「タラカモ」で暮らしていた私。
「物は、使ってこそ価値がある。
『いつか』を待っているうちに、
私の方が歳を重ねていた。」
少し前、「タラレバ娘」というドラマがあった。
あの言い方を借りるなら、私は「タラカモシニア」。
……あ、いや。
さすがに自分でシニアと言うのは、まだちょっと抵抗がある(笑)。
「タラカモ淑女」ではきれいすぎるし、
やっぱり「タラカモアジュマ(おばさん)」くらいがちょうどいい。
呼び名はどうでもよくて、本題は「タラ」「カモ」の方。
友人がたくさん来たら、
おしゃれな食器がたくさん必要かも。
和食も洋食も、素敵な器でおもてなししたい。
孫が遊びに来たら、
このクレープメーカーが必要かも。
回転寿司みたいに、お寿司を観覧車に乗せて回したら喜ぶかも。
そんな「タラ」「カモ」を積み重ねているうちに、押し入れには、いつ出番が来るかわからない物たちがぎっしり並んでいた。
しかも、「もったいないから、その時まで取っておこう」としまい込んでいたから、気づけば新品のまま。
片づけながら、
「なんで使わなかったんだろう。」
「もったいなかったな。」
物を処分しているはずなのに、過去の自分を責めているような気持ちになった。
このまま眠らせておく方が、もっともったいない。
そう思い、買い取ってもらえるところを探した。
でも、現実はなかなか厳しかった。
買い取り業者によっては貴金属やブランド品が中心で、思っていたほど何でも引き取ってくれるわけではない。
リユースショップでは、箱がないだけで新品扱いにならなかったり、値がついても数十円。
ブランド品には思った以上の値がついたものもあった。
それでも、メルカリで売るよりずっと安かった。
本は、一冊三円、五円というものもあった。
だんだん、自分の過去を査定されているような気持ちになってくる。
断捨離は、
過去の自分の通信簿のようだった。
それでも、物が目の前から消えていくたびに、心は少しずつ軽くなった。
新品のまま眠っていた物を見て、一番もったいなかったのは、お金ではなかった。
「いつか使おう」と思ったまま過ぎていった時間。
それだった。
だから私は決めた。
お気に入りだから取っておくのではなく、
お気に入りだから今日から使う。
買う時は、
「安いから。」
ではなく、
「本当に使い切れる?」
「置く場所はある?」
「一年後も使っているかな?」
と、一度立ち止まる。
「使わなくなったら売ればいい。」
そんな買い方も卒業して、最後まで自分で使い切る。
これからは、
使い切れる分だけ買う。
それが今の私の贅沢。
「タラ」「カモ」で暮らすより、
今日使う暮らしの方が、ずっと豊かだった。
……とはいえ。
また素敵な器に出会ったら、心が揺れる自信はある(笑)。
そうそう。
夜になって買い取り明細を見ていたら、一つだけ予想以上の値段がついている物があった。
え?
これ、これからゆっくり勉強しようと思って、売らないようによけておいたツボの本じゃない?
どうやら主人が、間違えて「売る山」に積んでしまったらしい。
ショック……。
こういう時、夫婦の意思疎通って本当に大事。
「タラカモ」だけじゃなく、
「これは売らない!」も、ちゃんと共有しておくべきだった(笑)。
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