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茶箪笥に湯呑

金子みすゞの詩集を読んでいる。中学の教科書で触れて以来だ。

15分もすると、彼女のバックグラウンドが気になった。著者の情報を得ようとキーを叩く。すぐに生い立ちが表示された。しかし、冒頭のある文字を素通りできない。生まれについて書かれた段を読み進めようにも、頭に入ってこない。諦めて画面から、視線を外す。

私の気持ちを上ずらせたのは、金子みすゞの本名「金子 テル」

テルは、私の祖母の名でもあった。
大正4年生まれの祖母は、30年前に亡くなっている。

当時、中学生だった私は、祖母の死を受け止めることがむずかしく、真っ直ぐに受け止めたら心が壊れてしまそうで、その事実に蓋をして、胸の奥の方に追いやって生きてきた。

そんなふうにしてきたのに、思わず、祖母の生まれ年を検索する自分がいた。

『大正4年生まれ 110歳』

あぁ、生きていたら110歳なんだ。
その事実に唐突に泣く。
封印していたものが、勢いよく飛び出し、急に苦しくなった。

■■■

父方の祖母とは同居していた。

祖母は、近所の寺への散歩を日課としていた。行く前には、「両大使に行ってくる」と断って出た。食べることが大好きで、特に力うどんにユリ根、饅頭、羊羹が好物だった。祖母の部屋にあった、赤いブラウン管テレビには、いつも料理番組が流れていたように思う。祖母は、実際によく食べ、食べるのが速かった。そのため、食事中に食べ物を詰まらせることも多かった。早食いの理由は、祖父が客商売をしていたからのようだ。お客様を待たせることのないよう、急いで食べる祖父に合わせていたのだろうか。

祖母は、よく食べる割に痩せていた。若いころは長距離を走るのが速く、地域の大会で優勝したこともあるらしい。

年を取り、足が悪くなってからは、家の中をおしりをひきずって移動するようになった。移動が苦になった祖母は、おやつの時間になると、自分の部屋から声を張って私を呼んだ。

「○○ちゃん、おやつ取ってよー」

私は呼ばれるのがいやだった。毎日おやつを見繕って祖母の部屋まで持って行くことが面倒だった。祖母にやさしくできない自分もいやだった。

晩年、病気になり、入退院を繰り返したが、祖母が亡くなったのは結局、病院のベッドの上で、暑くも、寒くもない授業参観の土曜日だった。

その日、私の親は見に来ていない。「大丈夫だから、あなたたちは学校に行きなさい」。そう言われて登校したものの何度も時計を見たり、窓の外を見たりしていて落ち着かなかった。

授業中、教室の後部のドアが静かに開き、小さく私の名が呼ばれた。廊下に出ると、祖母が危篤だから弟とすぐに病院に向かいなさいと言われた。

私は校門近くで弟と合流し、小走りで、時折早歩きで病院に向かう。途中、一言だけ弟に声を掛ける。「算数、抜けられてラッキーだったね」。居心地の悪さをどうにかしたくて、思わず出た言葉。すると、こんな時に何を言ってるんだと、怒られた。私は弁解せず、以降口をつぐんでいたので、彼の記憶には酷い姉として残っているだろう。

病院に着くと、親戚がみな集まっていた。私の父だけが仕事を理由に来ていなかった(ずっと後になって聞くと、死に目に会いたくなかったと白状した。父を亡くしたのも同じ病院だったらしい)。みんな口々に祖母に話しかけていたけれど、私は何も言えずにただそこに居るだけだった。伝えることがあったとすれば、ごめんね、だったからか。

今、わかった。祖母の死に蓋をしていた理由。祖母にやさしくできなかった自分が恥ずかしくて許せなかったからだ。

祖母はかわいくない孫のこと、どう思っていたのだろう。今思えば、会話という会話をしたことがなかったかもしれない。耳が遠かった祖母には、大きな声で、短く、要件を伝えるだけだった。

ある日、祖母が泣いた日を思い出す。声をあげて、両手で顔を覆いながら、小さな女の子のように泣いていた。自分が情けないって言いながら、長いこと泣いていた。私が、祖母が泣いているのを見たのはその一度きりだ。

耳が聞こえなくても、足で歩けなくても、ごはんを美味しそうに食べ、周りに調子を合わせて笑う祖母が目に浮かぶ。背の高い3人の息子たちは小さく痩せた祖母を大事にしていた。時には小言をいうこともあったが、愛があった。

最期の日、最期のとき、私は人目もはばからず大泣きした。

■■■

今、私は夫と子どもと暮らす。盆暮れ正月には、子どもを連れて実家を訪れる。その度、孫たちは酒飲みのじじの体を心配する。私は、祖母との思い出をぼんやり探す。堪らず、きれいなものを探す。

祖母の誕生日に、スーパーの生活売場でうろつく小学生の私を見つけた。ようやく手にしたのは、淡いグレー地に桃色の花模様が描かれた湯呑。きれいに包装してもらった、小さな箱を渡した時の祖母の顔と声を覚えている。

実家の小さな茶箪笥に、今もその湯呑はある。





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