源氏物語(十七帖〜二十一帖)|紫式部|※ネタバレ注意※
十七帖:絵合
十七の一:前斎宮の入内と源氏の心情
女院は前斎宮の入内を熱心に促しておいでになった。源氏は院への御遠慮があって、傍観者らしく見せてはいたが、大方のことは皆源氏が親らしくしてする指図で運んでいった。院は残念がっておいでになったが、手紙をお送りになることも絶えた。当日、院からのたいしたお贈り物が来た。源氏は櫛の箱に添えられた御歌を見て、心の痛くなるのを覚えた。自身のかつての苦しい思いに引き比べて院のお心持ちを想像し、お気の毒でならない。
十七の二:絵合わせの準備
源氏は須磨、明石の二巻を左の絵の中へ忍ばせておいた。中納言も劣らず絵合わせの日に傑作を出そうとすることに没頭していた。院もこの勝負のことをお聞きになって、梅壺へ多くの絵を御寄贈あそばされた。斎宮発足の日の大極殿の別れの御櫛の式は、公茂画伯に詳しくお指図をあそばして製作された非常にりっぱな絵もあった。
十七の三:絵合わせの当日
絵合わせの日、左右の絵が風流な包みになって会場へ持ち出された。女官たちの控え座敷に臨時の玉座が作られ、北側、南側と分かれて判者が座についた。今度は皆紙絵であるから、凡庸な者に思われている今の若い絵師も昔の名画に近い物を作ることができ、それにはまた現代人の心を惹くものも多量に含まれていた。左右はそうした絵の優劣を論じ合い、論争は双方ともまじめであったからおもしろかった。
十七の四:須磨・明石の巻の登場と結果
最後の番に左から須磨の巻が出てきたことによって中納言の胸は騒ぎ出した。源氏の清澄な心境で写生した風景画は何者の追随をも許さない。判者の親王をはじめとしてだれも皆涙を流して見た。作者の感情が豊かに現われ、現在をもその時代に引きもどす力があった。須磨からする海のながめ、寂しい住居、崎々浦々が皆あざやかに描かれ、草書で仮名混じりの文体の日記や身にしむ歌もあった。だれも他の絵のことは忘れて恍惚となり、圧巻はこれであると決まって左が勝ちになった。
十七の五:絵合わせ後の影響と源氏の思索
源氏は人生の無常を深く思い、帝がいま少し大人におなりになるのを待って、出家がしたいと心の底では思っているようである。年若くして高位高官となった者は長く幸福でいられないと考え、自分は過分な地位を得ていると感じていた。静かに引きこもって後世のための仏勤めをして長寿を得たいと、郊外に御堂を建てさせていた。しかし子供たちを立派に育てようとする思いと出家の志は両立しがたく、どちらが源氏の本心であるかわからない。
```mermaid
graph LR
A[源氏]
B[斎宮の女御]
C[明石の姫君]
D[女院]
E[帝]
F[権中納言]
G[弘徽殿の女御]
H[院]
I[梅壺の女御]
J[帥の宮]
K((絵合わせ))
A -->|養父| B
A -->|父| C
D -->|母| E
F -->|父| G
H -->|父| E
H -.->|恋慕| B
E -->|寵愛| B
E -->|寵愛| G
A -->|後見| I
J -->|審判| K
A -->|左方代表| K
F -->|右方代表| K
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class A,F,J court;
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class D,E,H imperial;
class K event;
```十八帖:松風
十八の一:東の院の落成と源氏の妻たちの住まい
東の院が美々しく落成したので、源氏は花散里といわれていた夫人を移らせた。西の対から渡殿へかけてをその居所とし、事務の扱い所、家司の詰め所なども備えた。東の対には明石の人を置こうと源氏はかねてから思っていた。北の対をばことに広く立てて、源氏の愛人たちをそこへ集めて住まわせようという考えをもっていた。そこを幾つにも仕切って作らせた点で北の対は最もおもしろい建物になった。中央の寝殿は源氏自身の休息や客人をもてなす座敷とした。
