【テニス観戦】東京で観たATP500とマドリードで観たATP1000は別のスポーツに感じた
2025年9月、ATP500 Tokyoで準決勝、
カルロス・アルカラス vs キャスパー・ルード、
テイラー・フリッツ vs ジェンソン・ブルックスビーの試合を観戦しました。
そして2026年4月、今度はスペイン・マドリードへ。
ATP1000、Mutua Madrid Open の準々決勝、
アレクサンダー・ズべレフ vs フラビオ・コボッリ を現地で観戦しました。
どちらの試合も、思わず笑ってしまうほどのスーパープレイの連続で、テレビでは伝わらない打球音やサーブスピードを体感できる、最高の時間でした。
ただ、強く印象に残ったのは試合そのものだけではありません。
東京とマドリードでは、会場を包む空気がまるで違っていたのです。
観客の熱量、街全体の盛り上がり、そしてテニスというスポーツの立ち位置。
同じATPツアーでありながら、そこには「別のスポーツを観ている」と感じるほどの違いがありました。
本記事では、実際に現地で観戦して感じた、東京とマドリードのテニス文化の違いについて書いてみたいと思います。
レアル・マドリードとテニス

サッカーに詳しくない人でも知っているであろう世界的クラブ、
レアル・マドリード。
レアル・マドリードのホームスタジアム、サンティアゴ・ベルナベウに期間限定でテニスのクレーコートが設置されていたのをご存知でしょうか。
このクレーコートは、Mutua Madrid Open の開催期間中、大会出場選手たちの公式練習コートとして設置されたものです。

前日のイベントではレアル・マドリード所属のティボ・クルトワとジュード・ベリンガム、スペインテニス界の伝説ラファエル・ナダルと現在世界ランキング1位のヤニック・シナーが、このベルナベウのクレーコートでラリーをしていました。
そのイベントの動画を見たら、実際に行ってみたくなりました。
サッカー大国スペイン、その中心であるマドリード。
しかもシーズン終盤という重要な時期にも関わらず、これほど大掛かりなテニスイベントを開催する。
そこからは、「マドリードオープンを街全体で盛り上げよう」という熱量が強く伝わってきました。
そして私は、この翌日に訪れるATP1000の会場に、ますます期待を膨らませることになったのです。
リッツ・マドリードとテニス
試合観戦の前日に宿泊していたホテル、マンダリン・オリエンタル リッツ マドリードにはMutua Madrid Openに出場している選手やその関係者が宿泊していました。

顔を見ただけでは誰かわからない選手もいましたが、1人だけ知っている選手がいました。
現在世界ランキング1位のS選手です。
運良く一緒に写真も撮ってもらったのですが、なぜか保存されておらず、その写真は残念ながらこの世界に存在しません。
ただ、不思議と「写真が残っていないこと」すら、今では良い思い出になっています。
写真を撮った直後、リッツで30年以上ドアマンを務める名物スタッフが、笑顔でこちらを見ながら一言。
「VVIP.」
その瞬間、このホテルが単なる高級ホテルではなく、世界最高峰の大会を支える舞台の一部なのだと実感しました。
ワクワクする会場Caja Mágica
Mutua Madrid Openはマドリードの郊外に位置するCaja Mágica(カハ・マヒカ)で毎年開催されています。

マドリードメトロ3番線の駅、San Fermín-Orcasur駅から徒歩15分ほどで到着します。
準々決勝の会場はセンターコートのEstadio Manolo Santanaで行われました。
そこに向かう途中で横を見ると、日本ではなかなか見れない赤土のクレーコートが。

この日のチケットはナイトセッションなので、試合開始は20:00でした。
そして、早速感じた東京との違いはドレスコードです。
特に若い女性はパーティーに参加するようなドレスが多かったです。
東京ではスポーツウェアやデニムにTシャツのようなスタイルが目立っていましたので、全く違いました。
初めての会場で起きた問題
タンブラーにドリンクを入れてきていたので、荷物検査に引っかかり、タンブラーの中身を全部捨てられ、空のタンブラーは入り口の棚に置くように言われました。

昨日買ったばかりの、スターバックスベルナベウ限定のタンブラーなので、誰かに持って帰られないかずっと不安でした。
荷物検査を通過すると、センターコートのコンコースに到着。

到着して、すぐに入ろうと思いましたが、試合はすでに始まっていて、3ゲーム終わるまで会場には入れませんでした。
コンコースの画面で試合を見ていました。
せっかくきたから早く入りたいけど、テニスはマナーに厳しいのでチェンジコート間の数分間しかセンターコートの会場内を歩けません。

コンコースのフードエリアは充実しており、椅子とテーブルも用意してありました。しかし、誰も座ってはおらず、列もあまり並んでいませんでした。
試合が始まったから当たり前ですね。
3ゲーム目が終了し、やっと会場に入ることができました。




