めて、灘中とか星光とか清風とか受けさせていたらしい。

で、私も大学生の頃は、実家でバイト講師してた。
職歴を知っている人からは、「あぁ、国語ね」と決めつけて言われるけど、実は算数しか教えたことがない。
国語は得意科目だったので、「ここでミスる子が多いだろう」とか「なぜ、間違うのか?」といった勘所が、さっぱり掴めなかったからだ。
接続なんて、選択肢を見なくても読んだ瞬間に浮かぶし、長文の要約も、「はいはい、50文字だね、このくらいかな」で、さほど誤差なく収まった。なぜ、そうなったのかは、私にもよくわからないけれど。

その点、算数は、必死のパッチで勉強して、ようやく人並みって感じの科目だったから、「わかりません」という子の気持ちが「わかります」と言える科目だった。

理数系バリバリの姉に、トップクラスの担当を任せて、もっぱら「できない子」たちのクラスをみてきた。進学塾に来るくらいだから、小学校ではできるほうに分類される子が多い。計算なら私より速いという生徒が何人もいたけれど、文章題になると筆が止まってしまう。
線分図、面積図などを描いて解くタイプの問題が、とくにダメダメ。
はじめのうちは、
「なんでよーー 問題の通りに、描くだけやで」
とたしなめて、模範解答をしめし、覚えてもらおうとしていた。サンプルを見れば、解き方を覚えてくれると思っていたのだ。

甘いよな。
とんでもなく、甘かったわ。

彼らが自力で図を描いて解けるようにしてあげたいと、図の書き方をこんこんと説明していた。けど、ほとんど効果は上がらず。
それが(キッカケは忘れたんだが)設問を読み直したり、言い換えたりするほうに力を入れたら、急に解ける子が出てきたのだ。
つまり、
図の描き方がわからない のではなく、
その描き方で、何を図にしたらいいのかが、読み解けていなかった ってこと。

この違い、わかります???

クラス替えをするときは、算数の成績を優先しつつも、他の教科(その子が受ける学校の受験科目)の成績も加味して決めていた。だから、担当していない国語の成績も見ることになる。
すると、計算はできるのに文章題ができない子や、図形が苦手な子の多くは、国語の成績がいまいちだった。
逆に、国語がそこそこできる子が、受験算数が初めてで地を這うような成績からスタートして、あっという間に上級レベルに達することもままあった。

算数で何を解くのか?を整理できる国語力がないと、ダメなんだ。

と気が付いたものの、にわかには信じられなかった。
だって、国語の長文が読めないのはわかるケド、算数の設問なんて、長くても5行とか、そんなもんでしょ。
それが読めないんか?

数十年が過ぎ、国語(作文)専門塾で教えることになった私は、想像以上に「ことば」を苦手とするこどもが多い現実を知った。
さらに、「ことば」が苦手だと、それを使って行えるはずの思考までストップしてしまい、算数(数学)力を発揮するところまで行きつかないってことが、いよいよ明らかになってきた。

そしていま。
言語学者としてバズっている今井むつみ先生が、2022年に書かれた本を発見。ずばり、『算数文章題が解けない子どもたち』。
やっぱりね、そうだよね、今井先生!

きちんと分析するために考案した、「ことばのたつじん」「かんがえるたつじん」という二種類のテストについて紹介されている。
調査結果や例題を見たい人は、ぜひご一読を。

私には、基本理念の説明の中で触れていた
「生きた知識」とは何か
という話が響いた。

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