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引きこもりの弟を“変えたい”と思った姉が、2年かけてたどり着いた答え(第2回)

――変わっていく関係、変わっていく思い

※この記事は、ひきこもりの弟と過ごした私たち家族の2年間をつづった、3回連載の記事です。

少しずつ、すれ違いが動き始める

弟は、最初こそ強く反発していましたが、やがて自分で食事を用意するようになりました。とはいえ、母は栄養の偏りを心配して、手を出したくなることもありました。

ちょうどこのころ、私はアドラー心理学に出会いました。

「他者の人生をコントロールすることはできない」「人は自分の人生に責任を持つことが大切だ」――そんな考え方が、当時の私にはとても新鮮で、でもどこか腑に落ちるものでした。

そこで、私は母にも「課題の分離」という考え方を共有しました。

「弟の人生の課題には、弟自身が向き合う必要がある。でも、それは見捨てることではなくて、必要に応じて“共同の課題”として、一緒に取り組めるときもあると思うよ」


向き合い、聴く時間を増やす

とはいえ、弟としっかり向き合って話すことも、最初は決して簡単なことではありませんでした。

弟は、家族と会話をするよりも、自分の部屋にこもってゲームをしている時間を好んでいました。声をかけても返事がないこともあり、「話しかけることさえ迷惑なのでは」と感じてしまう瞬間もありました。

それでも私は、ほんの短いすき間やタイミングを見計らって、少しずつ話しかけるようにしました。無理に言葉を引き出そうとはせず、「今日は声をかけるだけ」と自分に言い聞かせて、長期戦を覚悟した関わり方でした。

そうしていくうちに、少しずつ弟も、自分の言葉で気持ちを話してくれるようになっていきました。

実は、弟は以前、15年以上前に少しだけ一人暮らしをしたことがありました。 しかし、持病による発作が頻発し、働けなくなって家賃も払えず、最終的には実家に戻ってきたという過去があったのです。

そんな挫折を繰り返してきた弟に、私は「よかった」を探し、勇気づける関わりを意識するようになりました。

ある日、弟がぽつりと、

「ありがとう。お姉ちゃんは、さすが学校の先生だね。すごいな。」

と言ったのです。

その言葉に、私ははっとさせられました。弟は、なにも感じていないわけじゃなかった。

その後、弟は「自分が本当にやってみたいこと」に近い就労継続支援B型事業所へ、自分なりに考えた末に、最終的には自分の意思で移ることを決めました。手続きも、自分で調べて行ったそうです。


小さな工夫が、家族をつなぎなおす

家族での団らんがなくなっていた頃、私たちは一つの小さな工夫を始めました。

それは、土日のお昼だけ母が料理を作り、弟が100円を支払って食べるというルール。

母や私にとっては「また一緒に食卓を囲みたい」という願いを叶える時間。 弟にとっては「安くておいしいご飯が食べられる」安心感のある時間。

それは、お互いの想いを大切にしながらも、誰かが一方的に我慢しすぎないようにした“折衷案”でした。

さらに、家族の誕生日には、弟も1,000円を支払ってお寿司を囲むなど、特別な時間を持つようになりました。

こんなふうに、少しずつ工夫を重ねていくうちに、関係性はゆるやかに変化していきました。

(第3回へつづく)