1年に1本、メガネを買う
私は1年に1本、必ずメガネを買う。
時期もだいたい決まっている。
3月、4月、5月、そのあたりだ。
別に、「よし今年も買うぞ」と決めているわけではない。
年間の予定に入れているわけでもないし、ノルマみたいに思っているわけでもない。
視力が急に悪くなったからというわけでもない。
なのに、そのくらいの時期になるとなぜか欲しくなる。
気づけば、もうそれが6年くらい続いている。
我ながら少し不思議な習慣だ。
しかも毎年買うメガネは、同じではない。
黒縁の年もある。
金縁の年もある。
縁なしの年もある。
ちゃんと印象が違う。
選んでいる時は、その年その年で「今の自分にはこれやな」と思って買っているのだろうけれど、あとから並べてみるとそれがもっとはっきりわかる。
なんとなくその年の自分らしさが出ているのである。
ここがメガネのおもしろいところだと思う。
服ほど大げさではない。
でも、顔のすぐ近くにある。
毎日かける。
他人から見ても印象が変わる。
そして自分でも、鏡を見るたびにその年の自分を確認することになる。
つまりメガネは思っている以上にその時の自分の美意識とか気分とか、世界との距離感まで出るのだと思う。
たとえば黒縁を選ぶ年は、輪郭をはっきりさせたい時なのかもしれない。
ちゃんとしたいとか、少し強く見せたいとか、そういう気分があったのかもしれない。
金縁を選ぶ年は、もう抜け感がほしかったのかもしれない。
縁なしの時は、軽さとか、余計なものを減らしたさがあったのかもしれない。
その時はそこまで分析していない。
普通に「これいいな」で買っている。
でもあとから見るとちゃんとその年の自分が出ている。
私は、メガネを視力矯正の道具としてだけでは見ていない。
もっと自分の機嫌とか輪郭を整えるものとして見ているのだと思う。
新しいメガネを買うと、新しい自分になれる。
いや、正確には、新しい自分になるというより、その年の自分にぴったりな顔をやっと見つける感じがある。
今の私はたぶんこれだな、という感じ。
だから春に欲しくなるのかもしれない。
3月、4月、5月。
季節が少し変わって、空気が軽くなる。
年度も変わる。
なんとなく去年のままではいたくない気分になる。
そういう時にメガネを一本買うのは、けっこう理にかなっている。
服を全部変えるほどではない。
髪を大きく変えるほどでもない。
でも、顔まわりを少し変えるだけで、自分の見え方は意外と変わる。
そのささやかな変化が、春にはちょうどいい。
そして何年分かのメガネを並べると、おもしろい。
もちろん全部好きで買っている。
でも並べると、ちゃんと差がある。
ああ、この年の私はこういう感じになりたかったのか、とか、
この頃はちょっと強めの輪郭がほしかったのかもしれないな、とか、
逆にこの年はかなり軽やかさを求めていたのかもしれないな、とか、
そういうことが少し見えてくる。
メガネはけっこう正直だ。
その年の気分が出る。
その年の願望が出る。
その年の自分の「こう見えたい」が少しだけ乗る。
だから、あとから見返すと、その年の記録になる。
写真ほどあからさまではない。
日記ほど説明的でもない。
でも、メガネにはその年の自分がちゃんと残る。
そうやって、私は1年に1本メガネを買う。
そして並べてみると、そこには6年分の私が少しずつ違う顔で並んでいる。
