自由
私は、つくづく自由でいたい人なんだ…
自由でないと苦しくなる
自由でないと疲弊する
それは、ある意味幼さのようにも思えたり
人の本質のようにも思えたり
それが、自分の個性に思えたり
私にとって自由とは、
私の生きる意味なんだ
今の私は、とても自由
好きに生きている
やることはやり
やりたくないことはしない
自分のペースってあるものだ
けれども、自分のペースでできないこともある
そうなると、余計な力が加わわってくる
人は一人では生きられない
この世に存在する以上
他者との関わり、社会との関わりは不可欠だ
自分のペースで動けないことがあるのは、当たり前
だから、負荷がかかってくるもの当たり前
余計な力は当然のように起こるものなんだ
自分のペースでできない時
自分の自由が一時的に奪われる
奪われた自由は疲れを生む
だから
自由でいたい私は、疲れやすい
自分のペースでできている時
とても楽
自分自身でいられている自由がある
だから、心も体も疲れない
むしろ、充足感を感じられる
私は、自分の自由さが好きなんだ
自分の価値観
自分の感覚
自分の思考
子どもの頃から感じていた
自分というものを
5歳の時に、自分は消えて無くなってしまいたくなったこと
6歳の時に、自分は生きていていいのだと、
両親の名から一文字ずつもらった自分の名前に、自分の存在価値を意味づけた
7〜10歳、みんなと同じに、普通にと言われ続け、自分が他と違うと感じ
11〜12歳、人に合わせて、自分を見失う…心も体も不調が出て、疲弊した
自分の気持ちを偽り、他者に合わせ、馴染ませる自分
それはまるで、自分が空間に溶け込み、自分が透明になる感じ
自分が無くなり、自分の存在が見えなくなる
そんな感じがした
だから私は、また、自分の存在価値を見出す
13歳の時、自分を自分の価値観に存在価値を見出した
14歳の時、いじめに合う…そんな時にも、自分との価値観の違いを感じていた
人と合わせると、自分が消えてしまう、疲弊する
ならば、
自分の価値観、自分の感覚、自分の思考を守ろう!
だって、それが本当の自分だから……
なぜだか
自分の感覚、自分の思考、それに自信があったのだ
よく言えば、いろいろな理解が早い、頭の回転が早い、というのだろう
悪く言えば、可愛げがない、上から目線ということになる
生育歴的に言えば
自分を持っているのに、親の価値観の押し付けが強く制されていた
親の価値観と自分の価値観の葛藤の打破みたいな
自分が、その他大勢の中に埋もれたくなかった
自分の存在を意識するため
むしろ、人と違う自分でありたかった
15歳の時、理不尽な親、教師、クラスメイト、頭の固い人たちから逃れたかった
他の人と同じでなくて上等だーー❗️
自分の価値観は自分のもの
自分の価値観を崩すくらいなら、分かり合うなんてしなくていい❗️
自分の価値観をわかってくれる人はいる❗️
そういう人たちがいればそれでいい❗️
私の価値観の一貫性のルーツはここにある
心は未熟ながら、思考はいつも大人びていた
私自身の中のズレ、発達に合わせた社会とのズレ
そんなものを感じていた
理由はわからない
でも
自分の自由を奪われることが
とても苦痛
母になり
母という役割分業をしなくてはならない
私にとって、それは自分ではない
母という役割を行なっているのだ
だから、とても負荷がかかっている……
自分でそこに価値を見出している時はいいのだが
周りの理解を感じられないものに変わると
自分自身を取り戻したくなる
自分の価値観を守りたくなる
家族からしてみたら
私は母であり、妻である
でもその前に、私は私というものがある
その3つの役割を
器用に使いこなせない
気質的なこと
生育的なこと
環境的なこと
社会的なこと
いろいろな要因はある
子育ても、そろそろ離れる
役割が終わるような感覚
自由になりたい
自分の好きなように
自分を大切にしたい
私のことを知る人は
私をとても自由だと話す
確かに、他と比べれば
とっても、自由なのだと思う
ただ、
どこか、役割を行なっている自分を感じる
役割を終わらせたい自分がいる
それぞれが、自由に、お互いを理解し共存したい
家族であっても
周りであっても
自由にのびのびと
自分を表現できる環境にいたい
自分の価値が奪われる感覚を感じる時
自分の自由を奪われている感じがする
自分が自由を感じられていると
人に自由を与えられる
余裕がある人とは、心が広い、器が大きい、寛大など言われるが
きっと、ゆとりを持っている
何かの枠や、何かに縛られている人とは、窮屈さを感じる
きっと、その支配の中で、ものを見ている
それも価値観だ
自分に合う価値観でいい
私は 窮屈さを感じることが苦しくて、息ができなくなる
小さな頃にマニキュアを塗って、爪が皮膚呼吸できてないと感じた時
タートルネックの首回り、
狭い空間、圧迫を感じる人や空間、換気の感じれない場所、雑踏、
湿度の高い空間、風を感じない無風の日、空気の流れを感じない空間
不安が強くなった時、強いストレスを感じた時、
自分を失われそうになった時、
私にとっては、どれも息苦しくなるもの
確かに、私は過敏だ
私はいつも
自分を守るために生きている
自由は、私の生きる意味
freedom 「表現の自由」受動の自由
liberty 「不自由な状態からの自由」能動の自由
いつだって
自分を守って生きている!
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