レゾンデートル第2話


 
 次の週の水曜日。ホームルームの時間。
「今日はみんなで考えたいことがあるんだ」
 日置先生がもったいぶった顔つきで切り出した。
 嫌な予感がしてとっさに隣を見やると、高山さんもこちらを見ていた。不安そうな顔をしている。
「それは、いじめについてだ」
 やっぱりだ。先生がこんなに早く動くとは思わなかった。
「なんでいきなりいじめなんですか?」
 長谷田がすかさず質問する。
「さあ、なんでだろうな。自分の心に聞いてみるといいかもな」
 先生はにやりと笑みを浮かべた。
「みんなもだぞ」
「いじめは良くないと思う奴、手を挙げろ」
 みんながみんな手を挙げた。まっさきに長谷田たちが手を挙げたので目を疑った。
「子供でもわかるよな、そんなこと。じゃあ、どうしていじめちゃいけないんだと思う?」
「相手が傷つくからです」
 学級委員長である優等生ポジションの女子がすぐに答える。普段は知らん顔をしているくせに、こういう時は真っ先に発言する。
「そうだな、ストレスがたまっているのはわかる。だけど、それをいじめに向けちゃいけないな。別のことで解消するんだ。あとは、よく言われることだけど、見て見ぬふりするやつも同罪だからなー。いじめられてる人がいたら勇気を出してとめてあげるんだ」
「注意したその人がいじめられたらどうするんですか?」
 今度は男子だ。時折、いじめられてるのを見て笑うしか能のないやつ。
「いいか、いじめるやつは一人ではなんもできないやつなんだ。周りが同調していじめたり笑ったりするから、どんどんエスカレートしていく。いじめる側が一人だったら、おもしろくもなんともなくてきっといじめなんかすぐ飽きてしまうさ」
 先生はパン! と一人大きく手をたたいた。
「はい、じゃ、この話はここまで。中間テストも近づいてるし、あとは自習な。先生、おまえらには期待してるからな」
 先生はニッと笑うと教室から出ていった。
 少しして教室がざわめき始めた。
「ねえ、誰か私たちのことチクった?」
 長谷田がわめいている。
「誰か私たちのことチクったあ?」
 高山さんによく暴言をはいている男子が真似して茶化す。
「そこうるさい! あんたたちだって楽しそうに悪口言ってたじゃん。もしかしてあんたたちが言ったの?」
「言うわけねーだろ、めんどくせー」
「ふーん、まあいいけど」
 長谷田がクラス中を見回す。 
「まさか、あんたたちじゃないだろうね」
 長谷田のきつい目つきが私と高山さんをとらえている。
「な、わけないじゃん。ねえ?」
 私は高山さんを見やる。
 不自然なくらいに何度も高山さんはうなずいた。目が落ち着きなくキョロキョロ動いている。
 私は言ってやった。
「もとから先生気づいてたんじゃないの?」
「最悪! 先生に嫌われたらもう私、生きていけない」
 長谷田は、先ほどとはうって変わって泣きそうな顔になっている。
 じゃあいじめなんてするなよ。さっさと死ねよ、と心の中で毒づく。
「大丈夫、大丈夫、気づかれてないって。先生、意外に鈍感なとこあるし」
 取り巻きの二人がすかさずフォローしている。
 本当にくだらない。
 その日を境に表だったいじめはなくなった。こんなあっさりと、と思うほどに。陰では多少の嫌がらせはあったけど。
 先生のせいで、もっといじめがひどくなるんじゃないかと正直不安に思っていたので、なんだか拍子抜けだった。
 私と高山さんは相変わらずいつもの場所でお昼を食べていた。やっぱりここが落ち着く。
 一人と二人では同じ落ち着きでもなんだか違う。
「なんかほんとくだらないよね、いじめとかって」
「うん、そうだね」
 おにぎりをばくばく食べながら高山さんが同意する。
「あやちゃんは、日置先生、苦手って言ってたけど、私は日置先生、いい先生だと思う」
「うーん、そうかな。まあ今回のことでは少し見直したけど、やっぱりうさんくさいよ。最初、ホームルームでいじめのこと言い出した時はひやひやしたし」
「そんなことないよ、いい先生だよ」
 顔を赤らめてめずらしく言い返してくる高山さんを見て察しがついた。
「高山さん、もしかして先生のこと好きなの?」
 間を置いて「うん」と返事が返ってきた。内緒だよ、と念押しされる。
 内心最悪だ、と思ったけど反対できなかった。
「じゃあ、長谷田と男の趣味一緒じゃん」
 私がふざけて言うと「やあだあ、やめてよ」と背中をどつかれた。