十八の二:明石の女の躊躇と父入道の計画
明石へは始終手紙が送られ、上京を促す源氏であった。女はなお躊躇していた。都の貴女たちでさえ源氏のために物思いをするという噂を聞けば、自分などどれほどの扱いを受けるかと不安であった。しかし姫君を田舎に置くことも忍びなく、出京を断然しないとも源氏へ答えられずにいた。両親も娘の煩悶を見て歎息するばかりであった。入道夫人の祖父の中務卿親王が昔持っておいでになった別荘が嵯峨の大井川のそばにあって、宮家の相続者にしかとした人がないままに荒廃させてあるのを思い出し、入道はそこを修繕して娘たちの住まいにしようと考えた。
十八の三:明石の女の出京と大井の山荘での新生活
秋のことで、出立の朝は涼しい風が吹き、虫の声も聞こえた。明石の君は海をながめ、入道は仏前で勤めをしていた。小さい姫君の美しさに、入道の別れの悲しみは募るばかりであった。船出の朝、明石の浦の朝霧に船の隔たるのを見る入道の心は、仏弟子の境地にも戻れぬほどであった。一行は追い風に乗って京へ入り、人目を避けて大井の山荘へと向かった。山荘は風流な造りで、大井川の流れに明石の海を思わせ、住居の変わった気もさほどしなかった。増築した廊なども趣があって園内に引いた水の流れも美しかった。
十八の四:源氏と明石の女の再会
源氏は数日ののち、大井へ出かけた。夕方前のことである。直衣姿の源氏は一層美しく、久しぶりの再会に互いの思いは募った。源氏は明石の女への愛情を新たにし、姫君の成長に感動した。今まで見ずにいたことさえも取り返されない損失のように思われる。姫君が手を前へ伸ばして、立っている源氏のほうへ行こうとするのを見て、源氏は膝をかがめてしまった。几帳の垂れ絹を引いて、源氏はこまやかにささやいた。
十八の五:源氏の帰京とその後の思案
源氏は京へ戻り、二条院の夫人に嵯峨の話をした。夜ふけて源氏は大井へ手紙を書き、返事も届いた。姫君のことを語り、その将来について煩悶する源氏であった。公然と自分の子供として扱うことも世間へ恥ずかしいことだしと悩んでいた。大井の山荘を訪れることは難しく、嵯峨の御堂の念仏の日を待って出かけるのみで、月に二度より逢うことはなかった。七夕より短い期間であっても、女にとっては苦しい十五日が繰り返されていった。
```mermaid
graph LR
A[光源氏] -->|愛人| B[明石の君]
A -->|正妻| C[紫の上]
A -->|妻| D[花散里]
B -->|娘| E[明石の姫君]
F[明石の入道] -->|父| B
G[尼君] -->|母| B
H[中務卿宮] -->|祖父| G
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%% すべてのノードのテキストを黒色に設定
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style G color:#000
style H color:#000
```十九帖:薄雲
十九の一:大井山荘の悲しみと二条院の春
大井の山荘では、明石の君が毎日姫君を恋しがって泣いていた。自身の愛が足らず、考えが足りなかったようにも後悔していた。尼君も泣いてばかりいたが、姫君の大事がられている消息の伝わってくることはこの人にもうれしかった。袴着の贈り物などここから持たせてやる必要は何もなさそうに思われたので、姫君づきの女房たちに、乳母をはじめ新しい一重ねずつの華美な衣裳を寄贈るだけのことにした。
正月が来た。うららかな空の下に二条の院の源氏夫婦の幸福な春があった。出入りする顕官たちは七日に新年の拝礼を行なった。若い殿上役人たちもはなやかに思い上がった顔のそろっている御代である。それ以下の人々も心の中には苦労もあるであろうが、表面はそれぞれの職業に楽しんでついているふうに見えた。
