朝日駅の聖域に舞い降りたもの
岩見沢を車で走っていると、水色のレトロな駅が目に留まりました。
旧万字線の朝日駅です。




万字線は、1914年(大正3年)、万字炭鉱から石炭を運ぶ目的で開通しました。
開通当初、朝日駅はありませんでしたが、住民の熱い希望により1919年(大正8年)に新設されました。
駅の後ろには「朝日炭鉱」があり、周辺には多くの人が暮らしていたそうです。
1974年(昭和49年)の炭鉱閉山に伴い、乗客も減り、1985年(昭和60年)万字線の廃止とともに、朝日駅もその役割を終えました。
今では、万字線鉄道公園として当時の姿を後世に伝えています。

残念ながら駅舎には、入ることはできませんでした。
駅舎の横を通ってホームへ行きます。
プラットホームへは、正面の階段を上ります。
この階段の感じ、幾寅駅と似ていると思いました。

駅標が手書き風のフォントで書かれています。
これは当時のではなく、後で作られたものではないでしょうか。

線路には、小型で可愛らしい機関車がありました。

B20形蒸気機関車(B201号機)です。
第二次世界大戦中、主要駅の構内作業用として作られた蒸気機関車です。
生産数がわずか15両で、現存しているのは、京都鉄道博物館とここの2両だけ。
とても貴重な機関車を見ることができました。
屋根付きの下に置かれているので、保存状態が良好でほっと胸をなで下ろしました。
その他にも、信号や踏切、車止めなどがありました。



踏切には、注意喚起の標識があり、「とまれみよ」と書かれています。
白い字の「とまれみよ」を初めて見ました。
黒い字に比べて目立ちません。
その上、朝日駅のある岩見沢は豪雪地帯で、雪が降るとさらに見えづらいでしょう。
なぜ白で書いたのか、疑問です。

ところで、朝日駅滞在中、不思議な鳥を見ました。
しばらく駅の上空を悠然と舞っていましたが、急降下して地面に下りてきました。
私から5m程離れていましたが、こちらの気配には気づいていないようでした。
羽を広げると150cm以上ありそうな、普段見ることがない鳥でした。
薄いこげ茶色の体で、シュッと美しく伸びた羽はキジを思わせます。
しかし、空を飛ぶ姿はトビでもなければ、タカでもなく、絶対的王者のワシでもありません。
私は、とっさにバッグのスマートフォンを手に取りました。
しかし、その瞬間、「違うな」と思ったのです。
直感的に、レンズを向けることは違うと感じたのです。
仏像や拝殿の前に立つと、その圧倒的な美しさと荘厳な雰囲気に、シャッターを押すのが無作法に思われることがあります。
まさにその感じでした。
間もなく、その鳥は駅裏手の林へ飛んでいきました。
結局、何という鳥か分からずに、その場を去りました。
帰宅後、本棚から鳥図鑑を取り出して調べてみました。
ページを最初から最後まで繰り返しめくりましたが、これだという鳥は見つかりませんでした。
でも、それはそれで良いと思いました。
以前、石炭や人を乗せた列車が行き交っていた駅が、閉山とともに廃駅となり、今では立ち入る人もほとんどいません。
自然と人間のいる場所の境界線があいまいになり、自然へ回帰しています。
朝日駅のまわりは、鳥たちにとって「隠れた生息地」になっているのではないでしょうか。
野山を切り拓いて鉄道が作られ、にぎわっていた場所が、炭鉱の閉山により廃線となり、再び自然へ戻っていく。
この100年の歴史を一瞬で見たような思いでした。
もしかすると、あの鳥は、鉄道の発展と衰退を高い場所から静かに見下ろしてきた「歴史の証人」だったのかもしれません。
