自分に優しくしてくれる人はいないと思って生きていた頃
優しい人に 弱い
優しくされると 吸い寄せられていく
友達に聞かれたことがある
意中の気になっている人について
「なんでその人のこと好きなの?」と
「優しいから」
と伝えると、その友達は、
「男性が優しいのは当たり前じゃん!」
そう答えた
当時の私の概念と違っていて
自分の概念が とても低いことに
気付かされた経験
男性が優しいのは当たり前
彼女にとっての感覚
きっと、男性だけに限らず
人は自分へ優しくしてくれる
そういう基盤ができていた
彼女にとって それは
当たり前にあることなんだ
私にとっては それは
当たり前にあることではなくて
とても貴重で、稀なことに感じていた……
当たり前に思える
そういう環境で育った彼女のことを
羨ましく思った
当たり前に感じられて 羨ましい……
当たり前にあることなんて知らずに
過ごしていたんだ 自分は……
友達と自分の基準が違うことを知った
一般的には
自分が優しくされることは
当たり前にあることなんだ
と、そう気づかされた
今は、私も同じように感じられているけど、
当時は自分がそんな風に思えることなんて
想像がつかなかった
人は優しい
自分へ優しくしてくれる
そう感じることができるなんて
優しくしてくれる人などいない
自分を理解してくれる人はいない
成人する頃まではずっと
そんな信念で、生きていたから……
その余韻は、少しだけ顔を出して
深く心に傷ついた経験が尾を引いていて
今は、そういうことも無く
人も自分も
信頼をおけるようになったけど
思春期頃までは
弱音を見せて、甘えることをすれば
厳しく叱られ、否定され、バカにされ
甘えたことを言うことは
許されていないような
許容されてもいなくて
受け止めてもらうことの経験が少なかった
実際には、文句や不満となって
甘えを知らず知らずに出していたのだろう
受け入れてもらえるというよりも
相手からの文句や罵りや、面倒臭がられるような、
罪悪感を与えられる物の言われ方ばかりで
親に対しては、
嫌いなわけではないのはわかるけど
許容されているかわからないような態度に
とても心が傷ついて
そんな態度は、
理解してもらえていると 感じるものではなく
受け止めてくれたと 感じるものではないもの
だったから
誰もわかってくれない……
そう 思うことしかできなかった
私の基盤は歪んで
家の中も 周りも 世の中も
厳しく感じていて
戦場にいるような感覚
いつもサバイバル
安心やリラックスできる感覚を知らずに
いつも不安でビクビクと怖いと感じていた
生き残るためにどうしたらいいか
自分の身の安全はどこにあるか
わからなくて 不安で
少しずつ知恵をつけ
この戦場を戦って
必死に生きていく
そういう世界の中にいて
過ごしていた
寝る時だけが安堵のはずも
寝入りには金縛りに、夢にも疲れ、
睡眠すらもリラックスできないことも多くあった
安らげる居場所という感覚
それが育っていかなかった
私自身の問題と環境の問題と相まって
優しく受け止めてくれる
そんな居場所など感じたことがない
そうやって生活してきたから
優しくされると
弱くなる
そのふわふわな心地に
寄りかかりたくなって
ついていきたくなって
いつもそのふわふわを感じたくなった
高校以降の恋愛は
そんなものも感じて
自分を気にかけて
優しくしてくれるなんて
貴重で
優しくしてくれる人は
とてもいい人に感じた
自分を気にかけて
優しくしてくれる人はいない
そういう信念になっていたから
そうやって
ずっと一人頑張っていたから
それを認めてくれる人
見てくれている人がいると
腰が砕けるように
途端に力が抜けてしまう
気が抜けてしまうと
脱力して身を預けてしまうような
怖さも感じるから
危なさも感じていて
緩みすぎないように警戒した
バリアを張って、気も張って、
なんでもないフリをして、
気持ちが溢れ出ないように
キツくブレーキをかけて
そういう自分の感覚も
いつも心に感じていた……
明るくて元気、快活で
悩みなさそう
何も考えてなくていいね
そのように言う人たちもいる
いつも元気で明るいね
そういう人は見せてないだけで
傷ついたことがあったり、
心に抱えてきたものがあるよね
たくさん頑張ってきてる人だよね
そう言ってくれる人たちもいた
わかってくれている
見えている人もいるんだな
わかってくれている
そう感じられて
涙が出そうになるくらい
嬉しかった
人と関わって
自分のいろいろと感じる感情や感覚を
自分自身で気づいていた
自分の苦手さ
自分が持ち合わせていないもの
知っていたけど
そこへの対処や手段はわからなくて
見つけていくには
実践しかなくて
