自分の「性」についての捉え方!
ここ最近「性」の捉え方の記事が目に留まる。
その理由に、中学の娘の悩みを打ち明けられているからだ。
彼女は自分の「性」の捉え方を2年ほど彷徨っている。
初めて打ち明けられた時の心境はこんな感じ。
(まじか…。そう捉えたか……。私は小さい頃のあなたの姿と自分の同じ頃の経験から、まだ、こうだ!と決め切らなくてもいいのではないかなぁと思うが…。う〜ん困った💧)
だけど、本人は真剣に悩んでいて、何かの枠組みで捉えて安心したい様子。
ただ、恋愛感情などは未発達と思われるところに、自分を成人の枠組みに当てはめラベリングしてしまう危険性を私は恐れている。
情報が多くて良い面もあるけれど、発達途中の段階でいろんなことを決めすぎてしまうのは、とてもとても残念でならない……。
けれども、本当に娘は困っているのかもしれない。
これは、私自身も「性」について理解したほうがいいのだなぁ。
そんなことを思っていたので「性」についての記事が目に留まるようになった。
興味を持った記事はこちら↓↓↓
ぽっぽさんの記事 ↓
ともきちさんの記事 ↓
にじいろmam🌈さんの記事 ↓
みかんさんの記事 ↓
今の捉え方ってすごい!と思った✨
わかりやすいけど、多様で複雑だ!
考え方の図は、にじいろmam🌈さんから拝借

(スクショ貼付ですみません^^;)
<私の場合>
①身体の性ー女性 外見的な明らかな事実の部分。
②心の性ー中性 思考なのか心なのかわからないが、両要素が共存。
③性的指向ー男性 恋愛は性別を意識せずに本能的に男性に向かう。
④表現する性ー女性 私の中では「らしさ」を意識する部分。
自分が受容していることを視覚化されていていい✨
捉え方は多様、それを枠にはめることは難しい。
何かカテゴリーで安心したいのかもしれない。
捉え方は多様なんだ❗️自分だけのオリジナルなものを持とう❗️
それでいいじゃん❗️
そんな言葉が体から湧いた。
私は①身体の性と②心の性でズレがあったので、なかなかしっくりこない時期があった。④表現する性も「らしさ」を要求されるものだったので、自分の性を確立するまでは煩わしいものと感じていた。
「性」について確立するまで、私自身も悩み困ってきた一人!
娘の気持ちが分からなくもないのだ。
ここから私の話をしよう。
◆私は年中の時に好きな男の子がいた。
同じクラスの男の子。背の順で並ぶと二人並んで一番前の隣同士。
同じ場所から園バスに乗り、決まってその子の隣を好んで座った。
この時の気持ちは、隣にいたい近くにいたいという本能的な欲求。
隣にいると嬉しい気持ちになった。
一緒に遊びたいとか一緒に何かをしたいという気持ちとは違う、
隣にいれる時のちょっとルンルンする嬉しさだ。
↑
すでに性的指向は本能で男性に向かっていたことがわかる(笑)
◆幼稚園の頃の遊び嗜好
男の子の遊びが好きだった。
外に見えている面は元気で活発、内の見えていない面は内向的の時代。
体を動かして遊ぶのが好き、危ないことが好き、怪我が絶えない。
戦いごっこ(ミドレンジャーかピンクレンジャー)←時代(笑)、競争、プラレール、ミニカー、グルグルと回るような目で追いかけるようなおもちゃが好き。
人形ごっこ、着せ替え、おままごと(好きな時と嫌いな時がある)、ぬいぐるみ、座ってじっとして遊ぶもの、女の子が遊ぶ遊びが嫌い。
↑
ピンクレンジャーにもあるように女の子だという理解はあった。
親から女の子だと言われていたからと思う。
この小さい頃の自分の気質に、多動傾向の要素を自分は感じている。
◆「女の子」を意識させられ、自分を否定された傷
身体の性と遊びの嗜好のズレ。
親からの「女の子」「らしさ」を要求される嫌悪感を持つ。
女の子の遊びも遊んでみたが、超絶つまらない。
男の子のように遊んでいると怒られる。否定され傷つく。
女の子なのに、男の子みたいだ!と言われる。
「男の子に産まれてきたらよかったのに」という多方面から何度も聞いた言葉。
「お父さんは、男の子が産まれることを望んでいて、名前も男の子のしか考えてなかったんだよ。女の子だから慌てて名前考えたんだよ」何気ない母の言葉。
私は望まれていない。
私は女の子であることは不完全で欠陥品だ。
◆男の子になる願望
不完全な私、女の子だからいけないのだ!
