【☕#289】『戦略ごっこ』が暴く、マーケターが信じている常識の嘘とエビデンスが示す本当の成長法則
なぜ「頑張っている」のに成果が出ないのか
マーケティングに真剣に取り組んでいるのに、なぜか成果が出ない。
そんな経験をお持ちの方は少なくないでしょう。
『戦略ごっこ』は、この問題の本質を鮮やかに突きます。
料理に例えるなら、いくら腕の良い料理人でも、砂糖と塩を取り違えたら、おいしい料理は作れない。
多くのマーケターが依存している「常識」や「成功事例」が、実は科学的な根拠に基づくと誤っているか、一般化できないものだとしたらどうでしょうか。
本書は、この「常識」と「事実」の乖離を、エビデンス(科学的に検証された市場データ)に基づいて容赦なく暴いていきます。
たとえば、こんな常識を信じていませんか。
上位20%のヘビーユーザーが売上の80%をもたらす
新規獲得は顧客維持の5倍コストがかかる
ロイヤル顧客を育成することが成長の鍵である
これらはすべて、エビデンスが示す「事実」とは異なります。
本書から、エビデンスに基づいた事業成長のための3つの原則を抽出しました。
1. 浸透率がすべての起点である
最初に押さえるべきは、マーケティングにおける最重要法則「ダブルジョパディの法則」です。
この法則は、次のように定義されます。
マーケットシェアの低いブランドは、購買客数が少なく(低い浸透率)、かつ、それらの購買客のロイヤルティもやや低い(低い購買頻度)という二重の不利を被る。
大きなブランドと小さなブランドの違い
多くの人が「小さなブランドは、数こそ少ないが熱心なファンに支えられている」と信じています。
しかし、事実は逆です。
大きなブランドの方が、顧客数が多いうえに、顧客一人ひとりのロイヤルティも(わずかですが)高いのです。
因果関係の向きが決定的に重要
この法則が示す最も重要な示唆は、因果関係の向きです。
顧客数(浸透率)が増えればロイヤルティも自然と高まるが、ロイヤルティだけを高めようとしても顧客数は増えない。
ロイヤルティは浸透率に従属する変数であり、独立して操作することは極めて困難です。
成長の起点は、常に顧客基盤の拡大にあります。
パレートの法則の誤解
「上位20%のヘビーユーザーが売上の80%を占める」という法則も、実は事実ではありません。
実際のパレートシェアは年単位で見ると50〜60%程度です。
さらに重要なのは、「平均への回帰」という現象により、ある年のヘビーユーザーの約半数は、翌年にはライトユーザーや非顧客になることです。
ヘビーユーザーであることは恒久的な「特性」ではなく、一時的な「状態」に過ぎません。
常に固定された層ではない流動的な存在に過度に依存することは、不安定な顧客基盤の上で事業を運営することを意味するのです。
2. 差別化ではなくメンタルアベイラビリティを構築する
二つ目の原則は、「WHAT(何を提供するか)」についてです。
「差別化」は、長らく戦略の要とされてきました。
しかし、エビデンスはその役割をより冷静に評価する必要があることを示唆しています。
差別化の限界
研究によれば、差別化はマージン(利益率)の向上には貢献しますが、ボリューム(販売量)、すなわち浸透率の拡大への貢献は限定的です。
さらに、独自の「ポジショニング」を確立することで成長できるという考え方も神話に近いものです。
ブランドイメージは、マーケットシェアを動かす主要な「原因」ではなく、シェアが高まった「結果」として形成されることがほとんどです。
市場を分析すると、競合ブランド間の顧客プロファイルが驚くほど酷似しているという規則性が繰り返し観測されています。
これは、STP戦略の基本前提である「特定のターゲット層に深く刺さることで成長する」という考え方が、現実の市場では機能していないことを強く示唆しています。
メンタルアベイラビリティとは
では、何を目指すべきか。
独自の心理的ポジションを確立しようとするのではなく、メンタルアベイラビリティを構築しなければなりません。