 放課後も図書室に足繁く通っていた。タダだし、放課後の図書室はがら空きで読書に没頭できる。
 といっても、三年に上がってからは放課後の読書は封印して、宿題や高校受験のための勉強をすることが多くなった。今の家からでも電車で通うことができる、都内の公立高校の推薦に狙いを定めていた。
 今日も私はいつものように図書室に来ていた。宿題が一通り終わり、大きく伸びをする。
 高山さんは、習っている単元が微妙に前の学校と違うらしく、穴埋めするのが大変だと言っていた。自分自身の復習にもなりそうだったので、放課後、どこかで教えることを提案したけれど、高山さんは首を振った。
 なんでも家の手伝いがあるのだという。いくら叔母夫婦といっても家においてもらっている以上、私も手伝わなきゃと高山さんは言っていた。私の想像以上の苦労があるのかもしれない。
 高山さんがカバーしきれていない部分のノートをコピーしてまとめたものを高山さんに手渡したら、すごく喜んでいた。なにかわからないことがあったら聞いて、と伝えたけれど、まだなにも聞かれたことはなかった。
 夕方まで勉強をしたあとは、スーパーに寄って、おばあちゃんから頼まれた食材を買って帰路につくというのがお決まりのコースだった。
 おばあちゃんと一緒に夕食を作ることはあるけれど、洗濯だったり他の家事だったりはおばあちゃんに頼りきりだ。おばあちゃんは、料理するの好きだから気にしないで、なんて言っていたけれど、本当だろうか。
 いつの間にかうつらうつらしていたらしい。
 肩をとんとんとたたかれて、目を覚ました。振り向くと目の前に日置先生の顔があって思わず叫びそうになった
 さっきまで図書委員がいたはずなのに、今は私たちだけだ。
「あれ、先生、どうしたんですか?」
 置かれたままになっている手をやんわりとどけながら、平静を装って尋ねる。
「工藤と高山を捜してたんだ」
「高山さんはもう帰りましたよ」
 先生も知っているはずだ。高山さんは授業が終わるとすぐに家へ帰ることを。
「そうか、そうか」
先生はわざとらしく頭をかくと、聞いてきた。
「あれからどうなった?」
「え?」
「いじめだよ、いじめ」
 さも、それしかないだろというような言い方だった。
「あ、もうおかげさまでほとんどなくなったみたいです。どうもありがとうございました」
 すげなく返事をしたけれど、先生はまったく意に介する様子はなかった。
「それはよかった。工藤も高山も事情が事情だろ。あ、ごめん、でも仲良いなら工藤は知ってるか」
「はい、まあ大体は」
 言葉少なに答えた。早く帰ってほしかった。
「だから、先生、心配してるんだ。受験だってあるし、今、すごく大事な時期だろ、だから」
 また、先生の手がやってくる。
 今度は背中に。きっとわざとだ。
 偶然なんかじゃない。気持ち悪い。
 私はおもむろに立ち上がった。
「そろそろ私帰らないと。失礼します」
 先生は特に気にするでもなく、いつものスマイルで手を振った。
「気をつけて帰れよ」

 中間テストが終わって、あわただしく文化祭の準備が始まった。
 なにも、中学三年の忙しい時期にお化け屋敷なんてやらなくてもいいだろうと思う。現に他の三クラスは、展示や輪投げなど、準備があまり大変でないものを選んでいた。
 あれは男子だったか、文化祭といえばお化け屋敷でしょ、などと言い始め、それに長谷田たちがのっかって、あれよ、あれよという間に決定してしまった。
 当初は、暗闇でけがをしたりなどの事故があると危ない、以前にもそれで保護者から苦情が出たということで、先生たちの反対意見もあったようだが、そこは日置先生だ。中学最後の思い出だから、ということで意見を通したらしい。
 私は声をかけられなかったので、準備を手伝うでもなく普段と変わらない生活を送っていた。特に手伝いたい気持ちもなくて、その分、勉強に時間をまわせるからラッキーくらいに思っていた。 
 高山さんはなんとお化け役に任命された。高山さんも結構乗り気だった。この学校での思い出が作れるならうれしいと言っていた。
 でも、いじめは本当になくなったのだろうか。なにやら嫌な予感がしてしょうがなかった。
 
