笑って、知らないふり。【短編小説】
LINEの通知音が、静まり返った深夜の空気を破った。
時計を見ると、2時を回ったところ。
明里は、配信ドラマに夢中になっていたことを思い出し、あわててタブレットをオフにした。ベッドにもぐり込みながら、スマホを手に取った。
こんな時間にLINEを送ってくるのは1人しかいない。
胸の奥が、ざわっとする。
送り主は瑠衣。大学時代からの親友だ。
何かあったのだろうか。
気になって開く。
タケルと別れた
また始まった。
瑠衣は彼氏とケンカになると、決まって別れ話になる。彼氏 タケルは、瑠衣の仕事が繁忙期になると機嫌が悪くなって、「仕事とオレ、どっちが大切なんだ」と詰め寄ってくるらしい。何度もその問いを繰り返し、別れ話になっては元に戻るやりとりを、明里は何度も聞かされていた。
今回も、また元に戻るだろう。
そう思いながらも明里は瑠衣にメッセージを送る。
今日は何があったの?
すると瑠衣からすぐ返事が来た。
運命の相手に出会ったって言われた
え?運命の相手?
そう。
小学校の同級生だって
話が見えない。
どうやら今回は、本当に別れ話のようだ。
いつもの痴話喧嘩とは違う。
どういうこと?
明里は思わず、起き上がった。
瑠衣からの返信を待つ。
とりあえず会って
話聞いてくれる?
わかった
予定空けとく
明里は返信すると、眠りについた。
朝になった。
明里は駅のホームの決まった場所で、いつもの電車を待っていた。
「あれ?明里じゃない?」
不意に声をかけられたので、振り向いた。
小柄でサラサラのボブのかわいい女性が、明里を見つめている。
「私、ナツコ。小学校の時一緒のクラスだった」
名前を言われて、急に思い出がよみがえる。
いつも一緒にいた女の子。
彼女の名前は、奈津子だった。
「なっちゃん!わあ、久しぶり〜」
「ここで会えるとは思わなかった」
2人は再会を喜んだ。
中学校が別だったから、会うのは小学6年生以来だ。奈津子は感激した様子で口を開く。
「私、最近こっちに引っ越してきたの。職場から近いところに住みたくて。そしたらまさか明里に会うなんて、びっくりだよ!」
「私もだよ!家近いのかな。私、南口から来てる」
「私も!これからも会うかもしれないね」
2人はその場でLINEを交換し、近いうちに2人で食事をすることになった。
「タケルさあ、小学校のときに好きだった女と偶然再会したんだって。そこで話が盛り上がって、付き合うようになったらしいの。私と二股かけてたんだよ!」
その日の夜、瑠衣は明里の姿を見るなり言った。
タケルとは少しだけ面識があるが、二股をかけるようなタイプではないと思っていたので、明里は驚いた。
「え、二股だったの?それはひどいね」
「でしょ!最近忙しくて、連絡取れなかったから、その間にあっちに決めたんだって!」
瑠衣は、すっかり出来上がっている。明里は店員に水を頼んだ。
くっついたり離れたりを繰り返して来た瑠衣とタケル。ケンカしても、腐れ縁のように何だかんだ元に戻るのを何度も見て来たので、本当に別れたことが明里には未だに信じられない。しかし、今回はいつもの喧嘩別れとは違い、二股だと言う。
「もう、飲んじゃう。飲まなきゃやってられない」
瑠衣はまだまだ飲む気満々だ。
長い夜になりそうだ。
明里は覚悟を決めた。
翌日。
明里は、頭の鈍痛を抱えながら起き上がった。昨日は結局何時に帰って来たか覚えてない。とりあえず、「好きだって言うから、焼きそばパン何回も作ったのに!焼きそばだけじゃなくて、わざわざパンに挟んでやったのよ!返せ!」と、くだを巻く瑠衣を何とかタクシーに乗せた。
──瑠衣って焼きそばパンで愛情を測るタイプだったのか。
泥酔した瑠衣の姿に、明里は少しだけ突っ込みたかったが、余力が残ってなかった。とにかく瑠衣を見送った後、自力で帰ったことしか覚えてない。どうやらメイクも落とさず、そのまま寝入ってしまったようだ。鏡に写った明里の顔には、昨日のメイクがにじんで残っていた。
──あー、顔がひどい。
あわててメイクを落とす。ついでにシャワーも浴びてさっぱりしたら、二日酔いは少し治った。髪を乾かし、ミネラルウォーターを飲みながらスマホを見る。LINEのプッシュ通知が付いていた。瑠衣からだと思って開いたが、違った。
昨日の朝再会した、奈津子からだった。
今度の金曜の夜会える?
