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レジナロク外伝――ロキと黄金の三角巾

シフ子、髪を失う

はじめに

北欧神話には、こんな話がある。

いたずら者のロキが、女神シフの美しい髪を切ってしまう。
怒ったトールに詰め寄られたロキは、ドワーフたちに頼み込み、黄金でできた新しい髪を作らせる。

失われた髪。
怒れる神。
そして、黄金の代用品。

だが、ここは神々の国アースガルズではない。

ここは、スーパーヴァルハラ。

神々が集う宮殿ではなく、チラシ特売と半額シールとレジ応援が飛び交う、地方のスーパーマーケットである。

そしてこの店にも、いた。

悪人ではない。
むしろ頭は良い。
笑顔も爽やか。
資料も作れる。
横文字も使える。

だが、現場を知らないまま「改善」を持ち込む男。

その名は、ロキ。

これは、ロキの余計な改善によって、シフ子が髪を失い、スーパーヴァルハラに黄金の三角巾がもたらされた日の物語である。


第一章 ロキ、来店す

その朝、スーパーヴァルハラの事務所には、妙な緊張感が漂っていた。

店長代理グンターが、いつもより少しだけ背筋を伸ばしている。
クリムヒル子は、サービスカウンターの書類を整えながら、いつもより口数が少ない。
シゲルは青果の発注画面を見つめながら、何かを察していた。