東の院の対の夫人も品位の添った暮らしをしていた。女房や童女の服装などにも洗練されたよい趣味を見せていた。源氏にとってはこの人ほど気安く思われる夫人はなかった。何かの場合にも紫夫人とたいした差別のない扱い方を源氏はするのであったから、軽蔑する者もなく、その方へも敬意を表しに行く人が絶えない。
十九の二:源氏の大井山荘訪問と太政大臣の薨去
源氏は、公私の正月の用が片づいたころのある日、大井へ出かけようとして、ときめく心に装いを凝らしていた。桜の色の直衣の下に美しい服を幾枚か重ねて、ひととおり薫物が焚きしめられたあとで、夫人へ出かけの言葉を源氏はかけに来た。明るい夕日の光に今日はいっそう美しく見えた。夫人は恨めしい心を抱きながら見送っているのであった。無邪気な姫君が源氏の裾にまつわってついて来る。御簾の外へも出そうになったので、立ち止まって源氏は哀れにわが子をながめていたが、なだめながら、「明日かへりこん」と口ずさんで縁側へ出て行った。
この時分に太政大臣が薨去した。国家の柱石であった人であるから帝もお惜しみになった。源氏も遺憾に思った。これまではすべてをその人に任せて閑暇のある地位にいられたわけであるから、死別の悲しみのほかに責任の重くなることを痛感した。何かの前兆でないかと思われるようなことも頻々として起こる。日月星などの天象の上にも不思議が多く現われて世間に不安な気がみなぎっていた。
十九の三:女院の病と崩御、源氏の悲しみ
女院は今年の春の初めからずっと病気をしておいでになって、三月には御重体にもおなりになったので、行幸などもあった。源氏は一廷臣として太政大臣に続いてまた女院のすでに危篤状態になっておいでになることは歎かわしいとしていた。人知れぬ心の中では無限の悲しみをしていて、あらゆる神仏に頼んで宮のお命をとどめようとしているのである。しかし、あかりが消えていくように女院は崩御あそばされた。
源氏は力を落として深い悲しみに浸っていた。二条の院の庭の桜を見ても、故院の花の宴の日のことが思われ、当時の中宮が思われた。「今年ばかりは」と口ずさまれるのであった。人が不審を起こすであろうことをはばかって、念誦堂に引きこもって終日源氏は泣いていた。はなやかに春の夕日がさして、はるかな山の頂の立ち木の姿もあざやかに見える下を、薄く流れて行く雲が鈍色であった。何一つも源氏の心を惹くものもないころであったが、これだけは身に沁んでながめられた。
十九の四:秘密の露見と源氏と斎宮女御の交流
静かな夜明けにだれもおそばに人がいず、いた人は皆退出してしまった時であった。僧都は昔風に咳払いをしながら、世の中のお話を申し上げていたが、その続きに帝の出生の秘密を明かした。帝は隠れた事実を夢のようにお聞きになって、いろいろと御煩悶をあそばされた。故院のためにも済まないこととお思われになったし、源氏が父君でありながら自分の臣下となっているということももったいなく思召された。
斎宮の女御は予想されたように源氏の後援があるために後宮のすばらしい地位を得ていた。すべての点に源氏の理想にする貴女らしさの備わった人であったから、源氏はたいせつにかしずいていた。この秋女御は御所から二条の院へ退出した。中央の寝殿を女御の住居に決めて、輝くほどの装飾をして源氏は迎えたのであった。
十九の五:源氏と明石の再会
源氏は例の嵯峨の御堂の不断の念仏に託して山荘を訪ねた。住み馴れるにしたがってますます凄い気のする山荘に待つ恋人などというものは、この源氏ほどの深い愛情を持たない相手をも引きつける力があるであろうと思われる。ましてたまさかに逢えたことで、恨めしい因縁のさすがに浅くないことも思って歎く女はどう取り扱っていいかと、源氏は力限りの愛撫を試みて慰めるばかりであった。