 学園祭当日。興味がなく、休みたいと思っていたけれど、高山さんから誘われたので、渋々見にいった。おばあちゃんも遊びにいくと張り切っていたけれど、丁重に断った。
 お化け屋敷を行っているのはうちのクラスだけだったので、人がとぎれなく集まってきていた。
 いざ入ってみると、窓や壁に張り巡らされた黒い暗幕で、昼間なのに結構暗い。
 ろうそく代わりのライトや頑張って作ったであろう手首がぶらさがっているけれど、安っぽくてあんまりこわくはなかった。中学生が作れるものなんてたかが知れている。
 高山さんはどこにいるんだろう。
 前へ前へと進んでいく。その途中、横からぐっと腕を引っ張られた。
 ものすごい力だった。
 カーテンが引かれ、その中へと私は連れ込まれた。
 そこだけ個室みたいな空間だった。懐中電灯がつけられ、ぼうっと男子三人が浮かびあがっている。高山さんもいた。妙にテカテカした赤い着物を身にまとっている。頭には、見るからに手触りの悪そうなおかっぱのかつらをつけていた。お化けというよりも、座敷わらしと言った方がしっくりくるような格好だった。
 私の腕を引っ張った男子を含めた二人は、常日頃、高山さんに悪口を投げかけていた。もう一人はいつも二人にパシリに使われている男子、野坂だった。
「おい、連れてきたぞ」
 腕をつかんだまま男子が言う。
「ちょっと、やめて、離してよ、いったいなんなの」
 力が強くて振りほどけない。
「まあまあ、今ここ貸し切りにしてあるから誰も来ないよ」
 男子二人がにやにやしている。
 高山さんが助けを求めるような目でこちらを見ている。
「高山さん、大丈夫? 早く行こう。ばかばかしい。こんなのに付き合ってられない」
「おい、ちょっと待てって」
「早くしろよ」
 男子のうちの一人が、野坂のお腹にかかとを入れた。
 うっと、野坂が低いうめき声を上げて痛そうにうずくまる。
「なにやってるの、やめなって」
「ぴーぴーうるせーんだよ、おまえ」
 腕に思いきり爪を立てられ、思わず声が出そうになった。
「おい、早くしろって。おまえが万引きしてること先生にバラすぞ。いくら成績よくったって、この時期に万引きなんてばれたら、どうなるんだろうな」
 脅された野坂は、お腹を押さえたまま立ち上がると、高山さんの唇にキスをした。
 一瞬の出来事だった。
 高山さんもあっけにとられていた。
 二人がげらげら笑っている。
「野坂くんが選んだのは高山でしたー」
「うわあ、俺、絶対工藤かと思ってた」
「だから言ったろー、おまえ、焼きそばおごりな」
「しょうがねえな」
「ってかよくキスできるよな。俺、どっちも無理」
「俺もー」
「二人ともファーストキスじゃね、よかったね。相手いて」
「キスもしたんだし、二人とも付き合っちゃえば」
「それ、いいじゃん」
 二人がいじわるく笑う。野坂はうなだれている。
「行こう。高山さん」
 呆然としている高山さんを連れて私たちは教室の外に出た。もう腕をつかまれることもなかった。
 いつもお昼に行く階段は今日もあいていた。私たちはそこに腰をおろした。
 高山さんは体を震わせている。
「大丈夫?」
 背中をさすって顔をのぞき込むと、高山さんの目には涙が浮かんでいた。
「一体なに、あれ? どういうこと?」
 涙声で高山さんは話し出した。
「最初は普通にお化け役で驚かしてたんだけど、急に人が来なくなって。そしたら、あの二人と野坂が来て、閉じこめられたの。今から実験するとかいって」
「私が呼び出されたのも計画?」
「うん、多分ね。私たちのどちらかに野坂がキスしろって指示されて、それで、私にってことなんだと思う」
 さっき、男子は貸し切りになっていると言っていた。ということは私が来るタイミングを見計らって貸し切りにしたのか。
「裏で長谷田たちが糸を引いてるんじゃないかな」
「どうだろう、もしかしたらそうかも」
 高山さんはうなずいた。
「本当、ひどいことするね。なにが学園祭だよ。楽しくもなんともない。もうこんなとこ出よう」
 階段を降りて、廊下を歩いていると、くすくす、と後ろから笑い声が聞こえた気がした。振り返ったけれど、誰もいなかった。
 とにかくもう学校にはいたくなかった。高山さんにトイレで着替えてもらって私たちは帰り道を歩いた。
「ムカつく! せっかくお化け役頑張ろうって高山さん張り切ってたのに。ふた開けてみればこういうこと? はじめっから仕組まれてたってわけ? 許せないよ」
「私は大丈夫だから」
「大丈夫なわけないよ、こんなことされてさ」
「ファーストキス奪われちゃった」
 赤くなった目で無理におどける高山さんが痛々しかった。
「私、また日置先生に相談してみようかな」
「先生なんて役に立たないよ。また、偽善者面で正義ふりかざして終わるだけだよ。結局、いじめはなくなんないんだよ」
「あやちゃんは、なんで先生のこと悪く言うの? 私が好きだから?」
 高山さんの顔を見るとまた泣きそうになっていた。
「違うよ。そんなわけないじゃん。元から好きじゃないだけ。高山さんが転校してくる前からずっと。っていうか日置先生だけじゃないよ。先生みんな信じられない。高山さんだって一緒だと思ってた」
「私も信用してなかった。でも、日置先生は他の先生とは違うよ」
 高山さんはいつになく強情だった。つられて私も我を張る。
「一緒だよ、なんで日置先生が人気あるのかわからない」
「ほんとはさあ、あやちゃんも好きなんじゃないの?」
「え?」
 耳を疑った。高山さんは、憎々しい顔をしていた。
「日置先生のこと。仲良さそうにしてるとこ見たことあるし」
「仲良さそうになんてしてない。向こうがことあるごとに話しかけてくるだけで」
 図書館で、体に触れられた記憶が蘇ってくる。。
「なにそれ? 自慢? 自分がかわいいからって私への当てつけ?」
 やけに高山さんが突っかかってくるのでいらいらした。私が連れ出さなかったらどうなってたかわからないくせに。
「そっちこそ、私につっかかってこないでよ。いじめてるやつに言えばいいじゃん。なんで私なの?」
 ぎすぎすしたまま、高山さんと別々になるところまで来てしまい、私たちはそのまま別れた。
 本当はもっと力になりたかったのに。高山さんの態度とそれに応じる自分の態度が気にいらなくて、私は一人もやもやしていた。

