場の考察|英会話レッスンと英語コミュニティ
なぜ英会話マンツーマンレッスンはこんなに疲れるのか
イギリス人講師とのマンツーマンレッスンを終えるたび、私の脳は過度な疲労を覚えます。レッスン中、私は言葉にたびたび詰まり、脳内では日本語と英語の通訳担当者が鉄球のような私の言葉をパスしながら、右往左往しています。
ふと最近思ったのは、英会話コミュニティに参加している時や、友人と英語で話している時は、同じ英語なのにそこまで疲れないということです。言葉に詰まることももちろんありますが、気楽な会話の場面では脳内通訳者をスルーして、直感的に会話を楽しめています。
今の講師はとても気に入っていて、数十回とレッスンで会っているので、疲れは講師のキャラクターや人間関係の問題ではありません。気楽な英会話は楽しめているとすると、私自身の純粋な英語力だけの問題でもないような気がします。
そうとすると、一体何が私の脳をここまで追い詰めているのでしょうか?
レッスンとコミュニティを比べてみると、単純な「英語力」というよりも、「場と役割」の心理が大きく関係しているではないかと考え始めました。
真面目に英会話を学び始めて5ヶ月。私は「レッスン」という独特な空間の中で、無意識に「正解を探す優秀な生徒」という役を演じ、自滅していたように感じます。
疲労の正体は「役割の呪縛による処理負荷の増大」
なぜ、レッスンとになった瞬間、私の脳内はフルスロットルになるのか。気楽なコミュニティ活動との違いを、コミュニケーションの構造(と、私の真面目な心理)から分解してみると、いくつかの違いが見えてきました。
1. 「伝わるか」ではなく「正しいか」という心理的検閲 :コミュニティでの目標は「目の前の相手とコミュニケーションを成立させること」です。一方、レッスンには常に「フィードバック(評価)」の存在があります。全くの気楽モードでレッスンに望める人もいると思いますが、私には学校教育の潜在意識がまだ脳内にあるようで、無意識のうちに「伝わればOK」から「講師の期待に沿う答えを」という自己検閲モードに切り替わり、脳内で発言の見直しを繰り返してしまっています。このことが、脳内翻訳者(日本語で考えてから英語に翻訳する)を働かせており、脳の疲労感につながっています。
2. 予期せぬトピックの「受動的インプット」 :自分が話したいテーマを持ち込める日常会話と違い、レッスンでは講師から思いがけない質問が飛んできます。「今の仕事を選んだ理由は?」といった広く内省を促すような問いを急に投げかけられると、日本語でさえ思考の整理が必要です。それを「受動的な立場」で受け止め、即座に英語化しようとするため、ワーキングメモリが作動しなくなり、私はフリーズ。「そんなこと習ってないよ~」と他責になりたくもなります。
3. 表現の二重拘束(ダブルバインド) :レッスンの場では日常茶飯事だと思いますが、「新しく学んだ表現を使って、例文を作ってください」というタスクが与えられたときの状況です。
私自身の例ですが、先日の学習課題は、phrasal verbs(句動詞)でした。
go over / carry out / work through…など、多くの語彙を習った後、講師から仕事に関する抽象的な質問をされました。その瞬間、私の脳内では「習ったフレーズを使って答えなさい」という無意識の指令が発令されたのです(後で分かったのですが、講師は特にそれを期待してはいませんでした)。
自分の頭の中に伝えたい鮮明なイメージはあるのに、両手には phrasal verbsという道具を握らされている感覚。サイズの合わないドライバーで必死にネジを締めようとしている状態です。「言いたい内容」と「使わなければいけない表現」の間で挟み撃ちに合い、またもや私は完全にフリーズ。
つまり私の脳疲労は、英語力の問題ではなく、「受動的な生徒」という役割を演じるあまり、脳内で高度すぎる処理を自分に強制していたことが原因だったのです。
主導権を取り戻す
不条理な脳の過負荷の正体が、レッスンという「場」が強制する、「受動的な生徒」という役割にあると気付いてからは、レッスンでの主導権を、講師からじわじわと奪い返してやろう……もとい、共同で場を作る「対等な対話者」になろうという気概で臨むようになりました。
具体的に試したのは、次の3つのアプローチです。
1. 最初のスモールトークで「自分らしい一言」を仕込んでおく:"How are you?"という定型の挨拶に対し、今までは "I’m good. How about you?" とこちらも定型文で応戦していました。これをやめ、「今日は〇〇でめっちゃ疲れた!」「朝淹れたコーヒーがすごく美味しかった」など、自分のリアリティに即した、少しだけフックのある話題を話すように努めています。これで冒頭の会話の主導権を少し自分の方に引き込めます。
2. 自分の学習ゴールを講師に伝え、全員の目標にする:講師に「今の目標は、文法の正しさよりも、自分の意見を自然に組み立てて、相手にある程度まとまった尺で伝えられるようになりたい」と明確に伝えるようにしています。こちらの目的を共有することで、講師は「間違った英語を直す先生」から、「私の考えを一緒に英語にしてくれるパートナー」へと役割を変えてくれます。相手の期待に応えるのではなく、自分のゴールに巻き込んでしまうのです。
3. アジェンダをこちらから持参する: 「今日はこのテーマについて話したい」「オンライン会議冒頭のスモールトークと議題提起のロールプレイをしたい」と、レッスンの進行自体を自給自足するようにしました。自分が関心のあるトピックなら、頭の中にすでに日本語での背景やストーリーがあるため、予期せぬ質問にあたふたすることもありません。
受動的な生徒として、正解を出そうと頑張っていた時は、自分らしい表現を制限した挙句、思考の疲れを貯めてしまっていました。しかも、「何かを学んでいるのだから、これくらいの負荷が適切」と思い込んでいました。でも、自分から場を動かす側になろうとするようになると、レッスンでの学びも増えましたし、成長を実感しながら楽しく学習を続けられるようになりました。
おわりに:大人になっても生徒でありたい?
学校教育の刷り込みは恐ろしいもので、大人の学び直しにおいても、無意識に「先生と生徒」という教室の劇を演じてしまいがちです。
けれど、言語学習は「正解を提出してマルをもらうこと」ではなく、目の前の相手と不器用ながらも思考を交わす「コミュニケーション」そのもののはずです。机上の学習で、語彙や文法という基礎体力を養うことはもちろん大切ですが、いざ対話の場に入ったら、正解を探す優等生としての姿勢は、無い方が良いということに気付きました。
もし今、真面目に英会話レッスンに通いながら、レッスン後の途轍もない疲労感に悩んでいる人は、「英語力が足りないのではなく、生徒を演じようとして役割疲れしているだけ」なのかもしれません。
明日からのレッスンでは、積極的に話題を脱線させ、自分の話を好き勝手にして、先生にも話題を振り、最後に先生を飲みに誘ってください。
生徒の役割を下りたとき、レッスン後の疲れはもっと爽やかで、充実感のあるものになっているかもしれません。
いいなと思ったら応援しよう!
いただいたチップは、次の洋書の購入に使わせていただきます。