シフ子は出勤してすぐ、休憩室でブリュンヒル子に聞いた。

「今日、何かあるの?」

ブリュンヒル子は、紙コップのコーヒーを持ったまま答えた。

「本部から人が来るらしいわ」

ジークリン子が、ロッカーを閉めながら言った。

「改善担当だって」

改善。

その言葉を聞いた瞬間、三人は黙った。

現場で働く者は知っている。

改善という言葉には、二種類ある。

ひとつは、本当に現場が楽になる改善。

動線が短くなる。
入力が減る。
探し物が減る。
二度手間がなくなる。
お客様への案内がしやすくなる。

これはありがたい。

もうひとつは、現場の仕事が増える改善。

声かけ項目が増える。
確認項目が増える。
チェック表が増える。
写真報告が増える。
そして、なぜか本部への提出資料だけが立派になる。

これは、かなり危ない。

午前九時。

事務所の扉が開いた。

爽やかな笑顔の若い社員が入ってきた。

「おはようございます。本部販売企画部のロキです。本日は現場改善の件でお邪魔します」

ロキは、明るい声でそう言った。

黒い細身のスーツ。
きれいに整えられた髪。
片手にはタブレット。
もう片手には、やたら薄いノートパソコン。

第一印象は悪くない。

むしろ、仕事ができそうに見える。

グンターはほっとした顔で言った。

「いやあ、ロキ君、今日はよろしく。現場のことはぜひ見ていって」

シフ子は心の中で思った。

現場のことは、見ていって、ではない。
知ってから言ってほしい。

ロキは笑顔で続けた。

「今回は、レジ接客改善と衛生強化、さらに販促連動を一体化した取り組みを進めたいと思っています」

ブリュンヒル子の眉が、わずかに動いた。

ジークリン子が小さくつぶやいた。

「一体化……」

現場では、いくつもの施策が一体化すると、たいてい誰かの仕事が増える。

そして、その誰かはだいたいレジである。


第二章 衛生強化キャンペーン

ロキは店内を一通り見て回った。

青果。
日配。
惣菜。
サービスカウンター。
セルフレジ。
有人レジ。

ロキは何度もうなずき、タブレットに何かを入力した。

「なるほど。かなり良い店舗ですね。特にレジスタッフさんの接客が安定しています」

シフ子は少しだけ安心した。

褒められるのは悪くない。

しかし、ロキは続けた。

「ただ、ここをもう一段引き上げたいですね」

出た。

もう一段。

現場にとって、それは階段ではない。
崖であることが多い。

ロキは事務所で資料を開いた。

タイトルには、こう書かれていた。

レジ接客品質向上・衛生イメージ強化プロジェクト

グンターは感心したようにうなずいた。

「いいねえ。こういうの、本部らしくて」

ジークリン子は小声で言った。

「本部らしいって、褒め言葉なのかしら」

ロキは説明を始めた。

「最近、お客様の衛生意識が高まっています。食品売場として、身だしなみの印象は非常に重要です。そこで、レジスタッフの三角巾を新型に統一したいと考えています」

シフ子は自分の三角巾に手をやった。

赤い三角巾。

髪をまとめ、エプロンと合わせる。
派手ではないが、慣れている。
長年使ってきた、自分の仕事着の一部である。

ロキは段ボール箱を持ってきた。

「こちらが新型です」

箱を開ける。

中から出てきたのは、白い帽子だった。

白い。

やたら白い。

しかも、三角巾というより、給食センターの衛生帽に近い。

髪を完全に入れるタイプ。
耳の横まで覆い、後ろもすっぽり包む。
前髪も出せない。
横髪も逃げられない。

ブリュンヒル子が沈黙した。

ジークリン子も沈黙した。

シフ子は、帽子を手に取った。

軽い。

だが、精神的には重い。

ロキは爽やかに言った。

「これなら髪の毛の混入リスクをしっかり抑えられます。清潔感も抜群です」

清潔感。

確かに大切である。

だが、清潔感と人間味は、時々ぶつかる。

シフ子は試しにかぶってみた。

髪を押し込む。

前髪も入れる。

くせ毛が抵抗する。

さらに押し込む。

鏡を見る。

そこには、髪を失った自分がいた。

シフ子は固まった。

「……私の髪、どこ行ったの?」

ブリュンヒル子が、そっと目をそらした。

ジークリン子が言った。

「衛生的には満点よ」

「それ、慰めになってない」

シフ子は鏡を見つめた。

いつも少し跳ねる髪。
湿気の日には暴れる髪。
三角巾の横から、なぜか一本だけ飛び出す髪。

面倒ではある。

だが、それも含めて、自分の顔だった。

それが、完全に消えた。

まるで、出家した戦乙女である。


第三章 シフ子、髪を失う

午前十時。

新型衛生帽の試験運用が始まった。

対象者は、なぜかシフ子だった。

ロキは言った。

「まずは一名で試して、お客様反応を見ましょう」

シフ子は思った。

なぜ私なのか。

だが、グンターは言った。

「シフ子さんなら接客が安定しているし、ちょうどいいね」

ちょうどいい。

この言葉もまた、現場でよく使われる危険語である。

ちょうどいい人は、だいたい断れない人である。

シフ子はレジ二番に立った。

白い新型帽をかぶって。

ブリュンヒル子が隣のレジから見た。

「大丈夫?」

「髪以外は」

シフ子は答えた。

ジークリン子はセルフレジの前で、少しだけ笑いをこらえていた。

「似合ってるわよ」

「目が笑ってる」

「衛生的には」

「その言葉、今日何回目?」

お客様は、そこまで気にしていないようだった。

牛乳。
食パン。
卵。
ヨーグルト。
惣菜。
会計は淡々と進む。

だが、シフ子の心は淡々としていなかった。

鏡に映った自分の姿が頭から離れない。

髪を失った女神シフ。

いや、女神ではない。

ただのレジパート、シフ子である。

それでも、髪を奪われた気持ちは少しわかる。

昼前、常連のおばあちゃんがレジに来た。

「あら、今日は帽子変わったの?」

シフ子は笑顔で答えた。

「はい。衛生強化の試験だそうです」

おばあちゃんは、しばらくシフ子を見た。

そして言った。

「給食の先生みたいね」

悪気はない。

まったくない。

だが、シフ子の心に小さな矢が刺さった。

その後、別のお客様にも言われた。

「厨房の人かと思った」

また別のお客様には、こう言われた。

「なんか、髪切った?」

シフ子は笑顔で答えた。

「いえ、髪をしまっているだけです」

しまっているだけ。

だが、実質的には失っている。

シフ子は心の中でつぶやいた。

ロキ。

あなたは、私の髪を奪った。


第四章 ロキの改善

ロキの改善は、三角巾だけでは終わらなかった。

午後一時。

ロキは新しいレジ接客フローを持ってきた。

「せっかくですので、レジでの声かけも強化したいと思います」

シフ子、ブリュンヒル子、ジークリン子は同時にロキを見た。

ロキは紙を配った。

そこには、レジで言うべき項目が並んでいた。

いらっしゃいませ。
ポイントカードはお持ちですか。
アプリ会員のご登録はお済みですか。
本日配信のクーポンはご確認済みですか。
マイバッグはお持ちですか。
レジ袋はご利用ですか。
お箸はお付けしますか。
スプーンはお付けしますか。
キャンペーン応募シールはお集めですか。
レシート下部のアンケートにもご協力ください。
ありがとうございました。

