私の文章から、いい音が鳴りますように。|『いい音がする文章』を読んで
高橋久美子さんの『いい音がする文章』を読んだ。
『いい音がする文章』は、文章術の本ではない。
決め事をレクチャーする本ではないのだ。
それでも私は、この本を手に取った。
だって、最初にこんなことが書いてあるんだもの。
いい文章は「いい音」がする
期待せずにいられない一文。特に、文章を音に例えるところに親近感を覚えてしまった。割と感覚的に文章を書く私と高橋さんとの間に、共通点が見いだせた気がした。思わず胸が高鳴る。この本はきっと面白い本だ。私のセンサーが知らせている。
実際、どんどん引き込まれていった。
一般的な見方をすると、文字情報の文章を音として捉えるのが画期的だ。確かに、文章って声に出して読めば、音であり、リズムだ。高橋さんが書かれたように、ビートを刻んでいる。
高橋さんの文章は、これまで私が触れてきた本の中ではずいぶん感覚的だと感じた。試しに声に出して読むと、本当にビートを打っている。表現ひとつをとっても、文章を音やリズムやビートで例えるところは感覚的だ。それらは、私がこれまで文章を書くときに感じたものに通じている。
私の文章は、考え抜いて書いているかというと、実はそうでもない。推敲を重ねて考え抜くこともあるけど、最後の最後は感覚に頼る。語感やリズムが良くなければ、採用しない言葉だってある。それでもリズムはよくないかもしれないけど、私なりにはこだわっている部分だ。この作業をこれまでずっと感覚でやっていたので、説明するのが難しかった。でも、本の中で高橋さんが言語化しているのを見て、「私が言いたかったの、これだよ!」と心の中で叫んでしまった。誰かに「あなたの文章、どうやって書いているの?」と聞かれたとき、感覚という抽象的な表現でなく、リズムと言えばいいんだ。なるほど。ちょっと、かっこいいな。
また本の中に、何度か音読を勧める内容が出てくる。
言われてみれば、私も推敲のときや文章を書くときに、口の中でぶつぶつ言いながら作業する。構成や意味はもちろんのこと、語感やリズムを確認しながら。意味は通じてもしっくりこないときは、大体リズムが良くない。表現がしっくりくるまで、ことばを選び句読点の位置をずらす。ごくたまに、「文章が読みやすい」と褒めていただくことがあるが、おそらく音読の効果だと思う。
毎日夕方ごろになると、突然お経のように始まる私の音読。文章が浮かんできた時か、推敲をしている時だ。たとえ家族にビビられようと、くじけず読み上げ、今日も書いている。
また、高橋さんの文章から「文章はもっと自由だ」というメッセージを受け取った。人に気遣うこともあるけど、自分の音をもっと鳴らしていいとのこと。楽しく書く勇気を授かったような気持ちだ。人の目は気になるけど、いい塩梅で自分を表現していきたいと、心を新たにした。これまで文章術の本やnoteで学んできた決まり事も駆使した上で、自由に文章を書いていきたい。
たくさんの人に『いい音がする文章』を読んで欲しいから、これ以上はあえて書かない。文章を書く人の中には、本の内容が目からうろこのように感じる人もいるんじゃないだろうか。でも、普段と違う視点で書くことと向き合うには、ぴったりの本だと思う。少なくとも、私にはストンとハマった。
文章には、人の数だけ音がある。
せっかく音を鳴らすなら、いい音を奏でたい。
そして、いい音がする文章にたくさん出会いたい。
