源氏物語(三十六帖〜三十九帖)|紫式部|※ネタバレ注意※
三十六帖:柏木
三十六の一:衛門督の臨終と女三の宮の出産
右衛門督の病は快方に向かうことなく春が来た。父大臣と母夫人の嘆く姿を目にしては、死を願うことさえ重罪に思われたが、自身の命に未練はなかった。幼少の頃より抱いていた人並み外れた自尊心も、ある失望を機に厭世的な思想へと変わり、出家を志すに至った。しかし親たちの悲しみを顧みれば、この絆が遁世の妨げとなろうと考え、自らを紛らわせながら俗世に留まっていた。
やがて衛門督は、耐え難い物思いを二つまで抱え込むこととなった。これは誰を恨むべくもない己の過ちであり、神仏の助けも及ばぬ境地に陥ったのは、皆前世からの悲しい宿縁であろうかと思われた。永遠の命など誰も持ち得ぬものなれば、せめて人々に惜しまれつつ逝き、恋しき人に憐れだと思われることを、自らの恋の最後の報いと見なそうとしたのである。
衛門督は、生きながらえて自他を苦しめるよりは、死を選ぶほうが良いと考えた。院の御不興を買っていようとも、死すればすべてを許されるであろうと思い、そのほかの点では院の御感情を害したことはなく、かつての御愛顧が死によって蘇ることもあるかもしれぬと期待したのであった。
病の苦しみに堪えかねつつも、衛門督は最後の力を振り絞り、女三の宮へ手紙を認めた。そこには、自らの命が旦夕に迫っていることを宮も聞き及んでいるであろうに、一言の見舞いもないことへの悲しみが綴られていた。その文面には、衛門督の深い思いと諦念が滲み出ていたのである。
```mermaid
graph LR
A[光源氏] -->|夫| B[紫の上]
A -->|夫| C[女三の宮]
D[柏木/右衛門督] -->|密通| C
D -->|夫| E[女二の宮]
F[太政大臣] -->|父| D
F -->|父| E
G[左大将] -->|親友| D
G -->|好意| E
H[今上帝] -->|父| C
I[若宮] -->|表面上の子| A
I -->|実子| D
I -->|母| C
J[夕霧] -->|息子| A
K[朧月夜] -->|元恋人| A
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class A main;
class B,C,E wife;
class D,I,J family;
class H imperial;
class F,G,K noble;
```三十六の二:女三の宮の出産と院の複雑な思い
女三の宮は、ある日の夕刻より御異常の兆しが見え始めた。経験豊かな者たちがそれと察し、院へ奏上したため、院は驚いて宮の御殿へ急ぎ参上された。御心中では、純粋な気持ちでこの事態を迎えられるならば珍しく嬉しいことであろうと思しめしながらも、人前ではそれを悟られまいと努められた。
院は修験者を急ぎ召し寄せるよう命じられた。修法はすでに続けられていたが、さらに験力ある者どもを集めて加持させたのである。一夜の苦しみの末、夜明け頃に宮は男子を産み給うた。
院は皇子誕生の知らせを聞き、隠された秘密が容貌の似た点などで露見しやすい男子であることに苦悩された。女子ならば紛らわすこともできようが、多くの人の目に触れる男子では難しい。されど、素性の曖昧さは男子の身には許されるものの、高貴な方の母となる可能性のある女性は生まれの確かさが求められる点を思えば、これもまた良しとすべきか、と思し直された。
忘れ得ぬ己の罪の報いであろうか、この世でかような思いがけぬ罰に遭えば、来世の咎は幾分か軽くなるやもしれぬ、などと院は思し召された。宮の秘密は誰一人知る者とてなく、高貴な内親王を母として最後に授かった若君を、院はいかばかり可愛がられることかと、家司たちは大がかりな御産祝いの仕度に取り掛かったのであった。