木の繁った中からさす篝の光が流れの蛍と同じように見える庭もおもしろかった。「過去に寂しい生活の経験をしていなかったら、私もこの山荘で逢うことが心細くばかり思われることだろう」と源氏が言うと、明石の君は過去の経験と現在の思いを和歌に詠んだ。源氏もそれに応じて和歌を詠み、二人は互いの心情を深く表現し合った。少し閑暇のできたころであったから、御堂の仏勤めにも没頭することができて、二、三日源氏が山荘にとどまっていることで女は少し慰められたはずである。
```mermaid
graph LR
A[光源氏] -->|実父| B[今上帝]
A -->|養育| C[斎宮の女御]
A -->|愛人| D[明石の君]
A -->|正妻| E[紫の上]
F[藤壺] -->|実母| B
F -.->|密通| A
G[桐壺帝] -->|父| A
G -->|妻| F
H[明石の入道] -->|父| D
I[尼君] -->|母| D
J[明石の姫君] --- A
J --- D
K[花散里] -->|妻| A
L[王命婦] -.->|秘密を知る| F
L -.->|秘密を知る| A
M[僧都] -.->|秘密を告げる| B
classDef emperor fill:#FFD700,stroke:#000000,stroke-width:2px,color:#000000;
classDef noble fill:#9370DB,stroke:#000000,stroke-width:2px,color:#000000;
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class G emperor;
class A,B,F noble;
class C,D,E,J,K lady;
class H,I,M priest;
class L servant;
```二十帖:朝顔
二十の一:斎院の退職と源氏の思い
斎院は父宮の喪のために職をお辞しになった。源氏は例のように古い恋も忘れることのできぬ癖で、始終手紙を送っているのであったが、斎院御在職時代に迷惑をされた噂の相手である人に、女王は打ち解けた返事をお書きになることもなかった。九月になって旧邸の桃園の宮へお移りになったのを聞いて、そこには御叔母の女五の宮が同居しておいでになったから、そのお見舞いに託して源氏は訪問して行った。故院がこの御同胞がたを懇切にお扱いになったことによって、今もそうした方々と源氏には親しい交際が残っているのである。
二十の二:桃園の宮での対面
源氏はまず宮のお居間のほうで例のように話していたが、昔話の取りとめもないようなのが長く続いて源氏は眠くなるばかりであった。宮もあくびをあそばして、鼾という源氏に馴染の少ない音が聞こえだしてきた。源氏は内心に喜びながら宮のお居間を辞して出ようとすると、また一人の老人らしい咳をしながら御簾ぎわに寄って来る人があった。源典侍という人物で、源氏との昔話に花を咲かせた。その後、源氏は西のほうへ向かった。月が出て淡い雪の光といっしょになった夜の色が美しかった。今夜は真剣なふうに恋を訴える源氏であった。
二十の三:源氏の執着と斎院の態度
源氏はあながちにあせって結婚がしたいのではなかったが、恋人の冷淡なのに負けてしまうのが残念でならなかった。今日の源氏は最上の運に恵まれてはいるが、昔よりはいろいろなことに経験を積んできていて、今さら恋愛に没頭することの不可なことも、世間から受ける批難も知っていながらしていることで、これが成功しなければいよいよ不名誉であると信じていた。斎院は源氏の価値をよく知っておいでになって愛をお感じにならないのではないが、好意を見せても源氏の外貌だけを愛している一般の女と同じに思われることはいやであると思っておいでになった。
二十の四:紫の上の不安と源氏の説明
紫夫人は源氏の様子の変化に気づき、悲しみをおさえる力も尽きることがあるわけである。源氏の前で涙のこぼれることもあった。源氏は夫人をなだめようと、斎院との交際はただの友情であり、恋愛ではないと説明した。源氏は夫人に対して、斎院は昔からそんな気のないいっぷう変わった女性だと語った。源氏は終日夫人をなだめ暮らしたが、夫人の不安は完全には消えなかった。