その日なら大丈夫
じゃあ行きたいお店あるから一緒に行こう
いいよ
明里は、奈津子と会うことになった。
「あ、明里!」
先に店に来ている奈津子が声をかけた。明里は小さく手を上げて応える。奈津子が手配してくれた店は、瑠衣と会う時に使う居酒屋とは違い、ずいぶん小洒落た雰囲気のイタリアンだった。
「引っ越して来た時からここに目をつけてたの。でも1人で来る勇気がなかったから、明里と来れて良かったよ」
奈津子はとても嬉しそうだ。
「そうなんだ。私、この辺に住んで1年になるけど、ここは入ったことなかったよ」
明里も初めての店に、心が躍りそうだった。2人はワインを嗜んだ。会話は弾み、楽しい時間が流れる。
「ところで明里って、付き合ってる人いるの?」
酔いの回った奈津子が、思い切って聞いて来た。
「いないよ。忙しくて暇がないよ。なっちゃんは?」
「私はね、最近できたんだ」
奈津子がはにかみながら答える。
幸せそうな様子に、明里は思わず突っ込む。
「幸せオーラ出てるもん。恋人いると思ったよ」
「そ、そうかな。ふふっ」
奈津子が照れる。
「彼ね、実は小学校の同級生なの」
「ええ?だれだれ?」
身を乗り出して聞く明里に、奈津子が答えた。
「タケルくんって言うんだけど」
──そういえば、瑠衣の元カレもタケルだったな。
一瞬、明里は焦った。まさか、たまたまだろう。
「タケルくん?同級生にいたっけ?」
動揺を悟られないよう、明里が聞いた。
「ほら、及川タケル」
奈津子が答える。
「ああ、及川くんか。下の名前タケルだっけ?」
「そうだよ。忘れちゃったの?」
奈津子がクスクス笑う。
「忘れてたよ。及川くんならわかる」
「思い出してくれた?良かった」
奈津子は嬉しそうだ。
「ところで、きっかけは何だったの」
明里は聞いてみる。
「あのね、仕事で一緒だったの。彼の会社と合同で事業をやることになって、その時に再会したんだ」
奈津子が思い出しながら答えた。
「へえ、ドラマみたいだね」
「私もそう思った!」
奈津子が嬉しそうに同調する。
「それでそれで?どう発展したの?」
明里も興味津々に聞く。
「プロジェクトの打ち上げで話した時に同級生だって盛り上がって。タケルくん、焼きそばパンが好きなんだって。美味しい焼きそばパンがあるって言うから、2人で会う約束を取り付けて、何回か会ううちに付き合うことになったの」
恥じらう奈津子がいじらしい。
こんなかわいい子と2人で会ったら、男はその気になるだろうな。それぐらい、奈津子は同性の明里から見ても魅力がある。
すると、奈津子が不思議なことを言い出した。
「そうそう、実は明里がキューピッドなんだよ」
明里は驚く。
「え?どういうこと?」
不思議に思って聞いた。
「ほら、卒業の時のサイン帳覚えてる?」
奈津子が突然聞いてくる。
「サイン帳?そういえばあったね。実家に置きっぱなしだけど」
明里は何とか思い出しながら答えた。そういえば、卒業の前に友達に書いてもらった。明里も友達のサイン帳を何枚も書いた覚えがある。でも、サイン帳とキューピッドが結びつかない。
「で、そのサイン帳がどうかしたの?」
明里は奈津子にたまらず聞いた。
「私のサイン帳に、明里が何て書いたか覚えてる?」
奈津子はまた質問で返してくる。
もうずいぶん昔のことだ。確かに何枚も書いたけど、一人ひとりにどう書いたかまでは覚えていない。「ずっと仲良くしようね」とか書いた記憶があるけど、自信がない。思い出すには難しすぎる。