男の子になれば不完全でなくなる!
男の子の遊びをしても怒られなくなる!
と、幼稚園の頃の浅はかな考え。本人は真剣だ。自分を保つために。
いつか自分には、おち○ち○が生えてくるのではないか?
まだ生えてきてないだけなのではないか?
いつか生えてこないかな〜
そんなことを思っていた。
男だらけの従兄弟とお風呂に入った時には、なんでないのか?
と言われ、自分も同じ仲間と思っていたが、やはり同じではないのか……
と悲しい気持ちになった。
女の子には生えてこない!衝撃事実を突きつけられる。
自分の小さな願望や期待が打ち砕かれた。
この頃に、幼稚園の女の子から仲間外れをされた。女の子が怖くなった。
妹が産まれた。真ん中の妹は癇癪持ちで母は困っていた。
甘えたくても甘えられない。いろんな気持ちを持っていた。
わかってもらえない。
疎外感と孤独感、ひとりぼっち洞穴のような真っ暗な場所で自分が消えていきそうになるのを必死で消えないように自分の心と戦っていた。
◆女の子苦手、男の子が楽
小学校、中学校時代。
小さな頃の体験から、女の子に苦手意識は消えなかった。
男の子要素満載なので、男の子と一緒が楽だった。
小学校3〜4年は、女の子一人男子に混ざり、虫取りや野球をしていた(笑)
洋服とかは、ブリブリしたフリルは嫌いだった。スカートも別に嫌ではないし可愛いものも好きだったけど、過敏さから肌心地と着心地、たくさん動くので動きやすさが一番だった。
高学年から、女子的な特有がまた性に合わなかった。グループ、同調、会話……。
女子の苦手意識満載時期だった😅
男子と仲良くするので当然ながらいじめにもあった。
中学までは、考え方が他の人と違っていたので、話がわかる人があまりいなかった。わからない人と話しても話が噛み合わないと思っていたので相手にしていなかった。(親も含めて)
でも、女友達はいたし、親友もいた。男女ともに友情を感じていた。
私にとっては、男も女も関係なく、一人の人間として関係性を築いていた❗️
自分と肌が合う合わない、考え方が合う合わない、居心地がいい悪い。
自分が感じる感覚を頼りにしていた。
中学の時にある程度自分の考えというものがあった。
今もこの考えは変わっていない😊
👆思春期までの経験が、これが私の土台となっている!
青年期もまた、環境や出来事などから、「自分」を確立していく時に、「性」について考えを深めることがあった。
◆まとめ
小さな頃から、身体の性が女性だという事実を受け入れていた。
性的指向も男性を求める本能的な行動をしていた。
心の性は、心というか、脳の構造上からきていてその捉え方のように思う。
私の場合、遊びの嗜好は男の子のものだった。空間能力に優れていて、男性ホルモンの作用に影響があるとされる、攻撃性、競争心、自己主張、自立心も強い傾向があった。行動や考え方から、男性的な脳があるな〜という自覚を持っていた。
かといって、女性的な考えがないわけではない。知覚的に鋭敏なこととか感情的なものは身体的に女性であるため、女性の機能も備わっている。
そのどちらも違和感を持たず事実として受け入れられた。
ただ、両方を備えているため、どちらかになることは「葛藤」が生じた。
男の子女の子という「らしさ」と、自分の機能的なものからくる思考や感情のズレの「葛藤」をどう対処してどう捉えていくかは、機能的な状態や環境など多様である。ここの時期が重要になっているのではないだろうか?
表現の性は、らしさに反発したり、逆手にとって誇張したりしていた。言葉にならない内側にある部分の表明のような、自分を捉えたいと思う気持ちと似ている。その時に感じている自分の性を素直に出せるもののような気がする。
性的指向について、愛や恋、友情、好意感情の曖昧さに困り感を抱いている人もいるようだ。最近の若者に「好きな人いない」「好きがわからない」という言葉を耳にすることがある。そこについては、また考察してみたいと思う部分。
男性の脳と女性の脳の違いについても考えてみたい。
ものの見方や振る舞い方に脳内のホルモンの影響があらわれていて、私は男性のホルモンが強いとわかった(笑)
私が、小さい頃に男の子になりたいと思ったエピソードをいつか話したいと思っていたので、語ることができて良かった✨
娘を見守っていこう❗️✨
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