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ささくれに除光液

ここ2年ほど、ネイルとご縁がない。
指先だけ、時が止まっている。

マニキュアは持っているものの、戸棚の奥で埃をかぶらせて寝かせている。出番がないなら処分すればいいのに、もしかするとまた使う日が来るかもしれないという淡い期待があるから、捨てられない。

地味目な職場ですらネイル人口が増えているというのに、私ときたら自分の爪を彩ることは避けている。なんとなく億劫なのだ。そこまで自分に手をかける余裕がない。特に今はまた休職しているのもあって、疲れ果てている。

でも、色とりどりのネイルはいいなとも思う。指の先までオシャレの手を抜いていなくて、その人のファッションへのこだわりを感じるから、見ているのは好きだ。素直に「かわいい」と思える。でも、そのかわいさの中に、自分はいない気がしてしまう。

いざ自分でもと思って自爪を見ると、ネイルへの意欲を失う。私の爪は短い。ネイルをしている人はみんな爪が長いけど、私は爪が長い状態が耐えられなくて、すぐに爪を短く切ってしまう。家事の邪魔になるから、長い爪が我慢ならない。爪の中に米が入るだけで嫌な気持ちになるのだから、長い爪で過ごすのは至難の業だ。

ネイルチップにしようと考えたこともあるけど、好きなデザインがなくて頓挫した。ジェルネイルに挑戦しようと思ったが、私の不器用さで使いこなせるか不安で、手が出せずにいる。それに、落とす時がとても面倒そうだ。

ネイリストの方に「短い爪でもネイルできますよ」と言われたことがあるが、長い爪が主流のネイル事情において、自分の短い爪に色を乗せるのが、どうしても憚られる。

つまらないこだわりかもしれない。
短い爪なら、自分で塗ればいいと思われるかもしれない。

でも、私はひどく不器用だ。
マニキュアを塗ると、必ずはみ出してしまう。

かっこよくネイルを施せないならば、プロに頼めばいいという声もあるだろう。しかし、それを思いとどまってしまう理由がもうひとつある。

私の指は、ささくれができやすい。

爪周りの皮膚に、ささくれができない日なんて、ほとんどない。ハンドクリームをすりこんでも、ネイルオイルを塗っても、しぶとくささくれはできる。そして、ささくれのせいで、マニキュアが塗れない。

マニキュアを塗るということは、マニキュアを落とすこともセットで考えなければならない。つまり、除光液を使うということ。ささくれに除光液なんて使ったら、しみて痛くて地獄を見ることになる。

コットンに含ませた除光液を、爪に当てる。その時はまだ何も起こらない。しかし、ささくれに除光液が触れた瞬間、刺すような激痛が走る。その指だけ取り外したくなるほど、痛くてたまらない。思わず飛び上がってしまう。そして、その余韻はずっと残る。

たとえ小さなささくれでも、除光液は容赦ない。ネイルをしない人には、きっと伝わらない。でも、痛いものは痛い。書いている今でも想像すると、ヒイィと指先が痛くなる気がする。怖い。

ささくれに除光液。

この小さくて大きな痛みが、私をネイルから遠ざけている。ほんの少しの傷なのに、なぜこんなに怯えてしまうのだろう。

もしかすると、私はネイルをすることが怖いのではないかもしれない。「痛い思いをすること」に先回りして、恐怖を感じている気がする。

ネイルを楽しめたらいいのになと思うけど、ささくれに除光液をつける恐ろしさを知っている以上、怖くて手を出せない。この恐怖心より、ネイルへの憧れが勝つ日は、来るのだろうか。

それとも私は、ささくれを理由に爪から目を逸らし続けるのだろうか。


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