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【すんで社員インタビュー】けんたろう編

株式会社すんでのメンバーを紹介する、インタビューシリーズ。
今回は、前職で年間トップセールスを記録し、「すんで」の門を叩いた期待の若手:「けんたろう」に切り込みます。


ネギの町・深谷で育った「ヤンチャ長男」


すんで社(旧)日本橋オフィスにて

:では、プロフィールを見ながら進めさせてもらいますね。
2000年生まれ、埼玉県深谷市生まれとのことだけど、地元はどんなところですか?

けんたろう:一言で言えば「ネギの町」ですね。実家は農家ではないですが、周りは見渡す限りのネギ畑。
最近は、新一万円札や大河ドラマの影響で、渋沢栄一ブームがすごくて、ようやく街としての存在感が出てきた感じです(笑)。

:なるほど。確かに、最近話題だよね。ご兄弟はいますか?

けんたろう:4歳下の妹がいます。僕は長男ですね。

:なるほど。けんたろうは、どんな子供時代を過ごしましたか?

けんたろう:「言うことを聞かない子」だったみたいです。両親と従兄弟の両親が4人で商売をやっていて、実家はとにかく忙しかった。
だから、従姉妹や、おばあちゃんの家に預けられることが多かったんです。

:それは賑やかそうだね。

けんたろう:それが、何か悪いことが起きると、実は従姉妹がやっていることなのに、全部僕のせいにされるんですよ(笑)。
それで僕が反抗して、おじいちゃんやおばあちゃんと、よく喧嘩してました。

:(笑)。元気な子どもだったんだ。

けんたろう:元気でしたね。小学校は、渋沢栄一が設立した「八基小学校」という、歴史ある学校でした。
1クラスしかない小さな学校でしたが。中学からは、深谷市の中心部に引っ越したので転校しました。実はそこが、「警察署の前にある、巨大マンモス校」だったんです。

:警察署の前のマンモス校!

けんたろう:そうなんです。なにしろ人が多すぎて、その分、いろんなタイプの人がいて、衝撃を受けました。「こういうヤンキーもいるのか」とか(笑)。
地元の落ち着いた小学校とは全然違って。「こっちはこんなに違うんだ・・」って思いましたね。

:そうなんだ。友達はすぐできた?

けんたろう:できましたけど、学年が上がるにつれて、だんだんつるむ友達は変わっていきました。
中2、中3くらいから、ちょっとヤンチャな子たちと遊ぶようになって。

:そうなんだ。けんたろう自身も、ヤンチャだったの?

けんたろう:いや、僕は違うんです(笑)。
周りはヤンチャでしたけど、僕は怒られる場所にはいたくなくて。
でも、心霊スポットに行って、警察に呼ばれたりとか……そういうのはありましたね。

:その中では、どういうキャラだったの?

けんたろう:中心ではないですね。みんなについていって遊んで、「一発芸やれー!」とか、振られるタイプでした。
本心では嫌なんですけど、急に振られて「えっ」て言いながらも、結局はやってしまう。中学の時から「見た目とキャラが、パンサーの尾形に似てる」って、ずっと言われてました(笑)。


サッカーでの経験と挫折

:サッカーをやってたんだよね。かなり本格的と聞いているんだけど、いつから始めたの?

けんたろう:小学2年生からです。高校3年生まで、ガチでやっていました。ポジションは、もともとフォワードだったんですけど、中学からサイドバックに変わりました。

:そうなんだ。フォワードから転向した理由は?

けんたろう:中学が、大宮アルディージャの下部組織はじめ、強豪クラブチーム出身者が多い環境だったんです。
前線はタレントばかりで、僕はそこで蹴落されて、サイドバックに追いやられた……というのが本当のところです。

:サイドバックは、右と左、どちら?

けんたろう:どちらもやりました。でも、守備が苦手だったんですよ。
空間認知力が低くて、ロングボールの落下地点が読めなくて後ろに流しちゃう(笑)。センターバックは絶対無理でしたね。
その分、対人のカバーリングは好きでした。

:高校は東京成徳大学深谷高校。埼玉でも指折りの強豪と聞きました。

けんたろう:はい。高校からはさらにレベルが上がりました。
高校でも、最初はボランチやトップ下をやりたくて志望したんですけど、一回も試合に呼ばれませんでした。結局「お前はサイドバックがいい」って。

:やりたくないポジションだけど、評価されていたと。どう感じていた?

けんたろう:嫌でしたけど、やってきたことが体に染み付いていたんでしょうね。
でも、高校の練習は地獄でした。
「校内合宿」では3日間で270キロ近く走らされて、夜は釜で炊いた白米を、すべて完食しなきゃいけない。

:食べるのも、練習のうちというわけか。

けんたろう:はい。別の合宿では「夜に白米1.5キロ」というノルマがあって。500gずつ計りに乗せて、監督に「ほら、食べてます」って確認してもらうんです。
もう最後はみんな吐きそうで。
筋トレもすごかったです。
「ベンチプレス70キロ挙がらなかったら坊主」とか。

:フィジカル重視なんだね・・。

けんたろう:ネットの掲示板では「成徳深谷は脳筋サッカーだ」って叩かれたりもしました(笑)。でも、僕らの一つ下の代が県で優勝して、少しずつ評価が変わっていった時期でした。

:そんな中で、レギュラー争いはどうだった?