 翌日の昼休み。来ないかなあと思っていたら、高山さんはいつもの場所に来た。高山さんは、コンビニの袋をぶらさげたまま、軽く手を挙げた。普段からはれぼったい一重の目が余計にはれあがっていた。 
 どっしりと私の横に座った高山さんは、「昨日はごめん」と手を合わせた。
「あやちゃんは関係ないのに当たっちゃった。あやちゃんが悪いわけじゃないのに」
「いいよ。私もつい熱くなっちゃったし」
「許してくれる?」
「うん、全然」
 優しい言葉をかけてあげたいのに、どうしても口調がそっけなくなってしまう。
「よかった」
 高山さんはにっこりと笑った。
「でも、私、ほんとに当てつけとかじゃなく日置先生、好きじゃないんだ。それに仲良くもないよ」
「わかってる。私が勝手に嫉妬してただけだから」
「ならよかった。先生には学園祭でのこと、話すの?」
「ううん、あやちゃんが言うように様子見てみることにする。今日は男子もおとなしかったし」
「そっか。それにしても、よく今日学校来たね、高山さんすごいよ」
「そんなことないよ」
 高山さんは、はにかんで少しうつむいた。
「それよりさ、あやちゃん、気づいてる? 私があやちゃんって少し前から呼んでること」
 気づいていた。でも、恥ずかしくって気づいていないふりをしていた。
「私のこともよかったら名前で呼んでほしいな、なんて」
「わかった。香苗ちゃん」
 改めて言うとなんだか照れくさい。
「名前覚えててくれたんだね。うれしい」
「そりゃそうでしょ」
 恥ずかしいのを隠すように黙々と箸を進めた。

 その二日後、クラスメイトが死んだ。
 日置先生から告げられ、教室ではどよめきが起こった。
 死んだのは、学園祭のお化け屋敷で高山さんとキスをさせられた野坂だった。
 なんでも自殺したらしい。先生から詳細は語られなかったが、そのあと、自宅で首をつっていたのだとか、遺書がそばに置いてあったとか、本当だか嘘だかわからないような噂が学年中で、飛びかっていた。
 普段から野坂は他の男子にパシリに使われていたし、学園祭の時に、万引きを理由に脅されていたようだったので、もしかしたら自分の将来を案じて、自殺という方法をとったのかもしれないと、私は結論づけた。
 二週間後にはもう期末テストが始まる。頭の中から事件のことを追い出そうとしたけれど、あまり勉強には集中できなかった。 

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