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「精神保健福祉士」は職業か、それとも自分を表現する一つか。国家試験の先にある、メンタルヘルス土壌を耕す学びの輪。

こんにちは、ソーシャルワーカー(精神保健福祉士)のすまです。

今年も、精神保健福祉士の国家試験(2月1日、2日)が近づいてきました。

受験生の皆さん、きっと勉強も追い込み期ですよね。
社会福祉士や介護福祉士といった福祉の3大国家資格も同時期開催です。

このnoteの空間でも受験勉強をしている方々の投稿も見かけますし、積み重ねてきた時間と労力が結果として実ることを祈っています!

精神保健福祉士の試験に限ると例年、7000人ほどの方が受験をされ6割ほど(4000人程度)の方が資格を取得しています。

精神保健福祉士が国家資格化され、今回が27回目。
26年間の間に精神保健福祉士の活躍するフィールドは福祉業界に限らず広がっています。

精神保健福祉士は名称独占という資格です。

実務にあたる部分に関して精神保健福祉士を取得していないと行えないことはありません(採用条件として、提示する機関はあります)。

別に生業がある中で、その中で課題へ向き合っていくためにメンタルヘルスや精神保健福祉の分野に関しての視点や知見を持って貢献したいと考える社会人学生も年々増えているようです。
そのため、必ずしも職業として精神保健福祉士を中心として活用しないケースも増えているのだと思います。

実際に精神保健福祉士としてどのくらいの方が次年度、従事されるのかは分かりません。

ですが合格の可否に限らず、メンタルヘルスや精神保健福祉に関する日本における歴史的な背景や、視点、制度などについて学んでいる人がこの日本の中で広がっていくことは喜ばしいことではないかと思っています。

「精神保健福祉士」「ソーシャルワーカー」は一つの職業である見方があります。

ただ仕事という枠に留めるには狭苦しさを感じますね。

“メンタルヘルスや精神保健福祉に関する課題に関して関心を持って自分を含めて誰かを支えたいと考えた人”

そんな個人の表現としての一つの在り方を表すものでもあると私は考えています。

職業としていなくても、「精神保健福祉士」「ソーシャルワーカー」として身近な誰かや自分自身に対してその理念や倫理観を持って隣にいる誰かに活用することも素敵なことです。

その輪が人が広がっていけば、それも広く長期的に、日本にあるメンタルヘルスや精神保健福祉に関しての未来の土壌を耕しているアクションとなっていくのではないかと思うのです。

どんな形であれ、学んだことを、ご自身のコミュニティや暮らしの中で実践してくれる、社会にある課題に関心を持っている仲間として活躍していただけることを願っています。

学んで資格を取って(取らなくても)、そのままになるのは勿体ない。

私は、最近、時間がある時に定期的に日本の精神保健福祉の歴史について学習する時間を設けるようになってきました。
歴史はどちらかというと小さい時から苦手な分野です苦笑。
私の思考はどちらかというと理系なんです。

だから受験勉強の時は正直暗記的な側面が大きかったと思います。

それでも実際の現場で身を置くようになって、学生だった頃よりも同じ情報に触れた際のインプットのされ方が変化してきていることを実感しています。
日常の業務では、今、目に見えるものを扱っていて、背景にある「変遷があっての今」という視点が抜けがちです。

現場で働く上で、「3人の石切り職人」のようになっていってしまうこと。
(「3人の石切り職員」ってなんのこと?って思われる人はインターネットで調べてみてくださいね。)

それは私たち「精神保健福祉士」という人材においては望ましい職業との向き合い方としては避けたいところです。

私は当時、どこまで、この変遷を教科書の文字以上に掴んで勉強していたのか…記憶がもうありませんが苦笑
ぜひ、受験勉強ではありますが、その先に繋がる学びとしてご自身に定着することにも強い意図を持って残りの期間も過ごしていただけたらなと思っています。

そして、養成課程を修了し、実習に取り組み、そして国家試験を受験されるすべての皆さんのエネルギーを尊敬しています。
受験をされるお一人お一人にとって実りのあるプロセスになりますように。

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すま/ソーシャルワーカー(精神保健福祉士)/ミニマムな暮らし お読みいただき、ありがとうございました。 この投稿を開いていただけただけで、感謝。 すま自身の日々の活動に力を与えていただいています。 図書館に立ち読る感覚でまた、お立ち寄りください。