シフ子は紙を見つめた。

多い。

明らかに多い。

一人のお客様に全部言っていたら、レジが詰まる。

ブリュンヒル子が静かに聞いた。

「これ、全員に言うんですか?」

ロキは笑顔で答えた。

「基本的には、可能な範囲で」

可能な範囲で。

これもまた、現場では恐ろしい言葉である。

可能な範囲とは、誰が決めるのか。
混雑時は省いていいのか。
省いたら評価は下がるのか。
言い忘れたら、接客品質不足になるのか。

ロキは悪気なく言った。

「お客様との接点を増やすことで、ロイヤルティ向上につながります」

ジークリン子が小声で言った。

「レジ待ち時間も向上するわね」

その日の夕方、試験運用が始まった。

結果は、すぐに出た。

レジが詰まった。

原因は単純だった。

声かけが多い。
アプリの説明が長い。
クーポン確認でスマートフォンが開かない。
アンケートQRの説明で会計後に人が止まる。
お箸とスプーンの確認で迷う。
そして、後ろの列が伸びる。

シフ子は白い衛生帽をかぶったまま、必死にレジを打った。

「ポイントカードはお持ちですか」
「アプリのご登録は……あ、大丈夫です」
「レジ袋は……はい、一枚ですね」
「お箸は……あ、スプーンもですね」
「アンケートは……いえ、お時間ある時で大丈夫です」

大丈夫ではない。

レジが大丈夫ではない。

ブリュンヒル子の列も伸びていた。
ジークリン子はセルフレジの赤ランプ対応に走っていた。
グンターは事務所から出てきて、いつものように言った。

「混んできたね」

シフ子は心の中で返した。

混ませたのです。

その時、店内放送が流れた。

「レジ応援お願いします。レジ応援お願いします」

レジナロクの前奏であった。


第五章 ブリュンヒル子、怒る

午後五時四十分。

夕方ピークが始まった。

惣菜売場では、揚げ物が並んでいる。
青果では、シゲルがバナナを補充している。
日配では、豆腐とヨーグルトが動いている。
セルフレジでは、すでに赤ランプが二台点灯している。