「何だろ?思い出せない。何て書いてあった?」
明里は観念して聞いた。
「それはね」
奈津子がもったいぶって言う。
「及川くんと仲良くねって書いてあったんだよ」
明里は目を見開いた。あまりにも意外な答えだった。当時の明里が何を考えてそんなことを書いたか、思い出せない。
奈津子が続ける。
「ほら、私、及川くんのこと好きだったでしょ?」
「あー、言われてみれば、そうだった気がする…」
明里は少しだけ記憶が戻った。奈津子は、及川くんにバレンタインチョコをあげるぐらい、彼のことが好きだった。確か受け取ってもらったはず。
──そういえば、及川くんもなっちゃんが好きだって噂あったな。
おぼろげな記憶を引っ張り出す明里。両思いの奈津子が羨ましくて、毎日茶化していたことを思い出した。茶化したノリで、サイン帳もササっと書いた気がする。
「そうだ。私、サイン帳に書いたわ」
「思い出した?良かった」
奈津子が喜んだ。でも、それがどうやって、2人が付き合うきっかけになったか、明里にはまだわからない。
「タケルくんのこといいなって思ったから、実は小学校のとき好きだったって言ったの。そしたら、タケルくんも当時私のこと好きだったって言ってくれて。本当に両思いだったの。だから、今度こそちゃんと付き合いたいと思って、私から押したんだ」
「なっちゃん積極的だね」
「ふふっ。そしたら、タケルくん、長年付き合ってる人がいるからって断わられたの。でも私、どうしてもタケルくんが良くて、積極的に行ったんだ」
──なんか最近、似た話を聞いたぞ。っていうか、まさか、タケルって瑠衣の元カレじゃ…
明里は嫌な予感がし始めた。この話、聞いちゃいけない気がする。
しかし、明里の気持ちをよそに、お酒の入った奈津子は話を進めた。
「タケルくん、だんだん私の方を向いてくれて。彼女…ルイさんって言うらしいけど、別れるって言ってくれたの。それで、少し前に別れたって聞いた」
明里の予感は的中した。
及川タケルは、明里の小学校の同級生で、瑠衣の元カレ。そして今は、奈津子の恋人。
──うそでしょ。繋がらないでほしかった。
急に、瑠衣に申し訳なく思い始めた。瑠衣からタケルを奪った女と会っているのを、瑠衣に知られたくない。でも、奈津子だって、明里と瑠衣の繋がりを知っているわけじゃない。
──どうしたらいいんだ。
明里は頭を抱えたくなった。しかし奈津子の手前、できない。
「そうなんだ。思いが叶ってよかったね」
やっとの思いで明里は言った。
「うん。明里がサイン帳に書いたことが、今になってやっと叶ったよ」
何も知らない奈津子は、相変わらず明るいオーラをまとって微笑んでいる。幸せな彼女の笑顔につられて、明里も笑ってみせた。
「そうだ、明里のこと、タケルくんに話したんだ。今度3人で会いたいねって言ってるけど、どうかな?」
奈津子が無邪気に言う。
──え、どんな顔して会ったらいいんだ?
終始笑顔の奈津子の傍らで、瑠衣のことを思う明里。親友を裏切るような気がした。しかし、心から湧き上がる好奇心には勝てなかった。
「わかった。いいよ」
明里が返事すると、奈津子は喜んだ。早速日程の調整に取りかかる奈津子の傍らで、明里の気は晴れない。
──瑠衣、ごめん。私には笑うことしかできない。
届かない親友への謝罪。
しかし、明里にはそれしかできなかった。
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