メンタルアベイラビリティとは、可能な限り多くの購買状況(カテゴリーエントリーポイント)において、カテゴリーの全ての潜在顧客の頭の中に、自社ブランドが真っ先に、あるいは容易に思い浮かぶ状態のことです。
コカ・コーラやKFCの広告を思い浮かべてください。
彼らは製品の優位性を説得しようとはしません。
むしろ、様々な生活シーンとブランドを結びつけ、「ああ、こういう時にコーラを飲むと最高だな」という記憶を呼び覚ましているのです。
3. 広告の役割は「説得」ではなく「パブリシティ」である
三つ目の原則は、「HOW(どのように伝えるか)」についてです。
広告の役割についても、常識は覆される必要があります。
95:5ルール
特に重要なのは「95:5ルール」という概念です。
これは、特定の時点において、市場で積極的に購買を検討している顧客はわずか5%であり、残りの95%はまだ市場にいない潜在顧客である、という考え方です。
この「今すぐ客ではない95%」の心の中に、将来の選択肢として自社ブランドを植え付けておくことが、持続的成長の生命線となります。
リーチの最大化
この考え方は、メディアプランニングに直接的な示唆を与えます。
成熟市場においては、少数のターゲットに何度も広告を当てるフリークエンシー(接触頻度)よりも、より多くの潜在顧客に一度でも広告を届けるリーチ(到達範囲)の方が圧倒的に重要です。
広告の主要な役割はパブリシティ、すなわち広く知らせることにあります。
その機能は、消費者が購買の瞬間に自社ブランドを思い出しやすくするために、記憶の中の結びつきを構築し、リフレッシュすることなのです。
主力商品への投資
このエビデンスから導かれる重要な示唆があります。
「担ぐべき神輿は常に主力商品である」
認知率100%に近いロングセラー商品を宣伝するより、新商品の広告費に回した方がいい、という考え方は事実ではありません。
主力商品のメンタルアベイラビリティを維持・強化することが、最も確実な成長への道なのです。
今日から始める3つのアクション
アクション1:KPIを「浸透率」に切り替える
成長の主要評価指標を、ブランドイメージスコア、購入意向、NPSといった「態度指標」への依存から脱却させてください。
今後は浸透率(顧客数の拡大)を最優先のKPIとして設定します。
よくある失敗:ロイヤルティ施策で成長を目指す
「既存顧客の離反を少し減らすだけで利益は大幅に改善される」といった神話を信じて、ロイヤルティ向上に資源を集中する。
しかし離反率はシェアの関数であり、マーケターが独立してコントロールできる変数ではありません。
アクション2:ターゲットを「ライトユーザー・未顧客」に広げる
マーケティング活動のターゲットを、既存のヘビーユーザーから、ライトユーザーおよび未顧客へと広げてください。
ブランドの成長ポテンシャルの8〜9割は、この広大な層に存在します。
よくある失敗:ヘビーユーザーへの施策に集中する
「上位20%の顧客が売上の80%をもたらす」という誤った前提に基づき、ヘビーユーザーだけに注力する。
しかし彼らは流動的な存在であり、市場の大多数を占めるライトユーザーや未顧客を取り込めていなければ、成長は頭打ちになります。
アクション3:広告投資を「リーチ最大化」に集中する
メディアプランニングにおいて、少数のターゲットへの接触頻度よりも、より多くの潜在顧客へのリーチを最大化することを優先してください。
特に主力商品のメンタルアベイラビリティを継続的に強化・維持することが重要です。
よくある失敗:新商品に予算を偏重する
新商品への過度な期待と投資が、結果として事業全体の基盤を弱体化させるリスクがあります。
売上の大部分を支え、最も多くのライトユーザーとの接点となっている主力商品への投資を優先してください。
関連書籍
本書の内容をさらに深めるには、バイロン・シャープ『ブランディングの科学』がおすすめです。
