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かわら版第39回・やらないシリーズ③「“やらない”生き方を成功と呼ぶ~役割の“やらない”~」

2月も終わろうとしています。もうすぐ春がやってきます。春がやってくると、進級や進学、就職、転勤など、小さな変化から大きな変化まで、環境が動きはじめます。楽しさもあるけれど、どこか落ち着かないような気持ちにもなる。それでも、冬が終わっていくときは、どこかホッとするような喜びが含まれているのではないでしょうか。

「やらないシリーズ」第三回のテーマは、「役割の“やらない”」です。

「娘」「息子」「母」「父」「夫」「妻」「兄弟姉妹」・・・私たちは知らないうちに、さまざまな“役割”を担っていると思います。

社会に出れば、会社での立場や役職、責任。
そこにもまた別の“役割”があります。

環境が変われば、役割も変わるーそう思っていましたが、「担ってきた役割」というものは、意外と変わらない。

いえ、変えられないのかもしれません。

今日は、そんな「役割」について、静かに考えていきたいと思います。
最後までお付き合いいただければ嬉しいです。

では、けいこの寺子屋・かわら版、はじまりはじまり。



“良い子”であることで、自分を守ってきた


子どもの頃の私にとっては、「しっかりしているね」と言われることが、褒め言葉でした。そう言われるとちょっと誇らしくさえありました。そして、「我慢強いね」と言われることで、評価されているのだと感じていました。

うまく言葉にできなくても、大人にとっての「良い子」であることで、認められる、愛される。そんな感覚をどこかで持っていたのだと思います。

嫌だと思っても言えない。
つらくても言えない。
甘えられない。
自分の考えを口にしても、どうせ理解してもらえないのだから。

自分さえ我慢すれば、全部うまく回る。

迷惑をかけないこと。
空気を読むこと。
期待に応えること。

いつの間にか、それは私の役割になっていきました。誰かに頼まれたわけではありません。けれど、そのほうがうまくいくと感じていたのだと思います。そうやって、〈居場所〉をつくっていた。

大人たちからの評価や比較という、見えない圧から身を守ろうと、あの頃の私は、必死にがんばっていました。そうすることで、自分を守っていたのだと思います。

だから、「良い子を演じ続けた自分」を否定したいわけではありません。その時は、そう選択することが、私の尊厳を守る選択だった。

ただ、その役割は、気がつかないうちに、「私そのもの」になってしまったのです。


役割は場所を変えても続く


大人になり、環境が変わっても、小さな頃の私の「役割」は、形を変えて存在し続けていました。

保育士としての仕事を始めたときも、「しっかりしている私」であろうとしていたのだと思います。

頼まれたことは断らない。
期待以上に応えようとする。
周囲の空気を読んで言われる前に動く。
弱音は吐かない。

評価されることは、やはり嬉しかったのだと思います。
「助かる」「よく気がつくね」と言われると、自分の存在が、誰かの役に立てたことを感じ、胸の奥が少し満たされた気がしました。

けれど同時に、どこかで、いつも気を張っていました。

常に頑張らなくてはいけない。
誰よりも先に気づかなくてはいけない。
失敗は許されない。

大変そうに見える人の仕事も積極的に手伝っていました。ひとりでやる大変さは、私も味わっていたからです。

今なら、それが「必要な大変さ」ではなく、仕組みに問題があったのだとわかります。個人がいくら担っても、根本的な解決にはならない。

けれど、当時は、そのことに気づけませんでした。気づかないまま、仕事の量だけが、静かに増えていきました。

常に、「役に立つ私」でいることで、私は自分の居場所を守っていたのかもしれません。

誰もが、知らないうちに“役割”を抱えて生きている


誰かの「子ども」としての役割。
仕事場での役割。
そして、「母」という役割。

振り返ってみると、私はいつも、その場所にふさわしい人であろうとしてきたのだと思います。

頼られる人であること。
迷惑をかけない人であること。
期待に応える人であること。

誰かに強く命じられたわけではありません。
けれど、そうあることで、その場に居続けられるような気がしていたのだと思います。

「母なのだから」
「妻なのだから」
「女性なのだから」

そんな言葉を、はっきりと向けられた記憶はなくても、そうあることが自然であるかのような空気の中で、私は息をしてきました。

そして、違和感に気がつかないふりをして、
その役割を、少しずつ自分のものとして引き受けてきたのだと思います。

無意識に役割を引き受ければ引き受けるほど、「こうしなくてはならない」「こうあらねば」という“ねばならない”は増えていき、どんどん苦しくなってしまったのだと思います。

「よい母親」という幻想


長男が生まれ、社会的に「母」と言われる存在になったとき、私は無意識のうちに「よい母親」という幻想を抱えていたのだと思います。そうであらねば、と、どこか必死になっていました。

その奥には、ひとつの強い思いがありました。

自分が育ったようには、育てない。

あのとき感じた寂しさや、飲み込んできた言葉を、
自分の子どもには味わわせたくなかった。

だから私は、より良い母であろうとしたのだと思います。

正しくあろうとし、
丁寧であろうとし、
いつなんどきも、
子どもを受け止められる人であろう。

それは、自分の頑張りを後押ししてくれるものでもあり、同時に、「失敗してはいけない」と無意識のうちに自分に課したプレッシャーとなっていました。

自分の言動ひとつが、子どもに悪い影響を与えるかもしれない。
試行錯誤しながら、どこか緊張が抜けない。

常に気を張っていたと思います。

「いい母親ってなんだろう?母性ってなんだろう?」

答えなんて人それぞれで、正しいとか間違っているとかではないのに、
そういう思いや考えによって、自分で自分を苦しめていたのかもしれません。

ある日、長男と通っていた幼稚園のスタッフであり、私が父のように信頼している方に訪ねたことがありました。

「母性ってなんでしょうね?」

「う~ん、母性って“幻想”なんじゃないかな。」

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