二十の五:雪の夜の情景と回想
雪のたくさん積もった上になお雪が降っていて、松と竹がおもしろく変わった個性を見せている夕暮れ時であった。源氏は童女を庭へおろして雪まろげをさせた。美しい姿、頭つきなどが月の光にいっそうよく見えて、やや大きな童女たちが、いろいろな袙を着て、上着は脱いだ結び帯の略装で、もうずっと長くなっていて、裾の拡がった髪は雪の上で鮮明にきれいに見られるのであった。源氏は亡き藤壺中宮を思い出し、紫の上との会話の中で様々な女性たちの特徴を語った。源氏は中宮への変わらぬ思いを示しながらも、紫の上に対する愛情も語った。
二十の六:源氏の夢と懊悩
その夜、源氏は夢で藤壺中宮の姿を見た。中宮は源氏を恨むような言葉を口にした。目覚めた源氏は深い悲しみに包まれ、夢の短さを嘆く和歌を詠んだ。源氏は中宮のために仏事を自分の行なうことはどんな簡単なことであっても世間の疑いを受けることに違いない、帝の御心の鬼に思召し合わすことになってもよろしくないと源氏ははばかられて、ただ一人心で阿弥陀仏を念じ続けた。同じ蓮華の上に生まれしめたまえと祈ったことであろう。源氏の悲しみは深まるばかりであった。
```mermaid
graph LR
A[光源氏]
B[朝顔の前斎院]
C[紫の上]
D[女五の宮]
E[源典侍]
F[式部卿宮]
G[桐壺帝]
H[宣旨]
A -->|恋慕| B
B -->|冷淡| A
A <-->|夫婦| C
C -->|不安/嫉妬| A
A -->|訪問| D
D -->|同居| B
E -->|昔の関係| A
F -.-|父娘| B
G -.-|父子| A
H -->|取り持ち| B
style A fill:#FF6B6B,stroke:#333,stroke-width:2px,color:#000
style B fill:#4ECDC4,stroke:#333,stroke-width:2px,color:#000
style C fill:#FFA07A,stroke:#333,stroke-width:2px,color:#000
style D fill:#95E1D3,stroke:#333,stroke-width:2px,color:#000
style E fill:#FF8C94,stroke:#333,stroke-width:2px,color:#000
style F fill:#A9B7C0,stroke:#333,stroke-width:2px,color:#000
style G fill:#FFD93D,stroke:#333,stroke-width:2px,color:#000
style H fill:#C8E6C9,stroke:#333,stroke-width:2px,color:#000
```二十一帖:少女
二十一の一:六条院の造営と移転
源氏は静かな生活のできる家を、なるべく広くおもしろく作りたいと思い、六条の京極の辺に中宮の旧邸のあったあたり四町四面を地域にして新邸を造営させていた。式部卿の宮は来年が五十におなりになるのであったから、紫夫人はその賀宴をしたいと思って仕度をしているのを見て、源氏もそれはぜひともしなければならぬことであると思い、そうした式もなるべくは新邸でするほうがよいと、そのためにも建築を急がせていた。
春になってからは源氏は専念に宮の五十の御賀の用意をしていた。落し忌の饗宴のこと、その際の音楽者、舞い人の選定などは源氏の引き受けていることで、付帯して行なわれる仏事の日の経巻や仏像の製作、法事の僧たちへ出す布施の衣服類、一般の人への纏頭の品々は夫人が力を傾けて用意していることであった。東の院でも仕事を分担して助けていた。花散里夫人と紫の女王とは同情を互いに持って美しい交際をしているのである。
