パオインチュップ〜我が家の台所は世界につなかっていた①〜
昨日投稿したサウジアラビアのエピソードをきっかけに、最初の出会いも、今の私の言葉で綴りたくなりました。
すでに読んでくださった方には、少し言葉を整えての再掲になります。あらためてお付き合いいただけたらうれしいです。
あれから三十年近く。
色あせるどころか、年を重ねるほど大切に思える出会いがあります。
今日は、その始まりのお話です。
ーー
我が子に残してあげられるもの。
それは、お金でも物でもなく、人とのつながり。
そう思って始めたホームステイ受け入れ。
最初に我が家へやって来たのは、タイから職業訓練生として日本へ来ていた二十歳の青年、ポンさん(仮名)だった。
小学一年生だった娘は、人見知りすることもなく、会ったその日からポンさんと仲良し。
我が家へ向かう午後の電車の中で、二人は楽しそうにじゃんけんを始めた。
その様子を見ていた私は、ふと思った。
「タイにも、じゃんけんってあるの?」
ポンさんは笑顔で答えた。
「あります。『パオインチュップ』です。」
「え? パオ……何?」
「パオインチュップです。」
「もう一回!」
「パオインチュップ。」
何度聞いても覚えられない。
覚えたと思ったら、もう忘れる。
そんな私に、ポンさんは何度でも笑顔で教えてくれた。
娘はケラケラ笑い、私もつられて笑う。
電車の中には、「パオインチュップ」という不思議な響きと、三人の笑い声が流れていた。
結局、私が覚える前に最寄り駅へ着いてしまった。
でも、その頃には、初めてのホームステイへの緊張はすっかり消えていた。
ポンさんは、優しくて、穏やかで、よく笑う青年だった。
当時、日本は米不足で、タイ米が話題になっていた頃。
「故郷のお米が恋しいかもしれない。」
そう思った私は、タイ米を買いに走った。
何せこちらは、ホームステイホスト一年生。
食べられるものがなくて、ひもじい思いをさせたら可哀想だ。
日本の料理も味わってほしい。
肉じゃが、天ぷら、ハンバーグ……。
あれもこれもと作っているうちに、食卓は料理でいっぱいになってしまった。
席についた主人が、テーブルを見渡して笑う。
「今日は何? コース料理がいっぺんにテーブルにのってる? 何人で食べるの?」
思わず私も笑ってしまった。
「美味しいです。コップンカップ。」
ポンさんは、いろいろなおかずを嬉しそうに食べてくれた。
……タイ米には、あまり手が伸びなかったけれど(笑)。
たった一泊二日。
それでも、家族みんなでトランプをしたり、故郷の話を聞いたり。
短い時間とは思えないほど、あたたかな時間が流れた。
別れの日。
「また会いましょう。」
そう約束して、駅で見送った。
翌朝、客間を掃除しようと部屋へ入る。
きれいに揃えられた布団。
静かになった部屋。
昨日まで誰かがいた温もりだけが、まだ残っているような気がした。
その時だった。
頭の中で、あの言葉が聞こえてきた。
「パオインチュップ。」
「パオインチュップ。」
あんなに覚えられなかった言葉なのに。
思い浮かぶのは、その言葉よりも、
何度聞き返しても嫌な顔ひとつせず、笑顔で教えてくれたポンさんの優しさだった。
もうしばらく、客間の布団はこのままにしておこう。
そっと部屋を出る。
――我が家の台所は世界につながっていた①――
追伸
半年後、日本語がさらに上手になったポンさんが、また我が家へ遊びに来てくれた。
その時も、忘れられない出来事があった。
その話は、次の機会に。
※プライバシー保護のため、名前など一部を変更しています。
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