本書で紹介されているダブルジョパディの法則やメンタルアベイラビリティの概念について、より詳細な解説と豊富なデータが提供されています。
また、森岡毅・今西聖貴『確率思考の戦略論』も併読すると理解が深まります。
エビデンスに基づいた意思決定という本書のアプローチと、データ駆動型マーケティングの実践例を学べます。
おわりに:『戦略ごっこ』から脱却する決断
本書が最後に強調するのは、エビデンスベースドマーケティングへの移行の必然性です。
経済学者ジョン・メイナード・ケインズはこう言ったとされています。
「事実が変われば、私は考えを変えます。あなたはどうしますか?」
新しいエビデンスが目の前に提示されたとき、我々は過去の常識に固執するのか、それとも事実に基づいて考えを改めるのか。
19世紀、医師ゼンメルワイスは「医師の手洗いが産褥熱による死亡率を劇的に下げる」というエビデンスを発見しましたが、当時の医学界の常識と相容れないため、猛反発を受けました。
「今までこのやり方でやってきた」「あの有名マーケターもそう言っている」といった理由で事実から目を背けることは、本来得られたはずの売上を失い、事業そのものを蝕んでいきます。
エビデンスベースドマーケティングの採用は、単なる新しい戦略的選択肢の一つではありません。
それは、ビジネスを憶測や物語から解放し、科学的で、合理的で、そして何よりも効果的な事業実践へとコミットするための、必然的な決断なのです。
書籍について
世の中には、マーケティングやブランディング系の話があふれています。
毎年のように新しいキーワードが登場し、ネットを検索すれば「すご腕マーケターの成功事例」から「偉い先生が提唱する有名な理論」、果ては「どこかのコンサルが考えた独自フレームワーク」まで山のように出てきます。
しかし、本当にそれで事業が成長するのでしょうか?
なぜ、みんな言っていることが違うのでしょうか?
STP、顧客ロイヤルティ、新規獲得と離反防止、リピート、差別化、ニッチ戦略、ブランドイメージ、パーセプション、ポジショニング、プレミアム化、推奨、ファンマーケ、購買ファネル、クリエイティビティ、予算配分の最適化、マーケティングROI……。
本書では、このような「みんなそう言ってるから、まあそういうものなんだろう」的な話の根拠を、海外の実証研究や論文を中心に徹底的に掘り下げました。その結果、事実ではない、一般的に有効とは言えないケースが数多く見つかりました。消費者理解から商品開発、プライシング、流通、広告コミュニケーションまで、戦略や戦術に関わるほぼ全ての面で「根本的な事実誤認」があるようです。
現実と理屈が合わないとき、間違っているのは理屈のほうです。現在はリスキリングがはやっていますが、本来知り直すべきなのは「こうするとこうなる」「そうしたくても、そうはならない」という、市場と消費者行動に関する基本的なファクトです。そこを勘違いしたままでは、どんなに素晴らしいアイデアでも水の泡、企業の貴重なリソースが無駄になります。今こそ事実に基づいて、ビジネスやマーケティングの「当たり前」を見直しましょう。
著者について
芹澤 連(せりざわ・れん)
株式会社コレクシア マーケティングプランニング局長
マーケティングサイエンティスト。数学、統計学、計量経済学、データサイエンスなどの理系アプローチと、心理学、文化人類学、社会学などの文系アプローチに広く精通。未顧客理解の第一人者として、事業会社やメーカーのマーケティングや事業拡大を支援すると共に、社内研修などの講師を務める。「芹澤顧客研究ラボ」主催。シニアマーケターの知見を若年層マーケターに継承、育成する「マーケティングU-40」を牽引。著書に『顧客体験マーケティング』(インプレス)、『“未”顧客理解:なぜ、買ってくれる人=顧客しか見ないのか?』
音声
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