僕ら、生きる、愛の屍
好きで好きでどうしようもない人に「命を捨ててもいいくらい好き」と伝えたことがある。大真面目な顔で「命は捨てたらだめだよ」と一蹴されてしまったものの、それはそうだと思うのと同時に(そんなところが好きでしょうがないんだな)と気づいたあの日のことは、わたしの人生史の中でこれからも鈍い輝きを放ち続けるのだろう。
思い返せば、なんだか報われない愛ばかりを抱えてきた。ずっと一方通行で、愛の向こうにいる人が受け取ってくれなかったり、いなくなってしまったり。まあ、そんなもんか。と思っていた。別にそれでも良かった。でも、シンガーズハイはそうは思わせてくれなかった。
「あなたのためになら死んだっていいのに」という歌詞に出会った時の衝撃は未だに忘れられない。同じようなことを主張している曲は世界中探せば他にもあるのかもしれない。ただ、あの吼えるのようなハイトーンが、全てを突き抜けて私の愛を全力で肯定し、2分足らずで去っていった。過去の全ての愛が、報われたような気がした。
それから、私の愛が報われなかったことは相変わらず沢山あった。たくさん好きな存在があったはずなのに、解散。契約解除。脱退。活動休止。卒業。数ヶ月間で立て続けに全てが起こった。何かを好きでい続けるが故の苦しみ、怒り、やるせなさ、無力感、愛がもたらす全てのマイナスな感情に苛まれ、あれだけ大好きだった「ライブ会場に行く」という行為を全て辞めようとしたこともあった。それでも、シンガーズハイはいつだって愛ゆえの苦しみをマイナスにさせてくれなかった。愛を持ち、何かを愛し、愛を伝え続けることはいつだってこの上なく尊い。歯を食いしばってでもひたすらに何かを愛する姿は美しい。あの日脳天を突き抜けていった音がずっと私にそう囁いている。
愛故の苦しみに苛まれる度に、シンガーズハイは私の中で唯一無二の救いと化していった。そうしていつの間にか、無くてはならない存在になっていた。
愛とは何たるかを示すようなシンガーズハイのライブは、いつだって溜息が出るくらい眩しくて美しい。
私はこれからもずっと「命を捨ててもいいくらい好き」と言い続けたいし、今まで好きだった全ての存在を心のどこかで愛していたいし、今まで好きだった全ての存在に幸せであって欲しい。
かつて報われなくて死んでいった愛は、私が何かを愛する限りずっと生き続けるのだ。