五日の夜には中宮のお産養があり、七日の夜には宮中からのお産養が行われた。これらの祝賀は朝廷の催しとして重々しく執り行われ、六条院の各夫人からも産室への見舞い品や祝品が、さまざまに意匠を凝らして贈られたのであった。
三十六の三:衛門督の死と周囲の反応
衛門督は、六条院の宮の出産と出家の知らせを病床に聞き、いよいよ容体が悪化していった。女二の宮をただ哀れに思い、もはや助からぬ命と覚悟を決めていた。宮の見舞いは世間の耳目を憚って避けたいと考え、一条の宮へ最後の別れを告げに行きたいと願うも、両親に許されなかった。
衛門督は周囲の者たちに、自らの死後は宮を守護せよと頼んでいた。殊に母夫人には、宮の今後の寂しき暮らしを案じ、親切に接するよう懇願した。また、すぐ下の弟である左大弁には、宮のことにつき詳しく遺言を残した。
父大臣と母夫人は涙の間もないほど深い悲しみに沈んでいた。法事の準備は子息たちや婿君たちの手によってなされ、供養の経巻や仏像も二男の左大弁が中心となって調えさせた。七日ごとの誦経の折に子息たちが注意を促すと、大臣はただ聞かせぬようにと言うのみで、自らも死せる人の如くであった。
朝廷でも衛門督の死は大きな悲しみをもって受け止められ、危篤の報が天聴に達すると、にわかに権大納言への昇進が決せられた。帝はこの恩寵により衛門督の再起を望まれたが、それは叶わぬことであった。衛門督は病苦の中、ただ拝任の表を認めて奉るのみであった。大臣はこの厚き朝恩を見るにつけ、ますます我が子が惜しく悲しく思われるのであった。
左大将は常に親友の病を案じ、見舞いの文を送っていたが、昇任の祝いを述べんと真っ先に大臣家を訪れた。衛門督の住む対の門内には馬や車が多く集まり、人々が忙しく出入りする様子が見られたのである。
三十六の四:左大将の訪問と一条の宮の悲嘆
衛門督の死後、一条の宮の邸はますます寂寥感を増し、召使いの数も減っていった。大納言の恩顧を受けていた者たちのみが、亡き主の未亡人たる宮に今も敬意を表して参上した。愛でていた鷹や馬を預かっていた侍たちは、頼るべき主を失い、力なく出仕する姿も見受けられた。
ある日の昼頃、高らかな前駆の声と共に邸の門に車が止まった。それは左大将の来訪であった。宮の母君たる御息所が対面し、大将は衛門督との友情や宮への同情を語った。大将は衛門督より五、六歳年下ながら、重厚にして端正、美しき顔立ちの持ち主であった。
庭の桜を眺めつつ大将は和歌を詠み、御息所もそれに応じた。その後、大将は太政大臣家をも訪れ、衰え果てた大臣の姿を目にして深い悲しみを覚えた。大臣の顔は痩せ細り、髭も伸び放題で、子を失った親の悲嘆ぶりは世間の噂以上であった。
やがて衛門督の法事が盛大に執り行われ、左大将も誠心誠意の供養をなした。誦経の寄進などにも並々ならぬ友情を示したのである。大将は一条の宮へ度々見舞いを送り、再訪の折には宮の悲しみを慰め、親しく語らった。
大将は次第に宮への思いを募らせていった。宮は噂に聞きしよりも優美な女性であり、良人を失った悲しみのみならず、世間から不幸な人と見做されることをも苦しく思っているのであろうと、同情の念を抱いた。その思いは、いつしか宮を恋しく思う心へと変わっていったのである。
大将は自らの心の変化に気づきつつも、外見だけで人を判断することはせず、性格の善し悪しこそが女性を尊重すべきか否かの基準であると考えていた。そして、衛門督が臨終の際に自分に託した言葉の意味を探りながら、宮の境遇と自らの思いの間で揺れ動く心を抑えきれずにいたのであった。
三十七帖:横笛
三十七の一:大将の一条邸訪問と音楽の夕べ
権大納言の死を惜しむ者多く、月日がたっても恋しく思う人ばかりであった。六条院のお心もまたそうであった。四十九日の法事の際にも御厚志の見える誦経の寄付があった。大将も法会を盛んにする志を見せ、未亡人への慰問も忘れなかった。
