高校生の息子が、初めて刑事裁判を傍聴した日
高校生の息子が、刑事裁判の傍聴に行った。
前日の夜、Googleマップで東京地方裁判所までの行き方を教えた。
当日の朝は、
「裁判中に居眠りしないようにね。」
と伝えた。
「ミンティアとかない?」
普段はそんなことを言わない息子が聞いてきた。
「そもそも飲食厳禁じゃない?」
そう答えると、「あ、そっか」と笑った。
少し緊張しているように見えた。
服装についても1つだけ伝えた。
「文字が書いてある服や、キャラクターの服はやめた方がいいかも。」
決まりがあるわけではない。
でも、人が人を裁く場所では、メッセージ性のあるものと誤解を招く可能性のあるものは排除した方がいいような気がした。
実は私自身も、高校生の頃、学校で刑事裁判を傍聴したことがある。
内容はほとんど覚えていないが、印象に残っていることがひとつ。
被告人のお年寄りが、傍聴席いっぱいの女子高生を見て、一瞬驚いたような表情をしたこと。
その光景を、30年以上経った今でも忘れられない。
当時の私は、
「万引きでも裁判になるんだ。」
そんなことを思ったくらいだった。
大人になってからは、裁判員裁判の候補者として裁判所に呼ばれたことがある。
事件の概要を聞いたが、正直つらい内容だった。
最後の抽選で選ばれず、裁判員にはならなかった。
そのとき初めて、毎日のように多くの裁判が行われていることを知った。
裁判終了後、息子に感想を聞いてみた。
「言葉は難しかった?」
「お坊さんの説教レベル。」
全然分からないわけではない。
でも、全部理解できるほど簡単でもない。
高校生らしい、絶妙な表現だった。
続けて話してくれたのは、事件の内容よりも法廷にいた人たちのことだった。
「被告人、イケメンだった。」
「検察官もイケメン。」
「弁護士もイケメン。」
「裁判官はアキバ系だった。」
「一人は保釈されていて、ぴちぴちのスーツ。」
「もう一人はグレーのスウェット。俺が冬に着てる部屋着みたいな。」
高校生は、まず人を見るのかと思った。
私が高校生だった頃も、覚えているのは被告人の表情だった。
「楽しかった」という感想ではなかった。
それが、少し安心した。
人の人生がかかった場所だということは、本人もちゃんと分かっていた。
それでも表情を見ていると、良い経験になったと思っているようだった。
誰かが被害を受け、誰かが裁かれる場所。
だからこそ、教科書だけでは伝わらない空気がある。
証拠があり、法律があり、手続きがある。
社会の秩序を守るために、その積み重ねがある。
高校生のうちに、その現場を自分の目で見られたこと。
それはきっと、いつか大人になったとき、もう一度思い出す経験になるのではないかと思う。
終わる頃、裁判所近くで待ち合わせをした。
日比谷公園の中にある松本楼でオムライスを食べ、そのあと日比谷駅まで歩いた。
昭和の空気が残るガード下をくぐりながら、他愛もない話をした。
10年後、息子が社会人になって、この辺りを歩く日が来るかもしれない。
そのとき、刑事裁判を傍聴したことや、そのあと一緒に歩いた道、オムライスを食べながら話した時間を思い出してくれたらいいな。