体験をして、気づいて
何度も失敗と修正を繰り返して
自分を出していけるように
自分自身の振る舞いの言葉に耳を傾け
時に、怒りもぶつけながら
裕福な親友を羨ましく思っていた
自分と違っていて
自分を曝け出して
感情をむき出しに泣きじゃくった
「あなたに私の何がわかるのよっ!」
裕福な親友も、本気でぶつかってくれた
「甘えてるっ!」本質の指摘を受けた
「私だって、人に言えない辛いことはあるよ」
本音で語り合って
繰り返して
そもそも
自分を出せない
その苦手さがあった
理由はわからない
いろいろな理由があるだろう
どうしたいかと意志を聞かれると
どうしたいと主張することはできずに
躊躇して固まってしまう
小さな頃から怖がりで
恐怖を感じやすい子どもだった
自分を出すことにも
恐れがあって苦手で
自分を問われると
言語化ができない
言葉に詰まる
普通に過ごしてきているけれど
心の中には
社会不安や対人不安のようなものを感じていた
小さな頃から
内気なわけではないけれど
問われると
強いものや圧を感じていて
自分自身のこともどう言っていいか
まとまらなくて
思いが伝わらなくて
すぐに涙となった
怖さや焦り 緊張と
小さな頃から感じていた
自分の苦手さ
本気で
自分を変えたいと思ったのは
思春期の頃で
アイデンティティ確立のように
今までの自分に嫌悪して
強くありたいと思った
分かりやすく変わった自分を感じたくて
嫌いなものを食べることで
違う自分を感じるようにさせたり
それほどに自分自身が嫌で
生まれ変わりたい気持ちが強くて……
ふにゃふにゃとした自我は
大人にも怯まない、
負けない、強い自分でありたいと
気の強さを出していた中学生の頃
アイデンティティの確立へ向けて
もがいていた
言葉にしていったり
言葉で伝えられたり
自分を少しずつ出していくことを努力して
一体感のような
共感や共有の感覚を感じることも増えていった
一見、社交的で開放的に見えているけれど
核のような深層はとても頑丈で
心にバリアを作っていた 自分
とても脆く傷つき易い
ガラスのような心を守るようにしている自分を
感じていた……
自分に優しくしてくれる人はいない
幼い頃から作られた信念
当たり前がある人たちを
羨ましいと思っていた
自分にないものをたくさん持っている人たち
自分を肯定することが
なかなかできずにいた
人を信用しない、警戒して生きていて
人間不信のようになっていた時期もあった
全ての人に対してではないけれど……
自分を出さない 心を見せないから
友達からも
本音を言わない人と思われていて
仲は良いけど、
何を考えているかわからないと
言われたことがあった
だから少し怖いと感じるかもと
言われたことがあった
12〜13歳の頃
その頃は、人間関係が怖かった時期で
人の顔色を伺っていて、
自分の意見は怖くて言えなくて
ただ周りに合わせているだけをしていた
自分自身がカメレオンのような
透明人間のようにも感じていて
当たり障りないことを言っているだけで
心を開いてはいなくて
周りに気づかれていないと思っていたけど
周りの人は感じるものなんだ!と知った
自分では、周りに合わせている
と思っていたけれど
本心で付き合っていないのだと
気付かされた
周りから、自分を出していないと気付かされた経験
そう受け取られていたことを初めて知った
12〜13歳の頃
友達の素直な言葉を聞けたから
その一言があったから
自分を出さないと関係が作れないことに
気づくことができた
まだ子どもだったけど
その言葉から学んだ経験
自分を出すことに、抵抗がとてもあって
はじめは不器用だったが、
それでも、少しずつ出していこうと思った
人が優しいと感じるようになっていったのは
自分を出していくようになってから
それを体験しながら
私は自分の中に起こる感情や感覚を
感じ学び得てきた
初めから、何もかもができていたわけじゃない
むしろ、できていなかったことが多くあって
困ってきたから
自分を知って、努力をしていた
人生がサバイバルのように感じていた経験がある
不安を感じやすかった経験もある
未だに不安は感じやすい方だけど
自分自身を心得ている
さまざまな体験の記憶が豊富にある
人は優しくないと感じていた頃があった
人は優しいと感じられるようになった
人を受け入れていくようになってから
自分を受け入れていくようになってから
自分を少しずつ開いていったから
私が感じてきた、多くのものがある
その一つ一つが 私の大切な思い出
奥深くに大事に仕舞っている
心の宝物
そして、今の私がここにいる
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