ある夕暮れ、大将は一条の宮を訪れた。宮は琴を弾いておられたようで、その余韻が漂っていた。大将は和琴を手に取り、柏木の思い出を語った。宮は恥じらいながらも、十三絃を爪弾いた。想夫恋の調べに乗せて、二人は故人を偲んだ。秋の澄んだ空に雁の群れが飛び、宮は孤独を感じつつも、琵琶の音色に心を寄せられた。
```mermaid
graph LR
A[六条院/光源氏] -->|父| B[夕霧/大将]
A -->|養父| C[若君]
A -->|夫| D[女三の宮]
E[柏木/衛門督] -->|父| C
E -->|密通| D
F[一条の宮] -->|妻| E
G[権大納言] -->|父| E
G -->|父| H[女二の宮]
I[大臣] -->|父| E
J[朱雀院] -->|父| D
J -->|父| H
K[紫の上] -->|養母| L[明石の姫君]
B -->|婿| M[雲居雁]
B -->|訪問| F
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class A main;
class D,H,J imperial;
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class F,K,L,M lady;
class C family;
```三十七の二:大将の帰宅と夫人との軋轢
深更に大将は自宅に戻った。夫人は良人の遅い帰宅に不満を抱き、寝たふりをしていた。大将は月夜の美しさを愛でながら、一条邸との違いを感じ取った。夢の中で柏木が現れ、笛への思いを語る。
子供の泣き声で目覚めた大将は、夫人が子をあやす姿を見守った。夫婦の間に生じた些細な軋轢にも関わらず、大将は妻の可憐な姿に心を動かされた。朝まで眠れぬ子供の世話をしながら、大将は故人への思いと現在の家庭生活との間で複雑な感情を抱いていた。
三十七の三:大将の六条院訪問と若君との出会い
大将は柏木から贈られた笛を持って六条院を訪れた。そこで三の宮と二の宮に出会い、その可愛らしさに微笑んだ。宮たちは大将を取り合うように甘えかかり、院もその様子を微笑ましく見守られた。
若君の姿を初めてよく見た大将は、その類まれな美しさに驚き、柏木との類似点を見出した。薄藍色の直衣を着た若君の白い肌と清らかな雰囲気は、皇子たちをも凌ぐほどであった。大将は若君の出自について疑念を抱きつつも、その可愛らしさに心を奪われた。
三十七の四:院との対話と柏木の秘密
大将は院に一条邸での出来事を語り、柏木の遺言について尋ねた。院は大将の意図を察しつつも、明確な答えを避けられた。大将は院の反応から、自らの推測が真実であると確信を深めた。
しかし、院はこの話題を深く掘り下げることを避け、笛の来歴について語られた。陽成院の御物であった笛が、式部卿宮を経て柏木に贈られた経緯を説明された。大将は院の言葉の裏に隠された意味を読み取ろうとしたが、院の慎重な態度に阻まれた。
三十七の五:院の忠告と大将の決意
院は大将に対し、一条の宮との交際に注意を促された。大将は院の忠告に対して反論しつつも、友情を保ち続ける決意を表明した。宮の年齢や性格、自身の態度について説明し、純粋な友情関係を維持する意思を示した。
院は大将の言葉を聞きながら、若君の存在と柏木の秘密について思いを巡らせられた。大将は院の反応から、この問題の複雑さを感じ取り、更なる探求を控えることにした。しかし、心の奥底では真実を知りたいという思いが消えることはなかった。
三十八帖:鈴虫
三十八の一:尼宮の御持仏供養と六条院の深い愛情
