引きこもりの弟を“変えたい”と思った姉が、2年かけてたどり着いた答え(第3回)
――信じることから、つながりが育っていく
※この記事は、ひきこもりの弟と過ごした私たち家族の2年間をつづった、3回連載の最終回です。
変化の兆しは、ある日ふとした場面から
ある日、母が弟に「犬のトイレ掃除、お願いできる?」と声をかけました。
それまでは、母自身がすべて担ってきた家の中のこと。弟に何かを頼むことも、ほとんどなかったのです。
けれど弟は、その頼みに対して拒むことなく、自然に引き受けてくれました。
それ以来、犬のトイレ掃除は弟の日課になりました。お願いされたことをやるだけではなく、彼なりに責任をもって取り組んでくれているように感じました。
それは、自己犠牲的になりがちだった母が、「助けを求める」「任せる」という勇気を持った瞬間でもありました。 そして弟もまた、「自分にできることで誰かに貢献する」という体験を通して、自然な形で共同体への感覚を育んでいったように感じます(共同体感覚とは、「自分は共同体の一員であり、そこに居場所がある」と感じながら、他者への関心と貢献を大切にする感覚のこと)。
私も、そのおかげでとても助かっていますし、作業中に交わすちょっとした会話が、私たち姉弟の距離をゆるやかに縮めてくれました。
だから今、がんばってんじゃん
昨日、弟とふとした会話をしました。
「将来、私のほうが長生きしそうだね」と私が言うと、弟はすぐに、
「そんなの、どっちがどうなるかなんてわからないでしょ?」と返してきました。
「え?じゃあ、私が病気になったら、面倒見てくれるの?」と冗談交じりに聞くと、
弟は、あたりまえのように、
「そりゃあ、そうに決まってるでしょ。」
と、きっぱり言ったのです。
私は思わず聞き返しました。
「でも見れるの?一人の生活でいっぱいいっぱいでしょ?」
すると、弟は少し照れくさそうに、でもまっすぐな目で、
「だから今、がんばってんじゃん」
そう言ったのです。
弟なりに、自分のペースで、自分の未来や家族とのこれからをちゃんと考えている。
その言葉が、じんわりと胸にしみて、涙が出そうになりました。
そして今日は、弟の誕生日。
みんなでケーキとお寿司を囲んで、静かだけどあたたかな時間を過ごそうと思っています。
完璧な日々じゃなくてもいい
もちろん、今でも弟の持病による発作はあります。
それでも、弟は就労継続支援B型の事業所に、自分のペースで通っています。
「自分なりの生活リズムの中でできることをやっていく」
その姿を、家族みんなが静かに見守るようになってきました。
“変える”のではなく、“信じる”ということ
最初は「弟を変えたい」と思っていた私。
でも、今は「弟がもつ力を、私が信じることが大事だったんだ」と思えるようになりました。
家族は、誰かを変える場所ではなく、
互いを信じて支え合える“安心できる居場所”なのかもしれません。
互いにぶつかり合い、迷い、立ち止まりながらも――
私たち家族は、少しずつ新しい関係を築き直してきたように思います。
あの2年間があったからこそ、今、私たちは確かな信頼でつながれているのだと感じています。
もちろん、まだ私たち家族は発展途上です。
完璧にはなれなくても、互いを思いやりながら進んでいける。そんな関係でいられたら、それでいいと思えるようになりました。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
もし、今まさにひきこもりのご家族との関係に悩んでいる方がいたら、
「できることからで、いいんだよ」
と、そっと伝えたいです。