そして、レジでは新しい声かけ項目が現場を苦しめていた。

ロキは近くで観察していた。

タブレットを持って。
時々うなずきながら。

「なるほど。お客様反応は悪くないですね」

ブリュンヒル子が、ついに言った。

「ロキさん」

声は静かだった。

だが、シフ子は知っていた。

ブリュンヒル子の本当に怒っている時の声だ。

ロキは笑顔で近づいた。

「はい、何でしょう」

ブリュンヒル子はレジを打ちながら言った。

「これ、混雑時は無理です」

「どの項目ですか?」

「全部です」

ロキは一瞬、固まった。

ブリュンヒル子は続けた。

「必要な声かけはします。レジ袋も、ポイントカードも、支払い方法も。でも、すべてのお客様にアプリ、クーポン、アンケートまで案内したら、列が伸びます」

ロキは言った。

「ただ、販促効果も見たいので……」

ブリュンヒル子は、顔を上げた。

「販促効果を見る前に、お客様の待ち時間を見てください」

沈黙。

シフ子は、隣でレジを打ちながら心の中で拍手した。

ブリュンヒル子はさらに続けた。

「改善とは、現場の仕事を増やすことではありません。現場が少し楽になって、お客様も少し楽になることを改善と言うんです」

ロキの笑顔が少し消えた。

ジークリン子がセルフレジから戻ってきて言った。

「あと、この帽子」

ロキはそちらを見た。

ジークリン子はシフ子を指さした。

「シフ子さんの髪が消えています」

シフ子は真顔で言った。

「私の髪を返してください」

ロキは困惑した。

「いえ、髪は帽子の中に……」

「返してください」

ブリュンヒル子が言った。

「衛生は大切です。でも、接客スタッフの印象や本人の気持ちも大切です。髪を全部隠せばいい、という話ではありません」

ジークリン子が続けた。

「そもそもレジは惣菜調理場ではありません」

シフ子が最後に言った。

「それに、私のくせ毛は暴れますが、仕事はちゃんとしています」

なぜかシゲルが青果から戻ってきて、うなずいた。

「シフ子さんのレジは正確です」

グンターもやってきた。

「まあ、みんなでうまく……」

ジークリン子が見た。

グンターは黙った。

ロキは、初めて現場を見た。

資料ではなく。
数字ではなく。
タブレットのチェックリストでもなく。

列に並ぶお客様。
説明に追われるレジ担当。
赤ランプ対応に走るスタッフ。
帽子の中で髪を失ったシフ子。

ロキは、小さく言った。

「……すみません。見えていませんでした」


第六章 黄金の三角巾

その日の閉店後。

事務所で緊急の見直しが行われた。

ロキの改善案は、かなり削られた。

アプリ案内は、混雑時には行わない。
アンケート案内は、レシート掲示とポスターで代替。
クーポン確認は、お客様から申し出があった場合を中心にする。
レジ袋と必要なカトラリー確認は継続。
声かけは短く、わかりやすくする。