夏の蓮の花の盛りに、入道の姫宮の御持仏の供養が催されることになった。御念誦堂の装飾と備え付けの道具は六条院の志で寄進された。柱の幡は特別に選ばれた支那錦で作られ、紫夫人の手による花机の被いは鹿の子染めで雅味に富んでいた。帳台の四方の帷を上げ、後ろに法華経の曼陀羅を掛け、銀の華瓶に立華を挿して供えた。
出家後の宮を院が大切にする様子は非常なもので、無限の愛情が注がれていた。御寺の帝は宮の移居を勧めたが、院は頻繁な面会を望み、同意しなかった。院は宮の邸宅を修繕させ、宮の収入や荘園からの上がりを倉庫に納めさせた。新しい倉庫も建て増しし、法皇から分配された貴重品を移して蔵わせた。
```mermaid
graph LR
A[六条院/光源氏] -->|夫| B[女三の宮/尼宮]
A -->|元夫| C[中宮/秋好中宮]
D[冷泉院] -->|父| C
A -->|父| E[夕霧/左大将]
F[紫の上] -->|妻| A
G[朱雀院] -->|父| B
H[兵部卿宮] -->|弟| A
I[左衛門督] -->|参加| J((音楽会))
E -->|参加| J
H -->|参加| J
K[藤参議] -->|参加| J
A -->|主催| J
L[衛門督] -.->|故人| J
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class B,C,D,G imperial;
class E,H,I,K,L noble;
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class J event;
```三十八の二:尼宮の庭園と十五夜の音楽会
秋になり、院は尼宮の住居の西の渡殿前から東の庭を草原に作らせた。閼伽棚も優美に配された。宮の出家に伴い、乳母たちも尼となり、若い女性の中から信念の堅そうな者だけが弟子として選ばれた。院は群衆心理での出家を戒め、十数人のみが侍することとなった。
十五夜の宵、宮が仏間の縁で念誦する中、若い尼たちが花を供える準備をしていた。院が訪れ、虫の声について語り、琴を弾き始めた。宮は数珠を繰るのも忘れ、熱心に聴き入った。
三十八の三:冷泉院への訪問と中宮との対話
冷泉院からの使いを受け、六条院は参内を決めた。静かだった音楽の夜も、車の準備や前駆の動きで乱れた。月高い夜に、若い殿上人に笛を吹かせての微行であった。昔の源氏大臣の気持ちでの突然の訪問に、冷泉院は喜んだ。
帰路、六条院は中宮のもとを訪れ、閑散な日々と昔話をする機会の少なさを語った。中宮は実家に帰ることが難しくなり、夫婦のように暮らしていたが、母の霊のために信仰の道へ進みたいと願っていた。しかし、誰もその決意に同意せず、せめて功徳を積むことで亡き霊を弔おうと精進していた。
三十九帖:夕霧
三十九の一:大将の小野山荘訪問
源左大将は品行方正を標榜していたが、今は女二の宮に心を惹かれる人になっていた。世間体は故人への友情を忘れないふうに作りながら、引き続いて一条第をお訪ねすることをしていた。しかもこの状態から一歩を進めないではおかない覚悟が月日とともに堅くなっていった。一条の御息所も珍しい至誠の人であると、近ごろになってますます来訪者が少なく、寂れてゆく邸へしばしば足を運ぶ大将によって慰められていることが多いのであった。
ある日、御息所が病気療養のため小野の山荘に移ったことを知った大将は、見舞いを口実に山荘を訪れた。簡単な小柴垣なども雅致のあるふうにめぐらせて、仮居ではあるが品よく住みなされた山荘であった。大将は宮との対面を期待しつつ、西向きの座敷に通された。
宮は簾越しに大将と言葉を交わしたが、その態度は冷やかなものであった。大将は宮の様子に心を痛めながらも、自分の思いを伝える機会をうかがっていた。夕霧が盛んに家の中へ流れ込むころで、座敷の中が暗くなっているのである。大将は帰る気配を見せず、道がわからなくなったことを口実に、山荘に留まる意向を示した。