けんたろう:1年生の時はレギュラーだったんです。
でも、2年生でBチームに落ちて。その頃、監督とぶつかっちゃったんです。監督は、怒れるやつには怒るけど、言えないやつには言わないタイプで。
僕はよく「当て馬」にされて怒られていたのかもしれません。

:納得いかなかったこともあった?

けんたろう:はい。それで「サッカーノート」に、1ページ丸々使って「監督とはサッカーしたくない」って書いちゃったんです。

:おお。それで、監督のリアクションは?

けんたろう:案の定、そこからずっと下のチームに置かれました。
最後はヘルニアにもなって、「もう辞めてバイトしたい」って何度も思いました。
でも、高いお金を出してくれた親のことや、お世話になった先輩たちの言葉を思い出して、なんとか最後までやり抜きました。

:そんな経験があったんだ。

けんたろう:はい。後悔もあります。
今思えば、あの時オラつかなければ、トップチームにいられたかもしれない。親に選手権で活躍する姿を見せたかったな、っていうのが、一番の後悔です。


某有名中古車販売会社を辞退、不動産の世界へ

:大学は東京経済大学ということだけど、サッカーは続けたの?

けんたろう:社会人サッカーはやっていましたけど、部活には入りませんでした。とにかくバイトがしたかった。
アイリスオーヤマの工場、ステーキ屋、セブンイレブンの夜勤、焼き鳥屋、バー、カラオケ……週5〜6で働いてましたね。

:働き者だね!

けんたろう:サークルの新歓で、置いておいた財布が盗まれたのがトラウマで、サークルというものが嫌いになっちゃったのもあります(笑)。

:そんなことが・・。就活は営業一本?

けんたろう:はい。業界としては「車」か「不動産」しか見ていませんでした。なぜなら、地元が田舎なのでみんな車が好きだったから。不動産は単純に「稼げそう」というイメージを持っていました。

:そこで結局、埼玉県の不動産仲介会社に入ったんだよね。

けんたろう:実は、第一志望は「某有名中古車販売会社」だったんです。でも親に「私の直感だけど、あそこはやめとけ」と言われて。
今思えば、あの時、親の言うことを聞いておいて本当に良かったです(笑)。

:お母さんの直感、鋭すぎるね(笑)。不動産仲介会社に入社して、仕事はどうだった?

けんたろう:最初は「仲介」とは何かも、よくわかっていませんでした。1年目は全く成果が出なくて、同期がどんどん初契約を上げる中、僕だけ1月までゼロ。何回も「辞めよう」と思いました。

:苦労したんだね。何がきっかけで変わったの?

けんたろう:2年目の7月ですね。初めて月に3本の申し込みが入ったんです。
その時、お客様の人生の意思決定、つまり「背中を押してあげる」感覚が身について、やりがいになって。そこから軌道に乗りました。
最終的には、2024年度の年間セールス1位を取るまでになりました。

:それはすごいね。思い出深いお客様はいる?

けんたろう
はい。病気の関係で、団信がどこも通らないお客様がいました。
でも僕は諦めたくなくて、銀行をしらみつぶしに当たって、ようやく一社だけ、団信が通ったんです。
お客様が泣きそうな声で「ありがとうございます」って言ってくれた時は、この仕事をしていて良かったと思いましたね。


浦和のスナックで、すんたまに「突撃」した夜

:そこから実績を積んで、転職を考えるようになったのは?

けんたろう:前職で営業1位を取ったりして、少し天狗になっていた自分もいたと思います。
でも、会社が合併したのを機に、社風が変わり、ちょっと違うかなって。

:そこで「すんで」に出会うわけだ。

けんたろう:はい。実は妻が働いていた浦和のスナックに、代表の岡野さん(すんたま)たちが飲みに来ていると聞いて。
先輩の春日さんから「これから奥さんの店、使わせてもらうね」と連絡が来た時、「今がチャンスだ、行くぞ!」と乗り込みました(笑)。

:あの夜か!カオスだったよね。

けんたろう:皆さん酔っ払っていましたけど、YouTubeやXで見ていた人たちが目の前にいて、「あ、本物だ!」って。
そこでお話しして、2日後に改めて、大宮でランチをさせてもらいました。

:すんたまの印象はどうだった?

けんたろう:何を考えているのか読めない人だな、と(笑)。
でも、堂々と「不動産仲介で退職率を低くしようなんてあり得ない」って、笑い飛ばす姿を見て、この人なら信用できると思いました。
あと、声が大きかったのを覚えています(笑)。


2億の物件…「すんで」での挑戦

:入社して数ヶ月経つけど、「すんで」で働いた感想はどうですか?

