#Day83 | まあ人生色々あるけど何はともあれバナナケーキが美味しくて空が美しい
朝の忙しい時間に、敢えて30分かけて
バナナパウンドケーキを食べた。
なぜか。
心の余白を取り戻すため。
忙しい時に考えがちなのは「もっと効率よくやらなきゃ!」とか、「時間がもったいないからお昼なんて食べてる時間ないよ!」とか、そういうこと。
でも、本質はそこじゃない。
ーと、頭ではわかっていても実際に行動に移すのは中々ハードルが高い。なんせ"忙しい"のだから。
ここで一つ皆さんに問いたいことは、
時間がたっぷりあれば私たちは"忙しい"
状態から抜け出すことができるのだろうか。
答えはNoではないか。
なぜか。
忙しい、とは、時間がないことを指すのではなく
"忙 = 心を亡くした"状態を意味するから。
では、どのように心を取り戻すのか。
今日の私は、バナナパウンドケーキを心の底から思うままに堪能する、そしてビルの隙間に見える清々しい青を眺めること、だった。
ぼーっと空を眺めながら、何度かフォークを置きながらゆっくりパウンドケーキを食べ進めていくうちに、心がするすると解けていくような感覚になり、
最後に出た言葉が「まあ人生色々あるけど、バナナケーキが美味しくて空が美しい。それでいいじゃん。今日も世界は美しい。私は元気に健やかに生きている。それだけで奇跡だなぁ〜」
ーと、そんな境地に至ったのである。
「生きてるだけでOK、偉いよっ❤︎」という言葉をよく聞くが、この言葉を誰かに言われた時と、心の中で自然とこの言葉が湧き出て来た時とでは、言葉に宿る力が段違いである。
この言葉が自分の中から出てきた瞬間から、
私は、心の余白を取り戻した。
「何かをチャージした」というより
心に沈んでいたものたちを手放した感覚。
何かを取り込むためには、まずはそこに余白が必要であって、私たちはたいてい物事の順序を間違えている。手放すから、受け取れる。
茨木のり子さんの有名な詩「自分の感受性くらい、自分で守れ、ばかものよ」を常に心に懐刀のように持ち歩いておきたい。
ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて
気難かしくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか
苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし
初心消えかかるのを
暮しのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった
駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄
自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ

人生は修行の連続だけど、
何はともあれ、この世界は美しい。
End.