夜が更けるにつれ、大将は宮への思いを告白し始めた。長年秘めてきた気持ちを吐露し、宮の心を動かそうとしたが、宮は依然として冷淡な態度を崩さなかった。大将は強引に近づこうとしたが、宮はただ恐れおののくばかりで、襖越しに身を隠そうとした。大将は宮の意志を尊重しつつも、自制を保つことに苦心していた。
```mermaid
graph LR
A[夕霧/左大将] -->|夫| B[雲井の雁/三条夫人]
A -->|恋慕| C[女二の宮]
D[六条院/光源氏] -->|父| A
E[御息所] -->|母| C
F[柏木] -->|故夫| C
G[太政大臣] -->|父| B
H[大和守] -->|甥| E
I[少将] -->|女房| C
J[花散里] -->|継母| A
K[典侍] -->|愛人| A
L[法皇] -->|父| C
A -->|養子縁組| M[六条院の子女]
E -.->|遺言| A
A -->|庇護| C
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class D,G,H noble;
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class E,F deceased;
```三十九の二:宮の苦悩と御息所の気づき
翌朝、大将が去った後、宮は自分の軽率さを悔やんでいた。異性を近づけすぎてしまったことへの後悔と羞恥の念に苛まれ、母御息所に事の次第を打ち明けられずにいた。宮はただ困ったこととお思いになって、いっそうものを多くお言いにならぬことになった。
一方、御息所は娘の様子の変化に気づき、不審に思っていた。ある日、律師から大将の夜間の滞在について聞かされ、驚きと悲しみに襲われた。御息所は宮を呼び寄せ、事実関係を確認しようとしたが、宮は恥ずかしくおなりになり、横になっておしまいになって、何も仰せられなかった。
御息所は娘の将来を案じ、病状が悪化する中で宮の処遇について思い悩んだ。宮の不幸な運命を嘆き、どうすれば良いのかと苦悩していた。御息所は自分の病状よりも、宮の将来を心配する気持ちが強く、それが却って病を重くしているようであった。
大将からの手紙が届くたびに、御息所の苦悩は深まっていった。宮の幸せを願いながらも、大将との関係が世間の批判を招くのではないかと懸念していた。御息所は自分の死後、宮がどのような道を歩むことになるのか、不安を募らせていた。
三十九の三:御息所の死と宮の悲嘆
御息所の容態は日に日に悪化していった。ある夜、御息所は宮を呼び寄せ、最後の言葉を残そうとしたが、言葉を十分に伝えることができないまま、息を引き取った。悲しいことである。昔から物怪のためにたびたび大病をしてもうだめなように見えたこともおりおりあったのであるから、また物怪が一時的に絶息をさせたのかもしれぬと僧たちは加持に力を入れたのであるが、今度はもう何の望みもなく終焉の体はいちじるしかった。
宮はともに死にたいと思召す御様子でじっと母君の遺骸に身を寄せておいでになった。女房たちは宮の様子を見かねて、生死の別れの道理を説いたが、宮の悲しみは収まることがなかった。
葬儀の準備が進められる中、宮は現実を受け入れられず、ただ泣き続けていた。山荘は悲しみに包まれ、秋の寂しさがいっそう際立っていた。宮は母との思い出を胸に、静かに日々を過ごしていた。山荘の景色は秋から冬へと移り変わり、寒さが増していった。木々の葉が落ち、冷たい風が吹く中、宮の悲嘆は癒えることがなかった。
三十九の四:夕霧の煩悶と宮の冷淡な態度
