HSC時代
小学生の頃、臭いと触感が敏感で、感情の振り幅も大きく調整が難しかった。
臭いは、食べ物自体の味や香り、バスや車の独特の臭い、雑踏やデパート、映画館、電車など空気の汚れを感じることがダメでした。
綺麗な空気や風を感じていないと息苦しくて気持ちが悪くなってしまうし、騒がしところに行くと楽しむことはできるけどとても疲れてしまう、周りからはとても疲れやすい子と言われていた、そんな子ども時代でした。
どのような感じかというと、臭いに反応した場合は気持ちが悪くなり、視覚的にゴチャゴチャといろんなものが目に入ったり、耳からもいろんな音が入ったりすると、目と耳の情報に溢れて疲労と頭痛が起こっていました。
子ども時代は自然が大好きでしたが、思春期になると街へ遊びに行くようになってきて友人との関係からも、苦手なものを克服していかないと楽しめることが制限されてしまうと思い、自分でもいろいろとたまに無理することもあって大変でしたが、頑張って少しずつ慣らしていきました。大人になるにつれて対処を覚えて上手くカバーできるようになりました。
食べ物にもこだわりがあり、レタス・きゅうり・じゃがいも・肉、これ以外は嫌いでした。母が私の食事で苦労していました。これも思春期くらいになってから、できないこととに対する劣等感や羞恥心から少しずつ変えて行きました。今はほぼ何でも食べられますが、味の変化や細かな違いとかを感じるという具合です。
触感は、小さな頃は締め付けられている感じがするものがダメで、息苦しくなりました。タイツやセーターとかは窮屈でチクチクするので嫌でした。パンツのゴムや洋服のゴムも締め付けられる感じと肌に当たる感じが嫌でした。洋服のタグは今でもダメです。肌心地がよくないと痒くなったり息苦しさを感じます。自分の肌感覚で感じるものに合うものを選ぶようにしています。
感情は、悲しい時は大きく悲しみを感じて涙が止まらなくなったり、嬉しい時は興奮するので、親からは大袈裟だとよく言われて、怒られることが多かったです。遠足や楽しいことがある前の日やその日に興奮が止まらず眠れないとか、悲しいことはいつまでも引きずって気持ちが切り替えられないとか、感情の揺れが大きいことは小さいながら自覚がありました。小さい頃は、感情移入も大きかったので、映像や音楽や芸術系に入り込んでしまうところがあって、成り切ってしまいそれが抜けにくかったりしていましたね。
人の顔色とか伺うようになってきたのは、10歳くらいからです。それまでも親の顔とか友達のことも感じていましたが、まだ発達的に自分を出せていたと思います。10歳くらいから、友達との関係とかを考えるようになってきて、相手や周りから感じるものを気にするようになりました。なので自分の言いたいことが言えなくなってしまい、喋れなくなったり、チックが出たり、不定愁訴が出たり、学校は楽しかったのですが、対人不安を感じていました。
小さい頃を見ると、ADHDやASD要素とも似ているのですが、より自分に当てはまっているところを感じるのは、大人になっても変わらずに敏感さを保ち続けているHSPだなと感じていて、とてもスッキリと収まります。
小さい頃の話をしましたが、思春期以降はこの過敏さゆえ対人関係で疲弊が多くでてきました。小さい頃の過敏は、そういう感覚があることを受け止めて過ごしていました。なので、もともと感受性が強く、感覚過敏が強いなと自分でも思っていたわけです!
それでも、いろいろと苦労はあって大変だったけど、自分の特性とか知って、試行錯誤しながらやってたな〜と思います。その大変さを周りからそ理解してもらえなかったと感じていた、小さい頃の思い出のお話でした。
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