そして、新型衛生帽は不採用となった。

シフ子は、ようやく帽子を脱いだ。

髪が出てきた。

やや潰れている。
かなり乱れている。
湿気と帽子の圧力で、くせ毛が妙な方向に跳ねている。

だが、戻ってきた。

シフ子は鏡を見て、小さく言った。

「おかえり、私の髪」

ブリュンヒル子が微笑んだ。

「よかったわね」

ジークリン子が言った。

「少し爆発してるけど」

「言わないで」

ロキは、反省した様子で言った。

「代替案を考えます。衛生的で、スタッフさんの印象も損なわないものを」

その時、バックヤードの扉が開いた。

ハーゲンが現れた。

夜間責任者。
黒いエプロン。
無言の圧。

ハーゲンは、どこからか赤い三角巾を一枚持ってきた。

「これでいいんじゃないですか」

それは、赤い三角巾だった。

ただし、少しだけ違う。

サイドに小さな白い羽飾りがついている。
縁には控えめな金色のライン。
結び目はしっかりしていて、髪をまとめやすい。
派手すぎない。
だが、少しだけ誇らしい。

ブリュンヒル子が手に取った。

「これ……」

ジークリン子が言った。

「戦乙女仕様ね」

シフ子は鏡の前で試しに結んでみた。

髪は隠れすぎない。
前髪も少し出せる。
くせ毛も、どうにか収まる。
羽飾りは小さいが、確かにそこにある。

ロキは目を輝かせた。

「いいですね。店舗独自の世界観も出ますし、スタッフさんのモチベーションにもつながりそうです」

ジークリン子がすぐに言った。

「資料の言葉にしないでください」

ロキは黙った。

シフ子は鏡を見た。

髪は戻った。
三角巾も戻った。
そして、少しだけ強くなった気がした。

それは、黄金の髪ではない。

黄金の三角巾であった。


第七章 ロキの罪滅ぼし

ロキは帰り際、シフ子の前に立った。

少し気まずそうだった。

「今日は本当にすみませんでした」

シフ子は腕を組んだ。

「髪を失いました」

「はい」

「レジも詰まりました」

「はい」

「改善で仕事が増えました」

「はい」

ロキは、しゅんとしていた。

悪人ではない。
そこはわかる。

ただ、現場を知らない善意ほど、時に厄介なものはない。

シフ子はため息をついた。

「次からは、先に現場に聞いてください」

ロキは深くうなずいた。

「必ず聞きます」

そして、ロキはかばんから小さな箱を取り出した。

「これ、お詫びです」

シフ子は警戒した。

「また帽子ですか?」

「違います」

箱を開ける。

中に入っていたのは、一本のくしだった。

金色の柄。
なめらかな曲線。
妙に高級そうな質感。
箱には、小さくこう書かれていた。

幻の魔櫛・リファール

シフ子は目を細めた。

「怪しい」

ロキは慌てて言った。

「怪しくないです。これで髪をとかすと、かなりまとまるらしいです」

ジークリン子が横から言った。

「また本部推薦品?」

「違います。個人的に買いました」

ブリュンヒル子が腕を組んだ。

「次に変な発注をしたら、あなたを一日セルフレジ担当に固定するわよ」

ロキは青ざめた。

「それは……重いですね」

ハーゲンが静かに言った。

「いい研修になる」

ロキはさらに青ざめた。

シフ子は、くしの箱を受け取った。

「まあ、これはもらっておきます」

ロキは少しだけ安心した顔をした。

「ありがとうございます」

「許したわけではありません」

「はい」

「でも、少しだけ期待します」

ロキは頭を下げた。

そして、スーパーヴァルハラを去っていった。

おそらく、またどこかで余計な改善を思いつくのだろう。

だが、次は少しだけ、現場を見るかもしれない。


終章 髪は戻り、戦場は続く

その夜。

シフ子は家に帰った。

靴を脱ぎ、エプロンをたたみ、髪をほどいた。

帽子に押し込まれた髪は、やはり少し乱れていた。

湿気でうねっている。
前髪は変な方向へ流れている。
後ろ髪も、いつものようにまとまらない。

シフ子は昔から、このくせ毛が少し苦手だった。

まっすぐな髪に憧れたこともある。
雨の日に、何度もため息をついたこともある。
三角巾の中で髪が暴れ、鏡の前で困ったこともある。

だが、今日だけは違った。

一度、髪を失った。

だから、戻ってきただけでも、少しありがたかった。

シフ子は、ロキからもらった魔櫛リファールを手に取った。

半信半疑で髪をとかす。

一度。
二度。
三度。

くせ毛は完全なストレートにはならない。

黄金の髪にもならない。

だが、いつもより少しだけ、まとまった。

本当に少しだけ。

でも、その少しが、今日はうれしかった。

シフ子は鏡を見た。

そして、小さく笑った。

「……まあ、悪くないか」

髪は戻った。
三角巾も戻った。
少しだけ、黄金になった。

翌朝。

シフ子はスーパーヴァルハラのレジに立った。

赤いエプロン。
白いシャツ。
そして、小さな羽飾りのついた黄金の三角巾。

ブリュンヒル子が隣で言った。

「似合ってるわよ」

ジークリン子も言った。

「戦乙女感が増したわね」

シフ子は少し照れながら、レジを開けた。

今日も納品は来る。
今日も特売はある。
今日もセルフレジの赤ランプは光る。
今日も誰かが、余計な改善を思いつくかもしれない。

だが、レジの戦乙女たちは立つ。

髪を押し込められても。
声かけ項目が増えても。
アプリが開かなくても。
列が伸びても。

彼女たちは、今日も笑顔でお客様を送り出す。

「ご利用ありがとうございました」

そして、ほんの一呼吸だけ置いて、また次の戦場へ向き直る。

「次のお客様、どうぞ」


あとがき

現場改善という言葉は、本来とても大切なものです。

作業が楽になる。
ミスが減る。
お客様にも伝わりやすくなる。
働く人の負担が減る。

そういう改善は、現場にとって本当にありがたいものです。

けれど、現場を見ない改善は、時に仕事を増やします。

声かけが増える。
確認が増える。
チェックが増える。
報告が増える。
そして、いちばん忙しい場所に、いちばん多くの負荷が集まる。

レジは、お客様との最後の接点です。

だからこそ、何かを足す前に、そこで働く人がどう動いているのかを見る必要があります。

改善とは、現場に新しい負担をかけることではありません。

働く人とお客様が、少しだけ楽になること。

その小さな変化こそ、本当の改善なのだと思います。

そして、もし新しい三角巾を導入するなら。

できれば少しだけ、髪型への配慮もお願いします。

シフ子のくせ毛にも、戦乙女の誇りがあるのです。

現場改善とは、現場に仕事を足すことではない。
現場から無理を引くことである。


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