頭サイドと心サイドの話
夏休みも中盤。
やはり主婦に休みはない。
……なんて言うと大げさかもしれないけれど、
実際、休みの日ほど仕事が増えることもある。
朝・昼・晩の食事。
増えていく洗濯物。
散らかる部屋。
何かをこぼした、ぶちまけた、汚した。
夏休みには、こういう小さな事件も付きものだ。
曜日の感覚もすっかり麻痺してきた頃、なんだか自分の中で、何かが蠢いているような気配を感じた。
イライラしているのだな。
でも、私はそれを抑えている。
「これくらい、やらなきゃ」
「夏休みなんだから仕方ない」
「私の担当なんだから」
頭では、いくらでも理由を並べられる。
これは私の仕事。
母親としてやるべきこと。
だから、やる。
でも。
果たして、それでいいのか?
私とて人間だ。
完璧ではない。
むしろ、不器用なわりにはよくやっていると、
自分でも思う。じゃあ、そもそも私は何に苛立っているんだろう。冷静に考えてみた。
私は子どもの頃、夏休みなどの長期休みになると、祖父母の家で過ごすことが多かった。
だから、自分が親になった今も、どこかで「親に預ける」という選択肢があるものだと思っていたのかもしれない。
ところが、我が家にはそれがない。
うちの両親には、孫の面倒を見るスペックがない。だから今まで、一度も息子を預けたことがない。
私から息子が手が離れたのは、幼稚園のお泊まり保育の、たった一日だけ。
もちろん、預けられない理由も分かっている。
分かっているから、誰かを責めることもできない。
それでも、たまに思う。
ちょっと、ずるいな。
私だって、一度くらい、
「今日は任せた!」
と言ってみたかった。
そんな気持ちが、夏休みという長い時間の中で、じわじわ顔を出してきたのかもしれない。
そして、もう一つ思う。
私、ここまでよくやってきたな、と。
これだけ見守りが必要な子を、ずっと守ってきた。
悲しい事件があるたびに「明日は我が身」と気を引き締めてきた。特に外出中なんて、ほぼ全集中。
息子を見て、周囲を見て、危険がないか確認している。何かあればすぐ動けるように、ずっとどこかに力が入っている。
それだけ胆力も使う。
ものすごく疲れる。
だからこそ、簡単には誰かに任せられない。
それも分かっている。
分かっているから、余計に肩肘を張ってしまう。
私が疲れているのは、三食の食事や増えた洗濯物だけじゃない。
ずっと気を張っていることにも、
たぶん疲れている。
それなのに、
「まだ大丈夫」
「まだいける」
「頑張れる」
と、頭の中で計算してしまう。
頭は、まだいけると言う。
でも、心は、
「もう疲れた」
「ちょっと休みたい」
と言っている。
そして身体は、もっと前から、
「もう限界です」
と言っているのかもしれない。
頭の中の計算と、実際の肉体は、必ずしも一致
しない。できるか、できないか。
やるべきか、やらないべきか。
そういうことばかり考えていると、いつの間にか「疲れているかどうか」という一番大事なことを置き去りにしてしまう。だから、意識して休息を取ることも必要なんだろうと思う。
ただ、私の場合、横になったからといって完全にオフになれるわけではない。息子の気配がすれば起きるし、何かあればすぐ動く。
休んでいるようで、どこかではまだ警戒している。だから私にとって「休む」というのは、ただ横になることではないのかもしれない。
「まだいける」と言い続ける頭に、
「今日はもういいよ」と言ってやること。
それもまた、自分の仕事なのだと思う。
家族を守ることだけじゃない。
自分を壊さないことも、私の担当。
頭サイドが「大丈夫」と言っていても、心サイドが「もう休みたい」と言っているなら。
たまには、心サイドの言うことを聞いてみよう。
「まだできる」ではなく、
「今日はもう、いいことにしよう」
そうやって自分に休む許可を出すことも、私自身の仕事なのだから。
