素材に従うという、最も厳しい自由― 岸田周三とQuintessence、火入れと塩の哲学 ―
東京・北品川。Quintessenceの厨房では、料理人が食材の前に立つ。
そこにあるのは、派手な装飾でも、過剰な物語でもない。素材、火、塩。そして、それらを正確な一点まで導く料理人の集中である。
岸田周三の料理を語るとき、しばしば「素材」「火入れ」「調味」という三つの言葉が使われる。
それは簡潔な言葉である。しかし、その簡潔さの中には、料理人が生涯をかけて到達する厳しさが含まれている。
素材に従うということ
料理人は、しばしば「素材を活かす」と言う。
しかし、この言葉は簡単に使われすぎている。
素材を活かすとは、何もしないことではない。素材を放置することでもない。むしろ、素材の状態を見抜き、最も良くなる瞬間を判断し、そこに至るために必要な介入だけを、正確に加えることである。
Quintessenceの料理は、素材への敬意、素材に応じた繊細な火入れ、そして調味のバランスという哲学で知られる。 MICHELIN Guide: Quintessence
食材には、その日ごとの違いがある。
同じ魚でも、季節、海水温、漁法、締め方、寝かせ方によって状態が変わる。
同じ野菜でも、土壌、雨、日照、収穫時刻によって香りと水分量が変わる。
同じ肉でも、脂の状態、筋繊維、熟成の進み方によって、最適な火入れが変わる。
料理人は、レシピに従うのではない。
目の前の素材に従う。
岸田周三が実践するのは、この最も厳しい自由である。
火は、技術ではなく対話である
料理において火は、単なる熱源ではない。
火は、食材の水分を変える。
蛋白質を変性させる。
糖を焦がし、香りを生む。
脂を溶かす。
表面と内部に異なる時間を与える。
つまり火は、食材の存在そのものを変える力である。
岸田の料理における火入れは、食材を支配するための技術ではない。食材の状態を読みながら、最も望ましい変化が起きる地点まで導く対話である。
この思想は、発酵にも似ている。
発酵において人間は、微生物を完全には支配できない。温度、湿度、塩分、時間を整えながら、微生物が最もよく働く条件を作る。
火入れも同じである。料理人は火を使うが、火そのものを完全に支配することはできない。食材の状態と火の強さの間に立ち、変化を観察し、最適な一点を探し続ける。
Sun&R.Labが茶を抽出するときも、KOMBUCHAを発酵させるときも、まったく同じ態度が必要である。
温度を管理する。
時間を測る。
しかし数値だけを信じない。
香り、色、舌触り、余韻を読み、素材が最もよく語る瞬間を待つ。
引き算の美学は、最も多くを知る者だけが選べる
Quintessenceの料理は、しばしば引き算の料理として語られる。
しかし、引き算とは単純化ではない。
少ない要素で皿を成立させるためには、各要素が持つ意味を極限まで理解しなければならない。ソースを一つ引くなら、その代わりに温度、塩、脂、香り、器、提供タイミングの精度を上げなければならない。
つまり、引き算は「少ない技術」ではない。
最も多くの技術と知識を必要とする表現である。
これは、ノンアルコールペアリングにも深く当てはまる。
ワインには、アルコール、タンニン、酸、果実味、樽香、熟成香といった多くの要素が最初から含まれている。
一方、ノンアルコール飲料は、しばしば少ない要素から設計を始める。水、茶葉、果実、発酵、ハーブ、出汁。
だからこそ、その一つ一つを粗末に扱えない。
水温が1度違えば、茶の渋味が変わる。
抽出時間が数十秒違えば、香りが変わる。
発酵が一日進めば、酸の輪郭が変わる。
グラスの形が違えば、香りの立ち方が変わる。
少ない要素で、深い一杯を作る。
それは、岸田周三の引き算の哲学と、同じ緊張の中にある。
フランス料理を、日本の素材に従わせる
Quintessenceはフランス料理を基盤とするレストランである。
しかし、そこにあるのはフランス料理の模倣ではない。
フランス料理の技術、構築性、火入れ、ソース、サービスの思想を学びながら、それを日本の素材の状態に従わせる。フランス料理の形式を守るのではなく、素材が最も美しくなるために形式を使う。
これが、現代日本のフレンチが世界に示してきた重要な姿勢である。
海外の技術を学ぶ。
しかし、海外の価値観をそのまま輸入しない。
日本の水、日本の魚、日本の野菜、日本の季節、日本の感覚に合わせて、技術を変容させる。
Sun&R.Labが世界のノンアルコールペアリングに学ぶときも、同じである。
ヨーロッパの発酵ドリンク、北欧のジュースペアリング、アメリカのクラフトKOMBUCHAから学ぶ。しかし、それらをそのまま再現するのではない。
新潟の水、米、麹、茶、雪、季節に従わせる。
そのとき初めて、世界の知見は新潟の表現になる。
Sun&R.Labが岸田周三から受け取るもの
岸田周三の仕事から、Sun&R.Labは四つの示唆を受け取る。
一つ目は、素材の状態を読むこと。原料を規格化されたデータとしてではなく、その日、その季節、その土地の状態を持つ存在として読む。
二つ目は、火入れと抽出を対話として扱うこと。茶、出汁、発酵、焙煎を、固定されたレシピではなく、変化を読む行為として設計する。
三つ目は、引き算の精度を上げること。香料や砂糖を足す前に、水、温度、時間、素材の質、グラス、提供タイミングを磨き切る。
四つ目は、外来の技術を土地に従わせること。世界の飲料文化を学びながら、新潟の風土に従う独自の液体を作る。
素材に従うとは、受け身になることではない。
素材を深く理解するために、誰よりも能動的になること。
最も美しい一点を見つけるまで、観察をやめないこと。
岸田周三がQuintessenceで示しているのは、この静かで厳しい自由である。
― Sun&R.Lab 合同会社
参考リンク:
Quintessence
http://www.quintessence.jp/
MICHELIN Guide:Quintessence
https://guide.michelin.com/us/en/tokyo-region/tokyo/restaurant/quintessence-1193907
The Best Chef:岸田周三
https://thebestchefawards.com/chefs/shuzo-kishida/
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