八月に六条院の造営が終わって、二条の院から源氏は移転することになった。南西は中宮のお住居になるはずである。南の東は源氏の住む所である。北東の一帯は東の院の花散里、西北は明石夫人と決めて作られてあった。もとからあった池や築山も都合の悪いのはこわして、水の姿、山の趣も改めて、さまざまに住み主の希望を入れた庭園が作られたのである。
南の東は山が高くて、春の花の木が無数に植えられてあった。池がことに自然にできていて、近い植え込みの所には、五葉、紅梅、桜、藤、山吹、岩躑躅などを主にして、その中に秋の草木がむらむらに混ぜてある。中宮のお住居の町はもとの築山に、美しく染む紅葉を植え加えて、泉の音の澄んで遠く響くような工作がされ、流れがきれいな音を立てるような石が水中に添えられた。北の東は涼しい泉があって、ここは夏の庭になっていた。座敷の前の庭には呉竹がたくさん植えてある。下風の涼しさが思われる。北西の町は北側にずっと倉が並んでいるが、隔ての垣には唐竹が植えられて、松の木の多いのは雪を楽しむためである。
二十一の二:六条院での優雅な生活
秋の彼岸のころ源氏一家は六条院へ移って行った。皆一度にと最初源氏は思ったのであるが、仰山らしくなることを思って、中宮のおはいりになることは少しお延ばしさせた。おとなしい、自我を出さない花散里を同じ日に東の院から移転させた。車の数が十五で、前駆には四位五位が多くて、六位の者は特別な縁故によって加えられたにすぎない。たいそうらしくなることは源氏が避けてしなかった。もう一人の夫人の前駆その他もあまり落とさなかった。長男の侍従がその夫人の子になっているのであるからもっともなことであると見えた。
五、六日して中宮が御所から退出しておいでになった。その儀式はさすがにまた派手なものであった。源氏を後援者にしておいでになる方という幸福のほかにも、御人格の優しさと高潔さが衆望を得ておいでになることがすばらしいお后様であった。この四つに分かれた住居は、塀を仕切りに用いた所、廊で続けられた所などもこもごもに混ぜて、一つの大きい美観が形成されてあるのである。
九月にはもう紅葉がむらむらに色づいて、中宮の前のお庭が非常に美しくなった。夕方に風の吹き出した日、中宮はいろいろの秋の花紅葉を箱の蓋に入れて紫夫人へお贈りになるのであった。やや大柄な童女が深紅の袙を着、紫苑色の厚織物の服を下に着て、赤朽葉色の汗袗を上にした姿で、廊の縁側を通り渡殿の反橋を越えて持って来た。お后が童女をお使いになることは正式な場合にあそばさないことなのであるが、彼らの可憐な姿が他の使いにまさると宮は思召したのである。
こちらからはその箱の蓋へ、下に苔を敷いて、岩を据えたのを返しにした。よく見ればこの岩は作り物であった。すぐにこうした趣向のできる夫人の才に源氏は敬服していた。女房たちも皆おもしろがっているのである。源氏夫婦が同じ六条院の人として中宮と風流な戯れをし合っているのである。
大井の夫人は他の夫人のわたましがすっかり済んだあとで、価値のない自分などはそっと引き移ってしまいたいと思っていて、十月に六条院へ来たのであった。住居の中の設備も、移って来る日の儀装のことも源氏は他の夫人に劣らせなかった。それは姫君の将来のことを考えているからで迎えてからも重々しく取り扱った。
二十一の三:源氏の若君の成長と恋の悩み
源氏の公子はその日の成績がよくて進士になることができた。碩学の人たちが選ばれて答案の審査にあたったのであるが、及第は三人しかなかったのである。そして若君は秋の除目の時に侍従に任ぜられた。雲井の雁を忘れる時がないのであるが、大臣が厳重に監視しているのも恨めしくて、無理をして逢ってみようともしなかった。手紙だけは便宜を作って送るというような苦しい恋を二人はしているのであった。
源氏は五節の舞い姫を一人出すのであった。たいした仕度というものではないが、付き添いの童女の衣裳などを日が近づくので用意させていた。東の院の花散里夫人は、舞い姫の宮中へはいる夜の、付き添いの女房たちの装束を引き受けて手もとで作らせていた。二条の院では全体にわたっての一通りの衣裳が作られているのである。
