M:I MISO: IMPOSSIBLE
とうとう、夫にミッションがバレた。
事の起こりは、年始までさかのぼる。
年始に泊まった旅館でのこと。食事の〆に出てきた味噌汁を、夫は「ほっとする」と幸せそうに飲んでいた。
私も口に含んだ。
──あれ?薄い。
うちの味噌汁より、ずっと薄い。
なのに夫は「しみわたる」と言っている。
……これは事件だ。
夫と寝食を共にして10数年。
すっかり味覚も似てきたと思っていた私たち。
なのに、味噌汁の味の感じ方が違うなんて。
私たち、どこですれ違ったの?
しかし、旅館の方がいらっしゃる手前、「味薄いよね」とは絶対に言えない。とりあえず夫に合わせて、「ほっとするね」と味噌汁を味わいながら食事を終えた。
この出来事は、私の心にくすぶり続けた。
私の作る味噌汁は、味が濃いのだろうか。
旅行が終わっても、ずっと考え続けた。
私が育ってきた家庭では、お店や旅館のように贅沢に出汁をひいてお味噌汁を丁寧に作るわけではない。中にはちゃんと出汁をとっているご家庭もあるだろうが、少なくとも私は違う。私の作る味噌汁なんて、鍋に水と顆粒だしを入れて沸かし、具材を煮てから火を止め、最後に味噌を溶かすという、どこにでもあるシンプルな方法だ。どう考えても、特別なやり方ではない。
もしかすると、味噌の量が多いかもしれない。
ぐるぐる考え続け、私はそう結論を出した。
そこで私は、味噌の量を減らすことにした。
ただ、急に減らすと家族に嫌がられるだろう。だから、味噌を少しずつ減らし、家族の味覚を薄味に慣れさせていくやり方が、どこからもクレームがつかないやり方だと思いついた。
味噌汁の味を薄味にしていく。
これが私が自分に課したミッション。
私は、味噌汁に使う味噌の量を少しずつ減らしていった。濃い味に慣れた私たちの舌に、急な薄い味は受け付けない。そこで私は、誰にもバレないよう、徐々に味噌を減らすことで少しずつ味を薄めていった。
とはいうものの、難関があった。
子どもだ。
子どもが料理のお手伝いをしてくれるとき、必ず味見をしたがる。特に味噌汁が大好きなので、必ず味を見たいと言う。なので、ここでしくじるわけにはいかない。
そこで私は、最初からかなり薄めに作って味見させることにした。子どもの味覚や性格を考えると、少しずつ濃くしていけば、今までの濃さよりも薄いところで妥協してくれるはずだと踏んだからだ。目の前で味噌を足すところを見せ、パフォーマンスで味が濃くなったと思わせる。子どもはそこに騙されて、いつもより薄い味でも「これがおいしい」といってくれた。
正直、子どもを巻き込むことに罪悪感がなかったわけではない。
でも、味覚を強制するためには必要な手続きだと信じていたし、今でも後悔はしていない。むしろ、子どもを秘密工作員に仕立て上げてしまったほうが、うまくいく。
こうやって私の極秘作戦のおかげで、わが家の味噌汁の味は日に日に薄くなっていった。それでも家族から何も言われることなく、月日は流れた。
私のミッション、これにて完了。
かと思ったら、任務の綻びは突然やってきた。
風邪という予期せぬトラブルで、台所に立てない日。
作戦遂行は夫に委ねられた。
その日、夫が作った味噌汁は、味噌がガツンと効いたパンチの強い味がした。つまり、めちゃくちゃ濃い。風邪で痛めた喉にヒリヒリと沁みるほど、しょっぱい味だった。
「濃い!濃いというか、辛いよ」
子どもが真っ直ぐに、正直な感想を言った。
私も思わず「どうしたの?」と尋ねてしまった。
すると、夫が口を開いた。
「最近、味噌汁の味が薄く感じることがあったから、ガツンと味噌を入れちゃったんだよね。そしたら、こんな味になった。確かにこれは濃すぎるな」
夫は真実に気づいていたのだ。私が作る味噌汁が、最近薄味だということに。でも、おかずとのバランスかもしれないと思い、また、私の機嫌を損ねるのを恐れて、何も言えなかったのだ。
私は静かに訳を話した。
年始の旅館で出された味噌汁の味が薄かったこと。
私の味覚が濃い味に慣らされているのなら、味覚の矯正が必要だと感じたこと。
今後年齢を重ねていくうえで、薄味に慣れておいたほうがいいということ。
すると夫は考え込んでしまった。
この日、それ以上味噌汁の話はしなかった。
翌日、私が回復したので味噌汁を作った。
そこで、普段作る味噌汁よりも、ほんの少し味を濃くしてみた。
すると、それを食べた夫がつぶやいた。
「そう、これだよ、これ。これがちょうどいい。薄くないよ」
どうやら私が目指していた味より、少し濃い方が夫の好みだったようだ。味を薄めることを追求しすぎ、度を超えてしまったらしい。
私は反省した。ギリギリを攻めるあまり、ちょうどいいところで止められなかった。自分の理想を高く持ちすぎたせいで、ホッとできるはずのお味噌汁が、味わいのないものになっていた。
味噌汁は奥深い。
でも奥深いからこそ、作り甲斐があるというものだ。
それでもやはり、健康のためには薄味に慣れていくことを諦めたくない。
次なる任務は、夫の味覚をどう丸め込むか。
ミッションは、まだ続く。
──Coming soon MISO: IMPOSSIBLE 2