夕霧大将は御息所の死を知り、すぐに弔問に訪れた。しかし、宮は面会を拒み、大将の言葉に一切応じようとしなかった。大将は宮の悲しみを理解しつつも、自分への冷淡な態度に困惑を感じていた。
大将は日々手紙を送り続け、自分の真心と御息所への哀悼の気持ちを伝えようとした。しかし、宮からの返事は一向に得られなかった。どんな悲しみにも際限はあるはずであるのに、今になってもまだ自分の音信に取り合わぬ態度をお続けになるのはどうしたことであろう、あまりに人情がおわかりにならぬと恨めしがるようになった。
大将は宮への思いを断ち切れない一方で、妻や周囲の目を気にしていた。夫人の雲井の雁との会話では、さりげなく振る舞おうとしたが、その態度が却って疑念を招いていた。大将は自分の心の動揺を隠しつつ、宮との関係を進展させたいという願望と、世間体を保つべきという義務感の間で揺れ動いていた。
朝廷や貴族社会では、大将と宮の噂が密かに広まりつつあった。御息所の死後、宮の処遇について様々な憶測が飛び交い、大将の行動を注視する目が増えていた。大将はこうした状況下で、慎重に行動しながらも宮への思いを捨てきれずにいた。
三十九の五:小野山荘の悲しみと宮の孤独
宮は御息所の死後も小野山荘に留まり、深い悲しみに沈んでいた。山おろしが烈しくなり、もう葉のない枝は防風林でも皆なくなった。寂しさの身にしむこの季節のことであるから、空の色にも悲しみが誘われて、宮は歎きを続けておいでになる。
大将からの度重なる手紙や見舞いの品も、宮の心を動かすことはなかった。宮は母の死の原因が大将にあると思い込み、その存在を忌み嫌っていた。手紙を見ることすら拒み、大将の名前を聞くだけで涙を流すほどだった。
周囲の女房たちも宮の様子を案じつつ、慰めの言葉もかけられずにいた。宮の悲しみがあまりに深く、誰もその心の内に触れることができなかった。山荘は静寂に包まれ、ただ宮の嘆きの声だけが時折聞こえるばかりだった。
宮付きの女房たちは、宮の様子を見守りながら、その将来を案じていた。御息所という後ろ盾を失った今、宮がどのような道を歩むべきか、誰もが頭を悩ませていた。大将との関係については、意見が分かれており、ある者は宮の幸せのためにはよい縁かもしれないと考え、またある者は宮の尊厳を損なうものだと憂慮していた。
月日は流れゆくものの、宮の御心は慰められることなく、ただ悲しみに沈んでおいでになるばかりであった。大将は相変わらず音信を絶やさず、何とか宮の御心を開かせようと努めておられたが、宮はついぞ心を動かされることもなく、冷淡なお態度を崩されることはなかった。かくして宮と大将の間には埋めがたい溝ができ、ただ時のみが虚しく過ぎゆくのであった。
三十九の六:夕霧の新たな恋心
夕霧大将は、亡くなった御息所の遺言が気がかりで、女二の宮を小野の山荘に訪ねようとしていた。四十九日の喪が明けてからゆっくり事を運ぶべきだと分かっていながら、もはや噂を恐れる必要もないと考え、どの男性でも取るであろう方法で進めば良いと思い込んでいた。九月半ばのころ、野山の色は人の心を悲しませるような景色となっていた。山おろしに木の葉や峰の葛の葉が音を立て、僧の念仏の声だけが聞こえる寂しい山荘であった。
夕霧は西の妻戸の前で中へ言葉をかけ、少将を呼び出した。彼は自分の誠意を認めてほしいと訴え、御息所の最後の手紙について語った。宮の冷淡さを嘆き、孤独になった宮を支える者は自分しかいないと主張した。少将は御息所の最期の様子を涙ながらに語り、夕霧の心を揺さぶった。
しかし、宮からの返事は礼儀的なものにとどまり、夕霧は失望しながら帰路についた。途中、一条の宮の前で立ち寄り、かつての柏木との思い出を振り返った。月光に照らされた池を見て、亡き友を偲んだ。三条の邸に戻った夕霧は、妻の夫人が良人の変化を悲しんでいることに気づいた。夫婦は離れた気持ちで身をそむけたまま、何も言わずに夜を明かした。