源氏の若君が来た。一昨夜は人が多くいて、恋人を見ることのできなかったことから、恋しくなって夕方から出かけて来たものであるらしい。平生大宮はこの子をお迎えになると非常におうれしそうなお顔をあそばしておよろこびになるのであるが、今日はまじめなふうでお話をあそばしたあとで、内大臣が恨めしそうに言ったことを伝えた。少年の良心にとがめられていることであったから、すぐに問題の真相がわかった。若君は顔を赤くして、静かな所へ引きこもりましてからは、だれとも何の交渉もないのだから、伯父様の感情を害するようなことはないはずだと答えた。
これからは手紙の往復もいっそう困難になることであろうと思うと、若君の心は暗くなっていった。晩餐が出てもあまり食べずに早く寝てしまったふうは見せながらも、どうかして恋人に逢おうと思うことで夢中になっていた若君は、皆が寝入ったころを見計らって姫君の居間との間の襖子をあけようとしたが、平生は別に錠などを掛けることもなかった仕切りが、今夜はしかと鎖されてあって、向こう側に人の音も聞こえない。若君は心細くなって、襖子によりかかっていた。
二十一の四:源氏の公平な態度と家族関係
源氏は花散里夫人に、母としての若君の世話を頼んだ。大宮はお年がお年だから、いつどうおなりになるかしれない。お薨れになったあとのことを思うと、こうして少年時代から馴らしておいて、あなたの厄介になるのが最もよいと思うと源氏は言うのであった。すなおな性質のこの人は、源氏の言葉に絶対の服従をする習慣から、若君を愛して優しく世話をした。
若君は養母の夫人の顔をほのかに見ることもあった。よくないお顔である。こんな人を父は妻としていることができるのである、自分が恨めしい人の顔に執着を絶つことのできないのも、自分の心ができ上がっていないからであろう、こうした優しい性質の婦人と夫婦になりえたら幸福であろうと、こんなことを若君は思ったが、しかしあまりに美しくない顔の妻は向かい合った時に気の毒になってしまうであろう、こんなに長い関係になっていながら、容貌の醜なる点、性質の美な点を認めた父君は、夫婦生活などは疎にして、妻としての待遇にできるかぎりの好意を尽くしていられるらしい。それが合理的なようであるとも若君は思った。そんなことまでもこの少年は観察しえたのである。
年末には正月の衣裳を大宮は若君のためにばかり仕度あそばされた。幾重ねも美しい春の衣服のでき上がっているのを、若君は見るのもいやな気がした。元旦だって、私は必ずしも参内するものでないのに、何のためにこんなに用意をなさるのですかと若君は言った。男性というものは、どんな低い身分の人だって、心持ちだけは高く持つものです。あまりめいったそうしたふうは見せないようになさいよと宮は諭した。
```mermaid
graph LR
A[源氏]:::genjiStyle
B[紫の上]:::murasakiStyle
C[花散里]:::hanachiruStyle
D[明石の君]:::akashiStyle
E[中宮]:::chiguStyle
F[式部卿宮]:::shikibuStyle
G[大宮]:::omiyaStyle
H[若君]:::wakagimimStyle
I[雲井の雁]:::kumouStyle
J[内大臣]:::naidaijinStyle
A --> B & C & D
A --> |父| H
A --> |後援者| E
A & B --> |賀宴準備| F
C --> |養母| H
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G --> |祖母| H
G --> |母| F
H --> |恋慕| I
I --> |娘| J
J --> |伯父| H
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```