ここでもう一つの問題が発生しました。
自分の席がわからない。
チケットの番号に従って、席に向かうと人が座っていました。
一旦戻って、スタッフに聞いてみるも、言語の壁でなかなかスムーズなやり取りができず、そうこうしているうちに第4ゲームが始まりました。
一旦出るか、その辺の空いている席にとりあえず座るように言われたので、一番近い席に座りました。
ラッキーなことに、そこがVIP席だったので写真にあるようにかなり近くで見ることができました。
再びチェンジコートの間に席を探しましたが、再び見つからず。
また、近くの席に座ってみていましたが、自席じゃないのでなんだか落ち着きません。
そうして、自席にたどり着けないまま1セットは6-1でズべレフが取りました。
セット間はチェンジコートよりも時間が長く、席を立つ人も多いので、ちゃんと探してみると、ちゃんと席が空いてて、やっと座ることができました。
観戦して感じたこと
第2セットから自分の席で観戦することがやっと叶いました。
試合結果は第2セットも6-4でズべレフが取り、ストレートで準決勝進出を決めました。
ズべレフはドイツ、コボッリはイタリアの選手です。しかし会場の雰囲気は、驚くほどコボッリ寄りでした。
第3セットまでもつれてほしいという思いからなのか、それとも若手の挑戦者を応援したかったのか。その理由は分かりませんが、観客の声援は圧倒的にコボッリへ向けられていました。
そして何より驚いたのは、その熱量です。
試合内容だけで言えば、以前東京で観戦したアルカラス対ルードの準決勝の方が展開は読めず、よりスリリングだったように思います。
しかし、観客の盛り上がりはマドリードの方が明らかに上でした。
東京では好プレーに拍手は起こるものの、全体としては比較的落ち着いた雰囲気です。観客の中には食事をしながら観戦している人も多く、私自身もそれが普通だと思っていました。
ところがマドリードでは違いました。
私もカフェラテを片手に観戦していたのですが、ポイントが終わるたびに会場全体から大きな拍手と歓声が湧き上がります。
自然と自分も拍手をしたくなり、途中からは飲み物が邪魔に感じるほどでした。
それくらい、観客全員が試合に没入していたのです。
気付けば私自身も、「まだ終わらないでほしい」という気持ちでコボッリを応援していました。
しかし、ズベレフはやはり強かった。
観客の期待を背負ったコボッリを相手にしても動じることなく、自分のプレーを貫き、最後はきっちり勝ち切りました。
中には、ズベレフがサーブを打つ直前に声を出して妨害する観客もいました。
もちろんマナー違反です。
それでも集中力を切らさないズベレフの姿は、トップ選手らしい貫禄を感じさせました。
一方で、観戦マナーそのものはマドリードの方が高いようにも感じました。
東京ではポイント中に席を立ったり移動したりする人を何度も見かけましたが、マドリードではそうした光景はほとんどありません。
ヨーロッパではテニスがより身近なスポーツであり、観戦経験の豊富な人が多いからかもしれません。
だからこそ、ポイント間の静寂は驚くほど深く、そこから一転して湧き上がる拍手や歓声は、より大きく感じられました。
試合は約1時間半で終了。私はしばらく余韻に浸りながらセンターコートに残っていました。
やがてスタッフがコートにシートをかけ始め、会場は「今日の興行は終わり」という空気に包まれていきました。
翌日はバルセロナからクルーズ船に乗船する予定で、朝6時22分発の列車に乗らなければなりません。
名残惜しさを感じながら、私はセンターコートを後にし、コンコースへと向かいました。

これからパーティーの予感
コンコースへ降りると、そこには想像を超える人の数がいました。
東京の大会の感覚でいれば、試合終了後は駅へ向かう人で混雑し、帰り道が大変なことになるはずです。
ところが、誰も帰ろうとしていません。
人々はフードブースの前に長い列を作り、フードエリアは満席状態。空いているテーブルを探すのも難しいほどでした。
多くの人がピザや軽食を片手に、お酒を飲みながら試合の話で盛り上がっています。
つい先ほどまでコートで繰り広げられていた熱戦を肴に開かれるピザパーティー。
その光景はとても楽しそうで、テニス観戦の余韻をみんなで共有しているようでした。
私は人混みをかき分けながら出口へ向かいましたが、驚くことに出口付近にはほとんど人がいません。
タンブラーを無事に回収し、駅へ向かおうとしたその時です。
すでに試合は終わっているにもかかわらず、タクシーからドレスアップした女性たちが次々と降りてきて、会場へ入っていく姿が見えました。
その光景を見た瞬間、ふと思いました。
ヨーロッパにおけるテニス観戦は、単なるスポーツ観戦ではないのかもしれない。
試合を観て終わりではなく、仲間と語り合い、お酒を飲み、交流を楽しむ。
そこには社交の場としての役割もあるように感じました。
東京で観たATP500と、マドリードで観たATP1000。
コートの上で行われている競技は同じテニスです。
しかし、その周りを取り巻く文化や人々の楽しみ方は、まるで別のスポーツを観ているかのような違いがありました。
だからこそ、この日の体験は試合結果以上に印象に残っています。
