信頼する!を考えてみた!
信頼する!
前回このことを記事にして、コメントを書いていく間に、
なんだか、とっても大切なポイントになるのではないのかな?
そう思いました!
信頼関係を築くことが
大切なことは理解できるけど…
信頼関係を築くことが、
難しいと感じているのは…
もしかして、
人を信頼する!
これが難しいからなのかな?
どうして、人を信頼することができないのだろう?
どうして、人を信頼することができるのだろう?
その違いってなんだろう?
そのように思います…
信頼して、裏切られたくない…
信じていたのに、ショックを受けたくない…
傷つきたくない…
人を信頼できない理由には、
そのような気持ちがあるように思う…
その人のこれまでの生い立ちや過去の経験、
個人の特性と、さまざまな要因となるものが考えられる…
要因を考えるのではなく、
その真意を考えてみたい…
その考えの真意には、
信頼 = 自分の理想の成就
この重なりがあるように思う…
信頼 ← 自分をわかってくれる
自分をわかってくれる = 自分の理想の成就
このような図式の考えを持っているように思う…
実際には、
信頼は、100%ではなく、完全ではないもの!
自分をわかってくれる ≠ 自分の理想の成就
ということ!
信頼することを苦手とする人は、
相手を100%の完全にしている傾向があるのではないだろうか?
信頼=自分の理想の成就を100%とした場合…
100%でない時は、全てが否定となってしまう!
100でなければ、それは 0 となってしまうのだろう…
そのために、傷つきや不信も多くなっていくように思う…
信頼していても、
相手も不完全なもの!
という理解をすることって、
大切だ!
そうすると…
不完全であるから…
半信半疑に、
当たり障りなく、付き合いをしてしまう人も多いのだろう…
それも必要な付き合い方だ!
でも、そうなると…
信頼関係を築くというところにはいけない……
半信半疑では、信頼度は50%の半々なのだ!
可もなく不可もなくとなる…
信頼するとなると…
徐々に信頼度合いを60、70と上げていくけど、
そこからなぜか、知らないうちに…
期待が乗って、100となっていることがある……
あるところまでいくと…
人は、急に自分の手を止めてしまう…
相手に任せてしまうのだ…
気を緩めていることであり、
それは相手を信頼していることではあるけれど…
自分のことを相手が何でもしてくれる
ということではない…
相手は完全なものではない…
どうも、そのようなところの
コントロールの微調整が
うまく働いていないのではないだろうか……
人は不完全であるという理解!
不完全さを持ち合わせている!
相手も!自分も!
そういうものだという理解がきっと必要なのだろう…
とても信頼している相手であっても、
相手も不完全であるのだ!
相手の不完全な部分とは、
自分である、あなた自身が、
どうにかする部分ということ!
それは、自分の不完全な部分についても同じだ!
誰かがどうにかしてくれるものではなく…
自分がコントロールしていく部分というものだ!
自分のものであれ、相手のものであれ、
不完全なものを
自己コントロールしていくということ!
この部分もとても大切なことだ!
傷つくことを恐れて、
距離を取るということではなく…
どうしたら、小さなかすり傷くらいで
自分で手当をしていけるくらいになるのかな?
傷つかないようにするのではなく…
自分でチョンチョンと手当できるくらいの傷なら大丈夫!
そんな風に考えていくといいのかな?
不完全さを理解して、
対処の方法もわかっていれば、
信頼する!
ということに、抵抗も少なくなるかな〜
そして、
信頼するって、
片方だけが理解すればいいってことではないな〜と感じた…
互いに理解することで、
関係性が築けるのだな〜と感じた!
お互いの協働作業!
なんじゃないかな〜😊
共感的に、細かなところまで理解してくれる
寄り添い、互いに理解し合おうとする!
理解し合うって、協働作業なのだな〜!
だから、相手だけ、自分だけでは成立しなくて…
相手だけに任せることや
自分だけが動くことではなくて…
お互いに行動することだなと思った!
互いが行動し、協働し、
だから、互いの不完全も、
認め、受容れ、それぞれに
自己コントロールもすることができる!
それが、信頼関係なのではないだろうか……
誰かのせいや何かのせいにする行動は
ここにはない……
そう思う!
信頼する…
自分は得意ではないと思っていたけれど…
いつからか、知らないうちに、
得意になっていた……
誰の中にも、
きっと眠っている力がある✨
そう信じている!
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