哲学対話書簡 「本当の自分はいるのか①」
シェア型書店の棚オーナー仲間・おはぎさんと「哲学対話って面白そうですよね?」「いいですね!」と気軽に始まった往復書簡。
「哲学対話書簡で大事にしたいこと」
・何を言ってもいい(人を傷つけなければ)
・否定しない
・知識ではなく経験で話す
・結論は出さない
・話がまとまらなくても、意見が変わってもいい
今回のテーマは、「本当の自分はいるのか」。
む、難しい・・・と唸っている。
若い頃は少なからず、多くの人が「今の自分とは別の“本当の自分”が居る」と思っていたのではないだろうか。また年齢に関わらず、「今の自分は“本当の自分”ではない」と思うこともあるのかもしれない。
「本当の自分」ということは、「本当じゃない自分」が存在しているということになのだろうか。
そもそも、「本当」とか、「本当じゃない」とかの定義ってなんなのだろう。
そんなことを思いつつも、思春期を過ぎても、どこかに「本当の自分」がいるのではないかという、どこか希望みたいなものを捨てきれずにいた。
「本当の自分を探しましょう!」
「本当の自分に出会える!」
本当の、本当の…
私も「本当の自分」を探していた。
でも、探しても、探しても、見つからなかった。
今思うと、「本当の自分」が居ると思っていたのは、「今」の自分の状態を好ましく思っていなかったからかもしれない。
自分の現状や不甲斐なさを受け入れることが出来なかったのだと思う。
理想の「こうあるべき自分」が存在していて、それにかけ離れている「今」の自分を「本当の自分じゃない」と思っていたのかもしれない。
本当の自分に会えるかもしれないと、自己啓発の本を読んだこともあった。
知人に誘われ、講演会に参加したこともあった。
そこには、「人生を楽しんでます!こんな風にあなたも本当の自分に出会ったら変わるんですよ!」と張り付いたような笑顔で話をする人がいた。
なんだか居心地が悪くなる。
ふわふわと何処かに飛んでいってしまいそうな軽さと共に語られる「自分」。そして憧れの眼差しを向ける人々と、その熱気に違和感を覚えた。「本当の自分って何なの~?!!!」と叫びたくなる気持ちを抑えるのに必死だった20代。
30代になって、子どもたちが生まれ、自分が寝ることも食べることも後回し。とにかく「毎日、子どもたちに食べさせ、寝かせ、生かしておくミッション」を遂行しなくてはならない日々が続いた。
そして「本当の自分」のことをすっかり忘れていた。
子育てに関わっていると、自分が子どもに言ったり、したことが、ダイレクトに返ってくる。鏡みたいに。
直ぐに返ってくることもあれば、時間を経て返ってくることもある。
子どもを通じて、「自分」を見せられている。
嬉しいことも、そうでないことも。
鏡に映った自分は「ホントウノジブン」なのだろうか。
長男が中学2年生くらいの頃に、「“本当の自分”っていると思う?」と聞いてみた。どんな答えが返ってくるか、ちょっとドキドキワクワクしていた。
「え?いつだって、今の自分が本当の自分なんじゃないの。」
そうあっさり返ってきた。
今までの私の紆余曲折(という程でもないけど)など、何処吹く風。
彼は、「本当の自分」に興味など一ミリもない様子で、毎日を生きているように見える。
自分を過少評価することなければ、偉そうではあるが、過大評価もしていない気がする。
あれから2年が過ぎ、彼の中の「本当の自分」はどうなっているか、次に帰省した時に、そっと聞いてみたいと思っている。
気になるテーマがあれば一緒に考えてみませんか。「#哲学対話書簡」で投稿お願いします。色々な方の考えや体験、感じ方を知ることができてとても楽しいです。興味深いです。
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