けんたろう:完全に鼻をへし折られましたね(笑)。
前職では、戸建ての知識なら負けないと思っていましたけど、ここではお客様の方が、相場や設備に詳しかったりする。

:マンションや都心だと、また別の筋肉を使うからね。

けんたろう:「ハイサッシ」とか「グロス」とか、前職では使わなかった言葉が飛び交っていて、最初は本当に戸惑いました。
でも、先輩たちの動きを見ながら、毎日、勉強させてもらっています。

:最近、葛西で大きな契約を決めたよね。

けんたろう:はい。担当の「かつさん」がお休みの時に対応したお客様だったんですけど、初めてのエリアなので、必死に事前調査して。単身のお客様だったんですけど、最後に「ここがいいですよね」って背中を押して、決めていただきました。

:初めてのエリアで、結果を出したのはすごいよ。プライベートでは、家も買ったんだよね?

けんたろう:はい。2024年に、上尾に戸建てを購入しました(当時24歳)。
 
賃貸時代から含めて、このあたりに住んで2年になります。
妻と子供、それに犬2匹(ポメラニアンとチワワのミックス)がいます。

:家族が多くて、賑やかだね。

けんたろう:ワンちゃんは妻の連れ子なんですけど、実は僕、犬アレルギーなんですよ(笑)。今の新居になってから、僕がしつけを厳しくして、ようやく、ワンちゃんのオシッコ癖も治ってきました。
でも実は、今の家の間取りに、もう飽きちゃって。

:もう飽きたの(笑)。

けんたろう:はい。次は「URAWA THE TOWER」に住むのが夢です。そのためにも、もっと稼がないといけないですね。


【営業としての矜持】レスポンスの速さと、当事者としての提案力

:ここからは営業としての話を聞きたいんだけど、けんたろうの「これは誰にも負けない」という武器は何?

けんたろう:まずは、圧倒的なレスポンスの速さです。
これは「すんで」のメンバー、いや、全国の営業マンの中でも負けない自信があります。
お客様をお待たせすることは、その方の人生の大事な時間を奪うことだと思っていますから。
深夜だろうが休日だろうが、気づいたら即返信。これが僕のスタイルです。

:確かに、けんたろうのレスは早いよね。

けんたろう:ありがとうございます。あとは、フットワークの軽さですね。「今からここを見たい」と言われれば、たとえ初めての土地でもすぐに飛んでいって徹底的に調べます。
機動力こそが、若手である僕の最大の武器だと思っています。

:自分自身が24歳で家を買った経験は、営業にどう活きてる?

けんたろう:ものすごく活きています。
お客様が抱える「住宅ローンへの不安」や「周辺環境へのこだわり」、そして「ハンコを押す瞬間のあの震える感覚」。

すべて僕自身が実体験として通ってきた道なんです。

だからこそ、表面的な言葉ではなく、「僕もこうだったので大丈夫です」という、当事者としての温度感を持った背中の押し方ができる。

:確かに、それは説得力が違うね。

けんたろう:それと、僕は前職で戸建てや土地の仲介、さらには「売却」も数多く経験してきました。
マンションが主流の「すんで」において、戸建ての資産価値や構造、土地の形状、法令上の制限といった知識は、僕の強みです。
マンションか戸建てか迷っているお客様に対して、中立かつ専門的な視点でアドバイスができると思います。


土呂・東大宮は俺の庭

:YouTubeでも「土呂・東大宮エリア」について熱く語っていたよね。

けんたろう:はい!現在進行形で住んでいるからこそわかる、リアルな魅力を伝えたいんです。
例えば土呂駅なら、ステラタウンへの無料シャトルバスの利便性や、スパ「ハーブス」の質の高さ。
東大宮駅なら、西口と東口でガラリと変わる街の表情や、快速ラビットが止まる利便性について、語りました。

:相場観についても、詳しいよね。

けんたろう:もちろんです。
土呂なら駅10分以内の2階建てで6,000万超え、東大宮なら4,000万半ばから5,000万中盤……といった最新の相場感はもちろん、最近の区画整理でどれだけ道が綺麗になったか、といった歴史的な変化まで肌感覚でわかります。
このエリアに関しては「僕に聞けば間違いない」と断言できますね。

:頼りになります。では、これからの意気込みを教えてください。

けんたろう:僕はまだ26歳です。
「すんで」には凄腕営業マンがたくさんいますが、その誰よりも動き回り、誰よりも早くレスを返し、誰よりもお客様の隣で一緒に悩み抜く。そんな営業マンでありたいです。

:いい目標だね。「すんで」はノルマこそないけど、やらない営業マンは、置いていかれる環境だから。

けんたろう:そうですね。稼ぎたいというモチベーションは人一倍あります。
過去を振り返って「あの時は良かった」とは絶対思いたくない。
「今の自分が一番かっこいい」と言えるように、全力で駆け抜けたいと思います!


【南の編集後記】
挫折を知り、理不尽に抗い、自らチャンスを掴みにきた「けんたろう」。

彼の「ハングリー精神」と、どこか憎めない「可愛げ」、そして何より「お客様のために即動く」姿勢は、必ずあなたの家探しの強い味方になるはずです。

彼が目指す「URAWA THE TOWER」への道。それは、彼がどれだけ多くのお客様を幸せにしたかの証明でもあります。

ぜひ一度、その熱量に触れてみてください。


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