三十九の七:夕霧と宮の対立
翌朝、夕霧は小野の山荘へ手紙を送った。返事には宮の歌が含まれており、夕霧は喜びつつも、その冷淡さに悲しみを感じた。六条院も夕霧の恋愛問題を聞き及び、心配していた。院は自身の青春時代の好色な評判を思い出し、夕霧がそれを埋め合わせてくれるものと期待していたが、その期待が裏切られる寂しさを感じていた。
夕霧は小野の山荘を引き上げ、一条の邸へ宮を移すことを決意した。大和守に命じて、邸の修理や必要な準備を整えさせた。しかし、宮は強く抵抗し、内蔵に籠もってしまう。夕霧は宮の冷たさに苦しみながらも、粘り強く接近を試みた。
宮は母の喪中であることを理由に、夕霧との関係を拒み続けた。夕霧は宮の態度に失望しつつも、諦めきれない思いを抱いていた。彼は宮に対し、普通の居間に出てきてほしいと懇願し、それ以上のことは待つと約束した。しかし、宮は夕霧の一方的な決定に恨みを感じ、さらに拒絶の姿勢を強めた。
夕霧は宮の冷淡な態度に悩みながらも、三条の夫人への罪悪感も感じていた。彼は二つの愛の間で引き裂かれ、どちらも満足させることができない苦しみを味わっていた。夕霧は宮の美しさに心を奪われつつも、その態度の冷たさに戸惑いを覚えていた。
三十九の八:三条の夫人の苦悩
三条の夫人は、夫の変化に深く傷つき、父の大臣家へ逃げ出してしまう。夫人は子供たちの半分だけを連れて行き、残りの子供たちは三条の邸に残された。夕霧は驚きつつも、予感していたことだと思った。子供たちの様子を見て心苦しく感じた夕霧は、夫人を迎えに行くが、冷たい対応を受ける。
夕霧は夫人に対し、子供たちのためにも元の関係に戻ってほしいと説得を試みた。彼は昔からの深い愛情を語り、二人の結びつきの強さを訴えた。しかし、夫人の態度は硬く、簡単には折れそうになかった。夫人は良人の変心を嘆き、自分の若い頃の忍耐を思い出していた。
夕霧は子供たちを気遣いつつ、女二の宮のことも考え、苦悩を深めていった。彼は二つの家庭の間で板挟みとなり、どちらも幸せにすることができない苦しみを感じていた。一方で、夫人は自分の立場の不安定さを感じ、子供たちの将来を心配していた。
大臣は娘と婿の不和を聞き、外聞を気にしていた。彼は娘に対し、軽率な行動を戒め、静観することを勧めた。同時に、一条の宮にも手紙を送り、事態の収拾を図ろうとした。大臣は家の名誉を守るため、慎重に事態を見守りつつ、両者の和解を期待していた。
三十九の九:複雑化する人間関係
宮は大臣からの手紙に返事を書くのに苦心し、涙ながらに短い歌を認めた。蔵人少将が使者として訪れ、宮の様子を見守りつつ、親しみを求めた。少将は亡き兄のことを思い出しながら、宮との距離を縮めようと努力した。
一方、典侍は雲井の雁夫人の苦悩を察し、手紙を送った。夫人は複雑な思いを抱きつつも、返事を認めた。典侍は夕霧との過去の関係を持ちながらも、現在は疎遠になっていた。しかし、彼女は依然として夕霧の子供たちの母として、重要な存在であった。
夕霧の子供たちは、夫人と典侍の間に分かれて育っていた。夫人は長男、三男、四男、六男と、長女、二女、四女、五女を産み、典侍は三女、六女、二男、五男を産んでいた。特に典侍の生んだ子供たちは優秀で、六条院の花散里夫人が世話をしていた。
これらの子供たちは、複雑な家族関係の中で、それぞれに成長していった。六条院も孫たちを可愛がり、特に花散里夫人が預かっている子供たちをよく目にかけていた。夕霧の子供たちは皆よい子で、それぞれの特色を持って成長していった。典侍の生んだ男の子は顔もよく、才もあって皆すぐれていた。三女と二男は花散里夫人が手元で世話をし、院も始終ご覧になって愛しておられた。
